第17話-安倍家の男という者は……

安倍は、俺らの姿を見て何か企んでいるかのように微笑んでいた。


彼は女人のような格好をさせられ、単を脱がされ、震えている俺の姿を見てどう思うだろうか?


気分がいいか?

あわれか?


「ほお、なるほど。貴方とは気が合わないと思っていたが、恋する相手の自由を奪う趣味があったのか。いい趣味だ」


安倍が話すと庭の方から竹が揺れ笹が重なる音がした。

彼は俺の方を見ると得意そうに笑った。


呆れ、顔を背ける。


「だが、それも相手が自分を思ってこそ逃れようとするときに限るなあ。それまでは存分に甘やかすべきだろう。愛してしまったことを後悔しながらも、お互いの存在をなくしては生きていけぬほどに……」


え? それは怖い。

ああ、善晴にはこの父あり、か。


左大将は間を空けず喋り続ける彼に、剥き出した目で睨んだ。


「貴様!」


「ふむ、貴方とはやはり気が合わない」


その声と同時に笹の風吹が体を切り裂くように通り過ぎていった。


「せ、正三位の私に逆らう気か!」


「……貴族というのは、よく下らないことに私達を使うが、貴方は特に、本当の陰陽師の恐ろしさを知らぬようだな」


「何!?」


「陰陽師にはな、同等か、それ以上の力がある誰かが暴こうとしなければ、決して見破られない殺し方があるのだ」


「ひッ」


「知りたいか?」


左大将は大きく首を横に振り、俺の使っていた布団の中に隠れる。

彼の表情が今すぐにでも人を簡単に消滅させてしまうほどの無だったため、恐ろしく緊張した。


「それは、残念だ」


安倍は左大将を、光のない冷めた目で見ていた。


この人……普通にヤバイ奴だ。


「最後に、私の妻の髪を返してもらおうか」


ヒッ!


左大将は、まだ主上に渡していないと言い、懇願するように場所を言った。

鴉が一羽、外から入ってくる。

鴉は布を嘴に挟み、それを安倍に渡した。

安倍が布を開くと髪の束を手に取り、大事そうに包み直し懐に仕舞った。


鴉は布団に身を包んだ左大将に向かってカアア! と耳をつんざくように鳴いた。左大将は中でそのまま気を失ったらしく、よろよろとうごめきながら、御帳台の上に倒れた。


きっと、次は俺の番だ……俺は当事者だから完全に命を奪われるだろう。

ああ、ここでも短い人生だった。


死刑を受ける覚悟を持って気を張りながら正座していると、いつの間にか安部は鴉を式に戻していた。


「大丈夫。雪乃から話はきいているよ」


驚いたことに、想像とは違って優しい声で話しかけられた。


「雪乃?」


「私の妻」


「申し訳ございません」


畳に額を強くぶつけながら土下座をした。

安部は仄かに紅を刺したような色味の細い唇を子供のように大きくあけて笑った。


さっきまでは気が付かなかったが、この人がくるまで月は雲に隠れ、灯りが無ければ人の顔も確認できなかった。今は彼が姿を現した時同様に一本の蛍光灯が部屋にあるかのように明るい。


驚きと緊張は彼の笑い声で解け、彼の顔をまじまじと見つめた。何か間違い探しをするように。


あ! 見つけた! 


ちゃんと明るい下で、夕餉の時のように緊張せずに見ることが出来ると善晴とこの父の顔のパーツは微妙に違った。


善晴は、白狐のように長い睫毛に細い顎、この父親のような笹の葉のような切れ長の目、そして、薄くも厚くもない大きさの直線の唇!

善晴の少し中性的な雰囲気に比べて、この父は逞しくすべての輪郭がくっきりとしている。


それに、善晴は愛想のない表情を毎日浮かべているため、この人みたいに口を大きく開けて笑ったりしない!

