20話 解説と、解決と
「レ、レヴィアンタ!! テメェ、一体なにをしやがった!? というかどうして転送魔法が使えるんだ!?」
「おかしいだろ!? 魔消石の手錠もハメられていたし、オクトパンドラの触手によって魔力を練る力も残ってなかったはず! ていうか、そのオクトパンドラはどこ行ったんだよ!!」
「そして俺たちの体に何が起きてるんだ!! ウワーーーーッッッ何も分からない!!」
三バカが騒ぎながらあれよこれよと問いただす。やかましいことこの上ないが、メリジュナさんやエノアヴァレスさんも茫然と私の顔を見ている。
「はいはい、そんなに言わなくても最初から全部説明してあげる。まず最初に、どうして魔消石をハメているのに転送魔法が使えたのかっていうことだけど」
私はチラ、とエノアヴァレスさんの方を見た。いや、これ言ったらもしかして怒られるかもなぁ……。
「この火山に来るとき、転送魔法を使うためにちょっとだけ魔消石を外してくれたじゃない? 実はもう、あの時には魔消石はただの石になっていたのよ」
「はぁ!?!? どういうことですの!?!!?」
予想どおり、エノアヴァレスさんが胸倉を掴んで問いただしてきた。だからちょっと言いたくなかったんだよ!
「まさか、メリジュナですの!? あの奇術師の手癖の悪さを頼って、よく似た手錠とすり替えを――」
「いや、違うんです! 私はただ、魔消石の『魔法を使えなくする』という性質だけを転送魔法で転送したんですよ」
「…………は?」
「いや、だから物質と性質の境界にも非常に曖昧なところがあって、形質学的にもミクロの観点からどこまでが特質としての役割を発揮するか議論が分かれるところなんですけど、その物質と性質の境界ごと微細転送を繰り返せばやがて性質そのものだけを切り取って転送――」
「……よく分からんが、要するにそれも転送魔法の真髄、ということだな」
キリがないと判断したのか、メリジュナさんがまとめてくれる。おかしいな、ちゃんと分かりやすく説明したと思ったのに……。
「はい。だから、火山に潜入したときはすでにいつでも転送魔法が使える状態だったんですけど、それを大っぴらにしてもエノアヴァレスさんの反感を買うだけだと思ったので内緒にしてました。すみません」
「あ、あなたという人は……」
エノアヴァレスさんは転送魔法の力に驚いているのか、それともただ呆れているのだけなのか、気の抜けたような返事で答えた。
「まぁ、その点についてはもういいだろう。すでに黒幕もハッキリしているんだしな。だがオクトパンドラの脱力効果が君に効かなかったのはどういう理屈なんだ?」
メリジュナさんの質問に、今度こそ分かりやすく説明しようと私は意気込んだ。
「簡単な話ですよ。 私は、体内に侵入しようとする有毒な物質が人体に影響を及ぼすであろう一定以上の閾値に達した時、その物質だけを自動で体外に転送する魔法をかけていますから」
「ほ……本当に凄まじい魔法だな……君には恐れ入るばかりだ」
メリジュナさんはもう何を言っていいか分からない、というように肩を竦めた。その場にいる人間がみんな同じような顔をしていた。だが唯一、バルグリットだけは神妙な笑みを浮かべている。
「フン。転送魔導士よ、お前の力が凄まじいのは分かった。だが所詮、転送は転送――いかに優れた能力といえど、オクトパンドラがこの世からいなくなったわけではないのだろう?」
「む。確かに。あの化物の脅威はとりあえず去ったが、転送された場所次第では……」
「そうだ! 無尽蔵に魔物が湧いて来る! それにオクトパンドラの生命力を舐めてもらっては困る! やつは三千度の溶岩から、マイナス一万度の絶対零度にも適応する! さらに深度五千メートルを超える水圧にも耐えることが可能だ! 残念だったな転送魔導士よ、お前の力ではオクトパンドラは――」
「あ、それなら大丈夫。あれ、もうこの世には存在しないから」
「…………なに?」
「この世界のどこにも存在しない座標を指定して転送したって言ってるの。空でもない、深海でもない、宇宙でもない、どこでもない、無でもない、存在すらしない場所。もちろん異世界や異次元ですらない。そういうところに転送されたものはなんであれ、原理概念そのものが基軸崩壊を起こして消失するしかないのよ」
