18話 魔王炉-オクトパンドラ-

「ゾアァァァァァァァァッッッ!!」


 バルグリットの背後から現れたのは、無数の触手を持つ巨大なモンスターだった! ブヨブヨした掴みどころのない肉体の中心には大きな一つ目がギョロリ浮かんでいる。さらにその下には、ヘラクレックスすら丸飲みに出来そうな大口が広がる。その中には、まるで異次元の裂目のような底知れない空間が広がっているようだ。


「ハーハッハッハッハ! 見たか! これがオクトパンドラだ! 魔王戦争の際に創られし悪夢のモンスターが、私の研究によってとうとうこの世に舞い戻ったのだ!!」


「オクト……パンドラ……!?」


「チッ。バルグリットめ。またとんでもない魔物を甦らせたものだ」


 異形の雰囲気に押されてか、メリジュナさんとエノアヴァレスさんが一歩後ずさった。S級冒険者である二人すら威圧されてしまうようなモンスターなのだろうか?


「あれはかつて、魔王炉と呼ばれたモンスターでな。文字通り、アイツの口からは魔物が無尽蔵に精製されるんだ」


「ええっ!? そんなのが世に解き放たれたら、世界は魔物だらけになっちゃうじゃない!」


「そのとおりだ。おそらく、ゴブリンの大軍やギラファレックス、ヘラクレックスといった大型ドラゴンを生み出したのもアイツだろう。あんな存在を野放しにしておけば、王国どころか世界そのものが滅びかねん」


「そんなことはさせませんわ……! ここで私たちが引導を渡して差し上げます」


「フ……果たして君たちにそんなことができるかな?」


「ゾアァァァァァァァァッッッ!!」


 オクトパンドラは無数の触手を震わせたかと思うと、私たちに向かって素早く伸ばし始めた!


「ひぃっ!? なんか気持ち悪いんですけど!!!」


 私は鎖に縛られているため身じろぎすることしか出来なかったが、メリジュナさんとエノアヴァレスさんは素早く臨戦態勢に入った! 


「あの触手に囚われると厄介だ。分かっているなエノアヴァレス!」


「ええ! まずはあの気色悪い触手を一本残らず引きちぎってやりますわ!」


 メリジュナは召喚魔法のために両手を合わせ、エノアヴァレスさんは宙高く跳躍し、拳を構えた! その時だった!


「バァカ! させるかよッ!!」


 巨大なフラスコの影から、それぞれ剣と斧を持った人影が飛び出してメリジュナさんを襲撃した!


「なにっ!? お前たちは……クッ!」


 メリジュナさんは咄嗟に攻撃を回避するが、そのせいで召喚魔法は中断され、両手から眩い光が消え去ってしまう……!


「メリジュナ!? なにをしていますの!?」


「アンタこそ、余所見をしている余裕があるのか?」


 ヒュン、と空を裂く音がしたかと思うと、エノアヴァレスさんへ向かって銀の矢が飛来していく!


「くぅ……ッ!」


 すでに攻撃のために飛び上がっていたエノアヴァレスさんは、空中で器用に体を捻じってギリギリのところで矢を回避する! だが、そのせいでバランスを崩して転倒してしまう……!


「しまった……!!」


 結局、私たちは為す術なく触手に全身を拘束され、宙吊りにされてしまう! 私たちは必死で抵抗したが、触手の力は凄まじく、あのエノアヴァレスさんですら強引に拘束を解くことが出来ずにいる!


「ハッハァ! S級冒険者が揃って、ザマぁねぇな!!」


 下卑た笑いを浮かべながら姿を現したのは、なんと――A級冒険者の剣士ブリガット、斧使いエルヴァント、弓兵ルシテウスの三人組だった!


「な、なんでアンタたちがこんなところにいるのよ!? それに、私たちを攻撃するなんて何を考えてるの!?」


「ハッ……どうしてだと? そりゃ簡単な話だ。俺たちはバルグリット殿に頼まれて護衛を請け負っているんだ。いわば、傭兵みたいなモンさ」


「分からんな」と、怒りの形相でメリジュナさん。


「仮にもA級冒険者ともあろうものが、なぜ王国を危険に晒すような状況を看過している? 事と次第によってはタダで済まさんぞ」


「フン、いいさ! この際だからはっきり言ってやる! それはな、俺たちの目的がバルグリット殿と同じだからさ!」


「目的が同じ、だと……?」


 メリジュナさんは信じられないと言った顔で聞き返す。私も同じ気持ちだった。少し前まで同じギルドで魔物の討伐を生業としてきた仲間から、どうしてそんな言葉が出るのか、不思議でならない。


「なにを不思議そうな顔してやがる! 俺たちはなぁ、もうずっと前から、この平和な世の中に飽き飽きしてるんだよ!」


「苦労してA級冒険者になったはいいが、強力なモンスターは年々人の前から姿を消し、仕事も減りつつある……」


「そこで考えたのさ。もっと世界に魔物が増えれば、俺たちの出番も増える……そうなれば、今よりももっと稼いで贅沢な暮らしが出来るってなァァァァ!!!」


「「「ヒャアアアアアッハハハハハハハハハ!!!!!!」」」


 三人は揃って大声で笑った。メリジュナさんもエノアヴァレスさんも、怒りを露わにした表情で激しく体を震わせていた。


「貴様ら……! 前々から頭の足りん連中とは思っていたが、そこまで救いようのないアホだとは……!」


「国――いえ、世界に仇名す愚か者めが……。今すぐにブチ殺して差し上げますわ!!」


「おぉ~~怖い怖い! だが、アンタらにそれが出来るかねぇ~?」


 ブリガットたちのセリフに呼応するように、触手から暖かい粘液が噴き出す! ジュウ、という音と共に、粘液が私たちの服を徐々に溶かしていく……!


「オクトパンドラの触手からは強力な溶解毒が分泌される。さらに触手から発せられる神経毒は、触れた者の力を徐々に奪ってゆく……」


 バルグリットが静かな笑みを浮かべて私たちに冷めた視線を送る! 対照的に、ブリガットたちの目には好奇の色が浮かび始めた!


「お前らはここで、哀れな姿を晒しながら死んでくんだよォォォ!! まぁせいぜい俺たちを愉しませてくれや!! アッヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


「ぐッ……くそ……」


 メリジュナさんはどうにか召喚魔法を発動させようとするが、すでに体の力が入らないらしく、だらんと項垂れかけている! エノアヴァレスさんも必死で触手から逃れようと奮戦しているが、メリジュナさんのようになってしまうのは時間の問題だろう。


「このまま、では……ッ!!」


 万事休すか、という表情が二人に浮かび上がった時。

 私は、とうとうこの時がきたか、という気持ちでいっぱいだった。





「転送魔法を発動する許可をくれませんか? エノアヴァレスさん」

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