主人公と雅峰にだけにわかる口角の上がり具合は他の人には見分けがつかないという、素晴らしすぎる設定があった。

製作者ありがとうございます。


頭の中がゲームの方に流れ、目の前の男を放置していた。

恐れ知らずではないので彼の様子を見ると、彼は笑い終わったと思ったらまた思い出して笑う。それを繰り返していた。


まじか、この人。



ひとしきり笑った後の彼は、物腰丁寧な印象から打って変わって子供じみた雰囲気に変わった。


早くお礼をしなくては、と思い頭を下げた。それもまた額を畳に打ち、痛みが走った。



「あの、本当にありがとうございました」


「ははは、いいよいいよ。本当は雪乃の長くて手から抜ける烏の濡れ羽色の髪の毛が好きだったんだけど、君には大きな恩があるからね。それに短い髪の雪乃も可愛いし」


「その、彼女の髪は……人前のとき大丈夫なんですか?」


「ん? ああ、それはまあ、こうちょちょいと妖術でごまかしてるらしいから大丈夫だよ」


そっか、その手があったのか!

それよりも、楽観的な人で良かった……。


自分が握っている扇を思い出した。


「あの、この扇なんですが」

 

彼の前に銀砂子の扇を差し出す。


「ああ、懐かしいな」


「お返しします」


「いや、雪乃がくれたんでしょ?」


「でも、記憶が無かったときですし」


山を降りるとき、白狐が渡してくれたのを思い出す。


あの時は、必要なかったかもしれないが、いつまでも自分が持っていたら駄目だろう、さすがに……これは、


「持ってていいんじゃない?」


「え!? だってこれ、安部様が白狐に贈った物ですよね?」


そう、扇の記憶の始まりは、彼が白狐に贈った時からだった。

それに気づいたのは今日だったが。

彼らにとって大事なものにかわりはない。


「うん。でも、雪乃が君の夢に入った時返せなんて言われてないでしょ?」


「……はい」


それも知ってるんだ。


「なら、いいんじゃない?」


「大切なものでは?」


「大切な頭のいい彼女に贈った物だから、彼女がそれをどう使おうと私には意味があると思っているからね」


「そう、ですか」


「ただし、大切に扱ってくれよ」


「はい!」


安部は、いつのまにか式神を使って、酒の入った瓶子と杯を準備させていた。


式神はどこからか持ってきた酒を杯に注いでいた。

それはよく見ると、木地挽物に朱漆を塗り、漆絵を描いた瓶子だった。どこかで見たな、と考えて気がついた。


夕餉の時に左大将が自慢していた酒だ!


その時の二人はなかなかの代物だ、と言って呑んでいた。

あの時左大将はたしか、まだ残っていると言っていたが、この人は、遠慮していたはず。


まさか、この事態に乗っかって盗むとは……。


すると、君もいるかい? と言われたが、大丈夫ですと答えた。

空になった杯を式神の前に出し淹れさせ、また仄かに紅色の口元に持っていき傾けた。

それから彼は、思い出したように話を変えた。


「そうだ! 君、宮廷陰陽師になりたいんだってね!」


「え、あ、はい。でも、……左大将様があれじゃもう後ろ盾がないんで無理そうですね」


横で気を失ってる左大将を見て溜息をつく。


「私がなろっか?」


簀子に座っていた安部は杯を盆に起き、そう提案した。


「え?」


「あの人と賀茂の兄様に言えば了承貰えるよ」


「あの人って?」


「主上」


この人やっぱり現代で云う893さん?

帝のことあの人って言ったよ……。


「でも、それ以前に賀茂様に言っても難しいのでは? あそこは」


「それもだいじょーぶ」


俺が細かく尋ねようとすると、彼は面倒くさく感じたのか分かりやすく話をすり替えた。


「それより、お雪の髪の毛の感触どうだった?

綺麗だよねあの髪。それに太郎丸の髪の毛もお雪と同じで気持ちいでしょ」


「はい、めっちゃわかります」


太郎丸の髪の毛の感触を思い出しながら、食い気味に答える。彼の顔は気が緩み少し口角が上がった。


あ、やっぱりこの人良い……


「へえー。今の答えるんだ君凄いね、私の嫉妬で君の手の感覚殺しそう」


「ごめんなさい」


やっぱり怖い人だ。いつか、殺られかねない。


彼の表情は、さきほどの笑みから急に真顔になった。

その差は本当に微妙なもので、気づけなかったら彼の機嫌を伺うのは難しいだろうと思った。


そこは、善晴と一緒だ!!


ひそかに、彼の表情筋に感激した。

それに気づかず、彼はにんまりと笑った。


「冗談だよ」


「……」


「君の顔コロコロ変わって面白いね」


貴方様のお顔の設定の方がとても素晴らしいです。

絶対その設定は子供に受け継がせてくださいね。

『絶対見たい推しCPシーン集No.1』にあるんで! 