「な……馬鹿な、そんなことが……」
「嘘だと思うなら試しに一生かけて、世界中を探し回ってみたら? アナタの思うような魔物だらけの世界なんて、一生訪れないから」
「ひ、ひぃ……なんつう恐ろしい女だ……」とブリガットが悲鳴を上げる。
「俺たちは、こんな化け物に喧嘩を売っちまったってのか……?」とエルヴァントが呻く。
「誰が化物よ! 体ごと地中に転送して身動き取れなくした程度で済ませてやったんだから感謝くらいしなさいよ!」
私はブリガットたちの顔をそれぞれ一回ずつ蹴った。そのたびに「ヒェ~~~」と情けない声を上げるのでなんだか清々しい気分になる。
「は、ハハ……。私の夢も、終わりか……」
バルグリットは地中に埋もれながら、力なく呟いた。
「結局、私の人生はなんだったのだ……誰にも必要とされず、復讐を遂げることもできず……なんのためにも誰のためにも生きられず、自分すら救えず……私の人生は……」
「――あなたねぇ! 黙ってずっと聞いてれば!」
私はバルグリットの顔を掴んで、真っすぐに自分の眼を見させた。
「大体、あなたのことは最初から気に喰わなかったのよ! だってあんな魔物を創り出すなんて、どれだけの賢さや知識があったら出来るんだって話でしょ? それなのに、どうして自分で自分の能力を認めてあげられないのよ! しかも、そんなに素晴らしい才能を見当違いの復讐なんかに使ったりして……勿体なさすぎるでしょ!? 親に見限られた? 国から追放された? 上等じゃない! 王族なんて硬ッ苦しい肩書、無い方がいっぱい研究に専念できて、逆にいいじゃないの!」
「だ、だが……私の力など、誰にも……」
「私を見なさい、バルグリットッッッ!!」
彼は肩を震わせると、怯えたような表情を浮かべ、それでもしっかりと私の眼を見た。
「私だってその気になれば、転送魔法の力で世界を渾沌に陥れることなんか簡単にできる。でも、それをしないのは何故だと思う?」
「それは……なぜ?」
「美味しいものが食べられなくなるからに決まってるじゃないッッッッッ!!!!」
「……は?」
「いい!? あなたが知らないだけでこの世界にはまだまだ美味しいものがたくさん溢れている! 初めて白金タウルスのステーキを食べた時、私はそれを痛感したわ……つまり! 私がなにを言いたいかと言うと!」
私はバルグリットの流れるような美しい金髪を鷲掴みにしながら言う。
「魔物を生み出す能力なんかあったら、美味しい食材がいつでも手に入れたい放題なのよ!? これを素晴らしい力と言わず、なんて言えばいいの!?!?」
「あ、あぁ……?」
バルグリットは困惑しているが、エノアヴァレスさんとメリジュナさんは呆れて笑っていた。
「なにを言い出すかと思えば……最初から最後まで、食い意地の張っている方ですわ。まったく、これじゃレヴィアンタさんが悪人だと疑っていた私が馬鹿みたいですわ」
「だから最初に言ったじゃないか、エノアヴァレス。君の疑いが、果たしてどこまで続くか楽しみだ……とな」
「ふ、二人して人を食いしん坊みたいに言って!!!!!!」
まぁ実際、二人の言う通りなんだけど。だって転生してからロクなモン食べてなかったんだからしょうがないじゃん……。って、私の話はどうでもいい。
「要するに私が言いたいのは、魔物を生み出せる知識や賢さには、もっと素敵な使い方があるってことよ。本当の賢さっていうのは、自分の持っている能力を最大限に発揮して楽しくやっていくことだと思うの。だから、こんなことで諦めてないで、もう一度やり直してみない? あなたの力があれば、絶対にできるから!」
「あ、あぁ…………」
その瞬間、バルグリットの表情からスッと憑き物が落ちたように見えた。それが決して、勘違いや気のせいなんかじゃなければいいなと、私は思ったのだった。
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