3話 転送魔法の真髄

『これを見ているひとへ。転送魔法がなぜ人やものを転送できるか、考えたことはありますか?』


 魔導書を開いて一番最初に飛び込んできた問いに、私は新鮮な驚きを覚えた。確かに、そんなことは考えたことがなかった。単純に、それはそういうものだから、だと思っていた。


『火の魔法にも、風の魔法にも、それぞれ理屈があります。大気に存在するマナを操って、現実には起こり得ない事象を引き起こしているのです。詳しく説明すると長くなるので詳細は省きますが、大切なのは転送魔法ではどういう理屈が働いているか、ということです』


「転送魔法の理屈って……普通に考えればマナを操って移動させてるだけじゃないの?」


 と思わず独り言を呟く。しかし、ページをめくった先には驚くべきことが書かれていた。


『転送魔法は、物質同士の距離と境界に干渉することで、あたかも物質が転送されているようなはたらきを見せているに過ぎません。その本質として理解してほしいのは空間が時間と表裏一体であり、また相互的に作用することで距離と境界の概念を生み出しているに過ぎないということです』


「…………は?」


 ちょっと待ってほしい。何を言っているの???????? 難しすぎてサッパリ分からないんだけど?????


『これをみた人は、まだ私が何を言っているのか分からないかもしれませんね(笑)』


「うるせぇ!!!!!!!!!!!!!!」


 思わず本をブン投げそうになったが、冷静に深呼吸をして堪える。よし、少しだけ落ち着いてきた。


『でも大丈夫。この本には、私が知り得た知識のすべてを転送してあります。さらに、その知識は、この言葉が理解できる人の中へと直接、転送できるように仕掛けを施してあるのです』


「は???? えっと、つまり???」


 この言葉……というのは、私が元いた世界の言葉、という意味だろう。確かに魔導書に書かれているのは、日本語だった。となれば、王宮の学者たちが解読できなかった理由にも納得がいく。なんせ日本語より複雑な言葉はないって聞くからなぁ。聞きかじりの知識だけど。


「でも、知識が転送されるってどういう理屈なのかしら? 転送魔法の一種……? そんなことが可能なの? なんか、やばいリスクとかあるんじゃない?」


『転送の方法は簡単、この本の指定された場所にサインをするだけ。当然、この世界の言葉では発動しませんので気をつけてください。あと、サイン後には膨大な知識が一気に流れるので脳がタダでは済まないかもしれません。人によっては知恵熱で、一週間ほど寝込むハメになるでしょう。』


「え~~~~~やだ~~~~」


 でも、逆にその程度で済むんだという気もする。インフルエンザにかかったようなもんだと思えば大したことない…………気がする。


『最後に、一番大切なことを。人生は有限です。私は転生してから、そんな当たり前のことをすっかり忘れていました。年老いて死期が迫った今こそ分かります。時間を大切にして生きることこそが、本当の賢さなのだと』


 その言葉に、思わず呻き声を上げてしまった。図星だったのだ。たしかに一度死を経験した手前、異世界の生活もなんとかなるだろうという謎の安心感によって、日々を無駄に過ごしていたことは否めない。


『だから私は、晩年にようやく到達した転送魔法の真髄、まだ誰も知らない秘密を、次の転生者に託します。自分の人生に後悔しているので、今度、同じような境遇を辿るであろう人には同じ思いをしてほしくないのです。言ってしまえば、身内贔屓のようなものです。身勝手な話ではありますが、この本を日本語で書いているのは、そういうわけです。何年、何千年先になるか分かりませんが、もしもこの本を読める人がいたのなら、私のように死の直前、人生を後悔することがないよう、賢く生きてほしいと願います』


「お婆ちゃん……」


 不覚にもちょっと泣きそうになってしまった。顔も見たことのない人なのに、文面から伝わってくる愛情が暖かい。


 今までは自分の能力を高めるための努力もせず、日々をダラダラ過ごすことしかしてこなかった。でも、そんな日々を繰り返していたら、あっという間に時間が流れて、お婆ちゃんのように後悔して死ぬハメになるだろう。

 どうせ一度は失った命だ。せめて、死ぬ前に美味いものがたくさん食べて幸せな人生だった……なんて思いながら旅立ちたい。


「よし……やるぞーーー!!!!!!!」


 死ぬ前に後悔しないように。賢く生きられるように。

 いま自分に出来ることを少しでも頑張ってみようと、異世界に転生して初めて、私は思った。

 日本語で自分の名前を書き込むのは、なんだかとても懐かしかった。

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