12話 火山の異変

 ようやくガランドロン火山の探索を開始した私は、まず内部の広さと熱気に驚かされる。火山というからてっきり天井が低くて狭いところを想像していたけど、実際には大きな空洞が広がっていた。まるで東京ドームのようだ、と私は思った。

 溶岩が固まってできた足場も遠くまで広がっているが、その先ではマグマの海がボコボコと音を立てている。まだ探索してから十分と立っていないのに、外とは比べ物にならない熱気のせいで汗がダラダラと滴ってくる。私は再び手錠をはめられてしまったので、両手で額を拭わなければいけなかった。少し窮屈だけど、エノアヴァレスさんが凄まじい形相でこちらを監視しているので仕方ない。


「はぁ……それにしても相変わらず凄まじい暑さですわね。油断していると気が狂いそうですわ」


「メイド服なんか着て火山に来るからだ。まぁ、汗の滴るメイド服も時にはいいものだが……」


「変態趣味も大概になさい、メリジュナ。まったく、私がどうしてこんな目に……」


「そう言うな。ギルド以来の仲じゃないか。まったく、私やマスターは君の能力を高く買っていたたというのに、勝手に王宮のスカウトに乗ってしまうんだからな」


「それはアナタの変態趣味に嫌気が差したからですわ。はぁ、まったく……。どうして私がこんな目に……」


「散々な嫌われようだな。はっはっは」


 メリジュナさんは爽やかに笑いながら、エノアヴァレスさんの頬に指を這わせた。


「ぺろっ」


「なにを舐めてやがりますのこのド変態がァァァァァァ!!!!」


 エノアヴァレスさんが凄まじい速度で裏拳を繰り出したが、メリジュナさんは相変わらず涼しい表情で回避している。げ、元気だなぁ……。私なんか存在しているだけで精一杯だというのに……。


 と、その時。足元が微かに揺れたのを感じる。


「お、っと……地震かな?」


 それとも活発化した火山活動の影響だろうか? と私は思ったが、どうやら二人の見解は違うようだった。先ほどまでじゃれ合っていたのに、今では腰を低く落として臨戦態勢に入っている。


「気をつけろよ、二人とも。なにか……様子がおかしい」


「言われなくても分かっていますわ。……来ますわよ、振動の主が」


 エノアヴァレスさんがそう呟いてまもなく、溶岩洞の奥から凄まじい地響きが迫ってくる! それも一つではない、複数の足音が混じっている!


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオス!!!」


 なんと、溶岩洞の奥から姿を現したのは、巨大なティラノサウルスを思わせるドラゴンだった! 鈍重な二本足で力強く地面を蹴りながら、狂ったように雄たけびを上げている! ドラゴンはアゴの横から伸びた、鋭利で長い角を振り回しつつ、真っすぐにこちらへ突っ込んでくる!


「ギラファレックス!? なぜこんなモンスターがガランドロン火山に?」


「森林の奥深くに生息しているとされる、狂暴なドラゴンですわね。それが本来の生息域を離れ、火山に出没するなんて不自然ですわ」


「ギ、ギラファレックス……初めて見るわ……」


 ギラファレックスはドラゴンの中でも群を抜いて凶暴とされる古代種に属している。その強さも去ることながら、存在事態が希少で、高位の冒険者でも見たことがない。当然、その素材もかなり貴重で市場には滅多に出回らない。


(ドラゴン、それも古代種の肉って……一体どんな味がするのかしら!?)


 想像するだけでヨダレが零れそうになる。戦闘が終わったら、ちょっとだけお肉を採らせてもらおうかしら。


「……って、いろいろ考えるのは後にしましょう! とりあえずエノアヴァレスさん、手錠の解除を許可してください!」


「それには及びませんわ」


 言うが早いが、エノアヴァレスさんはギラファレックスの目前に立ちはだかった! そのまま腰を低く下げ、拳を強く握りしめる!


「どこかの変態趣味のせいで、こちとらフラストレーションが溜まっているのですわ。いい機会ですから、ここで発散させていただきますわよ!」


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 獰猛な唸り声を上げて眼前に迫るギラファレックスのかみつき攻撃を紙一重で避け、ガラ空きになった胴体へ潜りこんだエノアヴァレスさんは、そのまま力任せに拳を振り上げた!


「エノアヴァレス流暴力殺法、壱の型――暴腕ッッッ!!」


 必殺の一撃がギラファレックスの腹に沈む! その瞬間、ドラゴンの巨体が宙に浮いたかと思うと、そのまま空中へ打ち上げられ――ゆっくりと地面に叩きつけられる!


「ギャオオ……」


 小さい呻き声を上げたかと思うと、ギラファレックスはそのままピクリとも動かなくなってしまった。その圧倒的な腕力を前に、私は絶句してしまう。


「ド、ドラゴンを相手に素手で……しかも一撃で……」


「幾分スッキリしましたわ」


 美しい残心を決めたエノアヴァレスさんは心なしか表情に潤いを取り戻したようだった。だが安心したのも束の間である!


「ボルァァァァァァァァッッッッッシュ!!!」


 なんと、溶岩の中から巨大な生物が飛び跳ねてきたのである! 全身に赤熱した溶岩を纏った、紅蓮の龍――ガランドロン火山の主として冒険者に畏れられるモンスター、ヨルガンムルトである!


「エノアヴァレスさん! 危ない!」


 私は咄嗟になって注意を呼び掛けたが、突然の襲撃にエノアヴァレスさんは動けないでいた! このままでは――と思った矢先!


「やれやれ。すぐ油断するところは変わらないね、エノアヴァレス!」


 メリジュナさんが素早くエノアヴァレスさんの前に躍り出たのだった!

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