7話 疑獄

 二時間ほど経った後、ベストラがギルドの扉を開けた。王宮から帰ってきたのだった。彼は今だに飯を食べ続けている私の肩を叩くと、いつもと変わらない口調で言った。


「レヴィアンタ、王宮に行くぞ。俺についてこい」


 ベストラはいきなり腕を掴むと、強引に立ち上がらせる。私はまだ口をむぐむぐ言わせながら抗議した!


「ちょ、ちょっと! なんだか急すぎない?」


「他ならぬ陛下のお呼び出しだ。急がねぇとヤバいぞ」


「陛下ァ!?!?」


 陛下というのはもちろん、この国を統治するファランデル王のことだ。弱冠十八歳で王位に即位した彼は、民を第一に考える政策から多くの層に支持されており、建国以来で最も優れた、優しい王として人気を集めている。


 そんなファランデル王だったが、一方で国に仇名すものには一切の容赦をしない徹底さも知れ渡っている。そのため、討伐などで国内の治安に一役かっているギルドへ、時に厳しい助言や指示を下す側面もあるところは、ベストラもよく口にしている。


「一体、陛下はなんの用があって私なんか呼び出すのかしら?」


「俺がギルドマスターになって以来、陛下に呼び出しをくらうといえば、ギルドの不始末を糾弾される時というイメージしかない。禁漁区に勝手に立ち入ったことへの処罰だったり、護衛任務が失敗して依頼者にケガを追わせちまった時だったりな」


「それってほぼ怒られるのが決まってるってことじゃない!?」


「だからといって陛下直々のご命令を無視するわけにもいかねぇだろうが。ほれ覚悟を決めて、とっとと行くぞ」


「いや~~~~~~!!!!」


 私は半ばマスターに引きずられるようにして、王宮へ連行された。重厚な門をくぐり抜けて、興味深そうな視線を向けてくる王宮兵士たちの目に晒されながら、あれよあれよという前に王の間に到着してしまう。


「……ねぇ、マスター。もしもの時のために、ちょっとお願いがあるんだけど……」


 いつまでも文句を言っていたところで仕方がないので、せめて考えられる事態への対応をしておこう。

 マスターは私の提案に少し驚いたが、


「まぁ、確かにそうなる可能性は高いか。分かった。もしお前の言う通りになったら、それなりの配慮はしてやるさ」


 と言ってくれたので少し安心。さすがマスター、なんだかんだ言っても信頼できる人である。

 そんなことをしながら王の間に辿り着くと、すでに中では王と、直属の側近たちが控えているようだった。


「失礼します。ギルドマスターベストラ、以下冒険者一名。参上いたしました」


 マスターが恭しく膝を付いたので、私もそれに倣う。普段は気前のいいおっちゃんにしか見えないけれど、こういう時の堂に入った立ち振る舞いは流石である。

 王の側に控えていた大臣が、ギンと鋭い視線を向ける。


「フン。ようやく来たか。貴様がウワサの転送魔導士、レヴィアンタ・スカーレットに相違ないな」


「は、はひ……」


 国防大臣の威圧的な喋り方に、思わず萎縮してしまう。やはりというかなんというか、高い地位に相応しい威厳を感じる。普段出会う人とは全く違う雰囲気に呑まれ、手に汗が滲んできた。


「陛下、この者が例の転送魔導士です」


「うむ。ご苦労だった」


 蒼色の軽鎧に身を包んだ、精悍な顔つきをした青年が凛とした声を上げた。彼こそがファランデル王である。サラリとした流れるような金髪は、思わず見蕩れてしまうほど美しい。まるで、周囲の空気すら輝いて見えるようだった。


「今回、来てもらったのは他でもない。まずはレヴィアンタ。先般のゴブリン襲撃による戦果の労をねぎらわせてもらう。よくやってくれた。君の活躍がなければ、城下町にも被害が及んでいた可能性が高い。民に変わって俺が礼を言おう」