善晴に陰陽道を指導するときにでも! 

おねがいします!


俺の考えていることは、相手に伝わることもなく話は別の方向へと進んだ。


「そうだ。明日家に戻っちゃうんでしょ?」


「あ、はい。一応」


「ふーん。そっか、二人とも会いたいだろうなと思ったんだけどな」


あれから成長した、太郎丸こと善晴のことだろうか!?

うわ。めっちゃ会いたい。

けど、また予定していた日より帰りが遅くなったら今度は父と弟が都まで乗り込んできそうだからな。


「とても会いたいんですが、つい最近立て続けに家の者を心配させてしまったので戻ります」


「ああ、そうだね。その方がいいね。まあ、陰陽寮に来ればいつでも会えるからね」


やっぱり善晴を陰陽寮に入れる気持ちはあるんだな。

そういえば、今のうちにさっきのことを噂しないように頼まなければ!


「あ、あの!」


「ん?」


「今日ここで合った事他言しないようにしていただけますか?」


「んー無理だね」


「え」


「私は何も言わないけど周りがほっとかないと思うよ」


「どうしてですか?」


「明日にでも、左大将が態度を変えて君の推薦を取り消すでしょう?

その後、すぐ僕が君を推薦すると、左大将と二人の間に何か問題があったのではないか~、しかし、あの見目秀麗な陰陽師が庇うなど、しかも彼のことをかなり評価しているではないか。てね」


安倍は杯を俺の方に傾ける。


「そこで出てくるのが、そういえば先日都に訪れ、すぐに左大将殿のお屋敷に向かったようだぞ、その夜彼は泊まったらしい、もしや……」


あ、この人自分のことさりげなく見目秀麗って言った。

それに俺のことかなり評価してくれるんだ。何だこの人めっちゃいい人じゃん……って、違う違うそこじゃない!


「なんで上のやつらは俺がこの屋敷にいることを知っているんですか?」


「みんな君のこと知ってるからね、左大将様がご執心のあの蘆屋家の息子、ってね」


「うわ、嫌な噂のされ方」 


都におらず、地方に家族と暮らしていた俺には思いもよらなかった事実に鳥肌がたつ。


「はは、だねー」


「どうしよう、静かに暮らしたいのに」 


すでに噂の的になってるとは。このまま死ぬことなく、善晴と雅峰のblをモブA視点で見たいだけなのに!!


「んー、どうせ事実は変わらないんだし、放置すれば? そうすれば、周りの者も問題が起きぬよう君を敬遠してくれてある意味静かだよ?」


「それ、俺が問題児みたいな言い方ですね」


「ははは」


安部はただ俺の反応をみて面白がって笑っていた。


しかし、彼の考えも一利ある。

もっとも、彼を見ていると貴族連中の噂話をあまり深く考えても無駄な気がしてきたのだ。


「はあ、わかりました。放置します」


「ああ、下手にことを荒げない方が良い」


安部は、失礼、気が利かなかったねと言って簀子から立ち上がると、俺の近くで気絶している左大将を軽々持ち上げ、部屋から出ていった。


ああ、襲われた俺に気を使ってくれたのか。


戻ってきたと思ったら急に、それじゃ、あの人達と話がまとまったら手紙を書くから家で待っててね! と安部は言って、どこから出てきたのかいつの間にか庭に牛飼いのいない牛車が現れ、それに乗り込んで霧の中に消えていった。


去り方が怪しさ満載で颯爽としすぎ。

この人こそ妖だろ……。あんなのに敵うわけねえ。今回は俺の味方で本当に、助かった。


俺はそのまま夜が更けるまで待ち、朝になって双葉火玉が目覚めた。


双葉共、屋敷に入ってからの記憶がなく、不思議そうな顔をしていた。俺は心配させたくなくて、問題は無かった、そう言うと双葉は安心したような顔をしていた。


いつもの泣き叫ぶ声とその度に衣を着替え直させられる被害にあわずに済んだ。

しかし、流石にこの格好で帰るのは気が引け、自分の狩衣を探して来てくれと双葉火玉に頼んだ。


すぐに見つけてきて、着替えた。相手も顔を合わせたくないだろうと思い、すれ違った使用人に、主に帰ることを伝えるよう頼み、一日の出来事とは思えない貴重な体験をした屋敷を出た。



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