17話 黒幕の正体

 溶岩洞の中を進んでいくと、とうとう行き止まりに辿り着いた。そこは大きな空洞となっていて、先ほどまで周囲を流れていた溶岩も姿を潜めている。気温が少し下がっており、快適さを感じる。魔物の気配もないようだし、人が姿を潜めるには丁度いい空間のように感じる。


「この空間……なにか、匂うな」


「ええ、人の暮らしていた気配を感じます」


 S級冒険者である二人も違和感を敏感に察知したらしく、辺りの壁をじっくりと見て回っている。


「ふむ。この辺りですわね」


 エノアヴァレスさんがなんの変哲もない岩肌を殴りつけたかと思えば、あっけなくガラガラと崩れ去り――なんと、そこから隠し扉のようなものが見つかった。


「でかしたエノアヴァレス。慎重に中を探るぞ」


 メリジュナさんが先頭に立ち、扉を入念に調べ始めた。どうやら鍵は掛かっていないようだ。私たちは声を潜め、音を立てないようゆっくりと扉の中へ侵入していった。特に私は、鎖同士がぶつからないよう細心の注意を払う必要があった。

 中はひんやりとしており、薄暗い。奥の方では赤、青、黄色……と様々な色の光が明滅している。私たちは物陰に隠れながら、内部の様子を伺った。


「ここは……研究室か?」


 そう表現するのが適切な空間だった。天井や床には鉄板が敷き詰められ、見たこともない機械と、いくつもの巨大なフラスコが並んでいる。その中には謎の液体で満たされていて、何やら肉塊のようなものが蠢いてるようだった。

 フラスコの内部から聞こえるボコボコした音と、機械の駆動音が静かに鳴る中で、カツンと冷たい靴音が響く。


「ようこそ私の研究室へ。自慢のモンスターたちを倒し、よくここまでたどり着いたものだ」


「何者だ!」


 侵入がバレている、と悟った私たちは声の主の前に姿を晒した。

 そこに立っていたのは、白衣を着た猫背の男性だった。顔は不健康に痩せこけ、長い金髪で片目を隠している。どこかで見たことのある顔だなと思ったが、イマイチ思いだせない。だがメリジュナさんとエノアヴァレスさんは驚いた表情を浮かべていた。


「バルグリット第一王子……いや、『元』第一王子か」


「フン。その名前で呼ばれるのも懐かしいな」


 心底ウンザリしたような口調で、白衣の男は吐き捨てた。


「だ、第一王子ってコトは……ファランデル王のお兄さん!?」


 私は以前、エノアヴァレスさんから聞いた話を思い出す。魔物の研究ばかりしていて王国から追放されたお兄さんがいた……それが、まさかこの人ってこと!?


「そうだ。かつて私は、王国の未来を嘱望される存在だった。しかし自分が一番はっきり分かっていた。自らが王の器などでは無いことを……国民の生活を背負うに足る存在などではない、ということをな……」


 バルグリッドの表情は苦悶に歪んでいた。そう、確かエノアヴァレスさんはこうも言っていた。ファランデル王は幼少から遺憾なくその才能を発揮していた、と。それを間近でずっと見てきた年長の兄として何を思ったか想像するのは、決して難しいことではない。


「我が弟こそが王の器に相応しい。なればこそ私は敢えて研究の日々を送った……私が専門とする魔物の知識で弟の助けになればという一心で……だが父上は、そんな私を見かねて国から追放したのだ!!」


 全身で怒りを表現しながら、バルグリッドは憤った。肩が震え、語気がどんどん強まっていく。


「頼れる者もなく放浪の日々を強いられた私は、孤独と飢えに苛まれた。なんと惨い仕打ちかと思わない日はなかった……」


 孤独と飢え、という言葉に思わず私は共感してしまう。この世界に転生した時、同じ壁にぶつかったからだ。友達も能力もない、食べるものもなく一人で暮らすしかなかったあの頃を思い出し、お腹がぎゅるると音を立てる。


「いっそ死んでやろうと思ったが、死ねなかった。いや死ぬ必要などないのだ。なぜ私が死なねばならん? むしろ私を不要とする世界こそ死すべきでは無いのか……そう考えるようになってから、随分と楽になったよ」


「それで復讐のためにゴブリンの軍勢を生み出して街を襲わせた、というわけですの?」


 エノアヴァレスさんが静かに問い詰めた。その佇まいからは恐ろしいほどの怒りを感じる。だが、バルグリッドは物怖じもせず哄笑した。


「ハハハハッ、あんなものはただの過程にすぎん。なんなら貴様らが自慢げに倒していたギラファレックスやヘラクレックスもただの副産物だ」


「なんだと……? まさか、あなたの目的は……」


 メリジュナさんが疑惑の表情を浮かべた。


「そうさ、私が欲するのは本当の混沌。世界を混乱に陥れるほどの究極の怪物──かつて魔王炉と呼ばれた魔物の復活だッッッ!!」


 バルグリッドが叫ぶと同時に、その後方から巨大なフラスコ管が割れる鋭い音が響いたのだった……!

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