「きょ、恐縮ですぅ……」


「バカ野郎、そこはありがたき幸せでございますだろうが! 陛下、不躾な言動をお許しください」


「構わん。それより俺が気にしているのは、レヴィアンタ。お前の魔法についてだ」


「私の……?」


「転送魔法の真髄に覚醒したと聞いている。それは一体、どのようなものなのか? 既存の転送魔法とは一体、どういう点において異なるのか?」


「あ、はい……。つまりですね。転送魔法は今まで、言うなれば相互間の座標における確実性に担保された一方的解釈に過ぎない使用がされていたわけです。しかし座標は本来、左右だけでなく上下にも伸縮する性質を持っている、つまり時間の概念と境界における認識を掌握することで連続性を帯びた転送の優位性を超距離感において」


「よし、もういい。……この中に、今の話を理解できた者は?」


 王の間がしん、と静まり返った。あれ? と私は首をひねる。自分ではそんなに難しいことを言っているつもりはなんだけれど、魔導書の力で転送魔法の真髄を転送されて以来、私の知識は大幅な進歩を遂げたのかもしれなかった。今までそんなことは一切なかったので、ちょっと優越感。


「まぁ、なんでもいい。その力を活用し、民の命を救ってくれたのは先ほども言った通り事実だ。――と、同時に、民の命を預かる身としてはひとつ疑問を呈さなければならない」


 王は側近たちに視線を送る。彼らは落ち着いた足取りで私のところへやってきて、急に手錠のようなものをかける!


「ちょっ、いきなり何を!?」


「抵抗すんなよレヴィアンタ。頼むから大人しくしてろ」


 正直、転送魔法を使えばいくらでも逃れる術はあったが、ここで抵抗すれば後が怖い。私はマスターに従って、大人しく拘束を受けた。


「レヴィアンタ。正直私は、お前のいう転送魔法の真髄とやらがどれほどの力を持っているか分からない。だがその力に目覚めたタイミングでちょうどよく、ゴブリンの大軍が街へ押し寄せてくるというのは……あまりにも都合が良すぎるのではないか?」


「あっ、えっ……まぁ、確かにそれは運が良かったというか……」


「陛下の言う通りですな」と、国防大臣。


「ゴブリンが千を超える大群を率いるなど、前例のない事態だ。それこそ何者かが人為的に起こした事態ではないか――我々はそう考えておる」


「ちょっと待ってください。そいつは、つまり――」


「私の自作自演を疑っている。そういうことね」


 王と大臣は静かに頷いた。確かに私が千を超えるゴブリンを転送魔法の力で撃退したのは、事実として認めざるを得ないだろう。しかし同時に、なら逆だって可能だろうと考えるのは、ごく自然な流れだった。


「ちょっと待ってください。たしかに先の事態に、何者かの悪意を感じたのは俺も同感です。そんなことをして、コイツになんのメリットが……」とベストラが仲裁に入ってくれる。だが、言い訳は難しいだろうと私は感じていた。


「Gランクの冒険者が手っ取り早くランクを上げようと思えば、これ以上のない方法ではないかね? 現に我々の元には、彼女のランクを上昇させる申請が上がってきている」


「それだけならまだいい。だが、もし仮にお前が国外の反勢力と繋がっているような事実が判明すれば――民の平穏を護るために、俺はお前を殺すことを選択しなければならん」


「……私を、どうするおつもりでしょう?」


 私からすれば言いがかりもいいところだが、このまま話していても埒が明かない。こうして呼び出した以上、彼らにも思惑があるはずだ。王は真っすぐな視線で私を射抜き、端的に言った。


「もし君の愛国心が本物ならば、私の期待に応えてくれるはずだ。そうだろう?」


 有無を言わせない迫力、そして王国の権力を一手に掌握する権力者の質問を前にして、小さく頷く以外の選択肢は無かった。

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