第18話-陰陽寮の入寮式

重い雲が空に広がり、手先が冷え、白い息が話すたびに漏れる頃、俺のもとへ推薦状が届いた。


安部陰陽師の推薦で陰陽寮への入寮許可を得たのだ。

専攻科目は陰陽道で、陰陽博士の元で学ぶことになった。


来年から、陰陽生おんみょうのしょうか! 

よっしゃあ! 第一関門突破! 腐男子生活を満喫するぞ!!


浮かれ気分で都へ向かう準備をしていた。


「あかりあかね! その衣を畳んで布で包んでくれ」


「はい!」

「お任せを!」


そこへ、沈んだ表情の友成が部屋にやってきた。

俺は作業をしていた手を止める。


「兄上……、僕も一緒に行きたかったです」


「お前は、国学に通っているのだろう?」


「兄上が都に行くなら僕も大学寮に入ります」


友成は真剣な顔でそう言った。


俺と一緒に都に行きたいのか~! 可愛いやつだなあ!

でもなあ……都が安全とも言えないしな。


「大学寮に入ったらほとんど同じことを学ぶんだぞ? 

二度手間だろう」


「そんなことないですよ! 国の者も国学から大学寮に行って高位をもらって都で働いている者もおります!」


「んー……、お前の頭じゃ無理だろう?」


諦めさせようと冗談で言ったが、国学での友成の成績は常にトップだ。

大学寮に入ったら目をつけられかねん。


「ひどいです!」


友成は本気で怒っている様子はなく、寂しがっているようだった。横から優しく宥める声がして、振り向くとそこには父がいた。


「こらこら、二人共」


「父上」


「友成ももう大人なんだ、兄を困らせるな」


「すみません」


「満成、他に必要なものはないか?」


「大丈夫です。ほとんど揃いました」


「そんなに、荷物が少なくて大丈夫なのか?」


俺の荷物は学費を除いて一人で持ち運べる量だけだった。


「はい。陰陽寮の方で用意していただけるようなので」


「そうか、そろそろ夕餉にするから二人共来なさい」


それから、年を跨いでついに、家族との別れの時が来た。



俺は双葉火玉を都に連れて行くことにした。

最初は、問題を起こして目立たないようにするために双葉を置いていこうと考えていた。

身を護る術はすでに身につけているため、何かあっても多少のことであれば一人で解決できる。


安倍陰陽師さえ、敵に回さなければ、だがな。


しかし、それを伝えると双葉は大泣きし、また満成様の身に何かあったら……、と言った言葉に俺は何も言えず、双葉と決めた、大人しくするという条件を飲み込んだ。


「また、会えるんだから泣くな」


「兄上~!」


「そろそろ離しなさい。満成、身体に気をつけるんだぞ。……あまり、無理をせずにな」


「父上まで。念願の陰陽寮に入れるんです! 自分の力にしてきてやります!」


「頑張ってください!」


「双葉たちよ、満成を頼むぞ」


「お任せください! 全身全霊を持って満成様をお護りいたします!」


家族は腰輿に運ばれ都に向かうのを、見送ってくれた。



『恋歌物語』の主人公が過ごすことになっていた陰陽寮。そこに俺は入寮する。


俺は、彼女を助けられなかった。

友成の話だともう、彼女はこの世界にいないかもしれない……。


そうこう考えていると入寮出来るという嬉しさは腹の中に収まっていた。あの日から主人公のことを思い出すほど心苦しさから解放されずにいる。



***

数日をかけ、都に着いた満成は彼のことを思い出した。


今日は良佳に遭わなかったな。都も特に変わった様子はない、か。


それも、すぐに緊張へと変わっていった。

大内裏南東部の中務省にある陰陽寮。

今の自分と同じ年齢か、それ以上の青年の姿がちらほらとあった。


陰陽、暦、天文の各新人が集まっているのか、あまり多くはないな。全員で十人くらいか?

それ以外は他の学生と博士らか。


俺がその場に入った時、周りの刺すような視線が自分に集中しているだろうことが分かった。


この扇があって良かった。

無かったら今頃、下を向いてナメられてしまうか、余計に絡まれただろうな。

それに、俺の見た目年齢コ○ン君状態だし! 

中身、前世入れたら三十超えてるからね俺。見た目はやっと十五くらいだけど!


同じ新入生らしい身分の高そうな男の声が耳に入る。


「おい、あの子供は何でここにいるんだ? 大学寮と間違えたのか?」

「おい! あんま見るな!」

「は?」

「あいつ、あれだよ」

「あれ?」

「左大将を襲ったって噂になってるだろ」

「え!?」

「ここに入寮するためにあの隠されてる面を使って誘惑したらしいぞ」

「……俺が、聞いたのは左大将のことを呪って操ろうとしてるって」

「いやいや、見てみろよ、あの面なら陰陽寮を敵に回すようなことをしなくても簡単に中に入れるって考えるだろ」

「誰だ? ここに入寮させたの」

「噂じゃあの……」


耳を澄ませ、予想していた通りの陰口を聞いていると、男の声が響いた。

顔を上げると安部が外面良く微笑んでいた。


「皆様本日はご入寮おめでとうございます。私は陰陽助安部と申します。私からの挨拶は以上としまして、陰陽頭賀茂殿から挨拶をさせて頂きます」


え、安倍って陰陽助だったの?

陰陽寮のトップ2だったのかよ!


「皆様ご入寮おめでとうございます。ここでは、―――以上で挨拶を終わらせて頂きます」


ハッ! 話を聞いてなかった!


俺は、いつのまにか挨拶を終わらせた陰陽頭が退出するときに意識を戻した。

安倍の視線がずっと自分の方に注がれていたため、話に集中出来なかったのだ。


あの人なんでずっと見つめてくんだよ! 

意識して視線外してるのにガン見すんなよ! 

全く全校集会の時の校長のような話をまじめに聞けなかった!


「続きまして、新入生挨拶――播磨守蘆屋殿のご子息、蘆屋様よろしくおねがいします」


は?


「播磨守蘆屋って!」


「あの、外道の家の者がなぜ!?」


「新入生挨拶に何故よりによってあの家の者を!?」


都だと外道の家って伝わってるのかよ。嫌われすぎだろ先祖たち。まあ、都住み連中にとったら民間の陰陽法師なんて敵だよな。

つか、分かっててなんてことしてくれてんだあの男!! 


「蘆屋様~、こちらへどうぞ~……ふふっ」


おい、笑ってんの聞こえてるぞ?

チッ、仕方ない。

ここで悪目立ちするわけにいかない。

穏便に済ませるためには、はーい、知ってましたよー的な雰囲気を出して前に出なくては!


「はい」


「では、ふふっ……ゴホン、よろしくおねがいします」


ニコっと効果音が付きそうな笑顔を浮かべて隣で笑ってる男を横目に、いつも通り扇で顔を隠しながら挨拶をした。


これでも、高校の時新入生挨拶したことあんだからな! ここで役立つとは思わなかったが!


「はじめまして。陰陽生蘆屋と申します。

……

───お礼申し上げます」


挨拶を終えると、先程のざわめきは落ち着いていた。

安倍の表情が少し面白かったところで、ある疑問が浮かんだ。


やばい、しくった。現代の挨拶ここでも通じるのか?


恥ずかしくなって扇で顔を覆い、礼をして足早に元居た位置に戻る。


「……ゴホン、ありがとうございました。それでは、皆様このあとは各専攻別に宿舎に案内しますので、お待ち下さい」


そう言って、安倍は陰陽博士の男と共に蘆屋達の目の前にきて挨拶をすると、陰陽生の宿舎へと引率する。

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