6話 豪遊
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!?? この肉も美味すぎるわァァァァッッ!!!???」
ギルドに併設されたレストランで、私は肉を喰らっていた。泣きながら。もう何年ぶりかも分からない肉汁を全身全霊で味わいながら……。
「一回でいいから食べてみたいとずっと思ってたッッ!! 白金タウルスのステーキが!! 今、自分の口の中でッッ!! 弾け、踊り、喜び、そして――」
それ以上は言葉にならなかった。本当に美味しいものに言葉はいらないって私は心の底から思った。
ゴブリンの大軍が街の近郊まで押し寄せたあの日から、三日が過ぎ去っていた。戦場となったシムバス平野の戦後処理もおおむね完了し、街ではゴブリンたちの使っていた武器が流通し始めている。あれ以来、ゴブリンたちが再来する気配はなかった。
私はマスターから討伐の報酬ということで、今までに触ったことのないようなずっしりとした金貨袋をもらい、その金を使って豪遊していた。レストランに並ぶメニューを見て、頼みたいものを片っぱしから注文する。この世界に来てからというもの常に栄養失調の一歩手前だったので、こんなにありがたい話は無い。泣きながら食う。
「どれもこれも美味いものだらけだけど、特にこの白金タウルスのステーキは別格ね……」
白金タウルスは、その名のとおり全身がプラチナで覆われたモンスターだ。普段はダンジョンの深いところに生息しており、しかも臆病なので、冒険者の前に姿を現すことは稀だ。そして運よく遭遇できても、硬い表皮や戦闘力の高さから、滅多に討伐報告が上がらない。だから市場に出回る数も少なく、100gあたり金貨10枚という目が飛び出して宇宙まで吹っ飛ぶような値段がするのだ。
「そんな貴重な肉が……私の口の中でとろけている……」
宝石のように輝く肉汁からはこの世のものと思えない芳醇な香りが立ち上る。五秒に一回は思う。
「やれやれ。そんな旨そうな顔で食われると、料理人冥利に尽きるってもんだ」
厨房の奥からマスターがやってきて、追加の肉を置いた。
「当然よ! こんな美味しいものを食べたのはこの世界に来て初めてなんだから! 涙くらい出るってものよ!」
「まぁ、普段からあんな食事してりゃあな……」
「ところで、私の昇格の話はどうなったのよ? マスター」
「まぁ、そう焦んなって」と、ベストラは苦笑いを浮かべる。
転送魔法の真髄を獲得したとはいえ、私のギルドランクは最低のG。ギルドにはランク制限というルールが存在していて、ランクが低ければ低いほど簡単な依頼しか受けられない。報酬も少ない。
だからこそ私はマスターに頼んで、先の戦闘での活躍を証拠に、ランクを大幅に上げるよう要請をしているのだが……。
「あのな。お前は知らないかもしれねぇが、冒険者のランクを上げるにはギルドだけじゃなく王宮にも申請を上げて、承認を取らないといけねぇんだよ。万が一にもギルドの勝手な忖度で、実力に見合わないランクを付けられねぇようにな」
「知ってるわよ、それくらい! 第三者が客観的に見ても納得できるような戦果や、実力を証明しなさいってことでしょ? あのねぇマスター、一体なんのために私が最前線まで出張って、みんなの前で転送魔法を使ったと思ってるのよ」
「ギルドマスターである俺や、A級冒険者の眼前で、自分の実力を見せつけるためだろう? お前の能力は正直、何度聞いても理解できないが――実際にああやって見せつけちまえば、納得するしかねェからな。……ったく、そこまで考えてやったってんならズル賢いヤツだよ」
「おまけに、あの場には運よく自警団のみんな――城下町の住民もいたからね。今ごろ街中が、私の噂でもちきりでしょう」
ここまでは計算通りだ。ランクの承認が難航するだろうと分かっていたから、こうして事前に打てる手を打っておいた。最も、あんなに都合のいいタイミングでゴブリンの大軍が襲来してきたのは、私にとっても本当に運が良かったけど。
「とはいえ、だ。王宮側としては正直、お前の力に確証が持てねぇんだろう。なんせGランクの人間が、あれほど大きな戦闘の立役者になったことなんざ、今までに例がないからな」
「なんなら、王宮に直接行って披露してもいいんだけどね」
「やめとけ、アホ。この街で生きにくくなるだけだぞ」
「となると、あとは果報を待つだけね」
と、その時、ギルドの扉が静かに開き、副長であるメリジュナさんが姿を現した。ボロボロのマントに、薄い包帯のような布で身を包んだ独特の服装。ところどころ露出した肌が冒険者の目を釘付けにする美女だが、このギルドで一・二を争う実力者でもある。
「マスター。ご命令どおりタイダル湖の斥候に当たっていたところ、こんなものが……」
メリジュナさんは私たちの机に、ゴトゴトと、傷のついた装備品を並べていった。それは、ちょうど最近になって街で流通しはじめた、ゴブリンの装備品にひどく類似していた。
「他にもゴブリンの一部と思われる浮遊物が、タイダル湖に多く浮上しています」
「ご苦労だった、メリジュナ。あとは休んでていい。さて……」
ベストラは私の方を見て、小さく息を吐いた。
「なにか言いたげな顔してるじゃねぇか、レヴィアンタ」
「別に? 果報が来たなって思っただけよ」
「分かったよ。王宮に行ってくりゃいいんだろ。ったく……。まぁ、俺としても高ランクの実力者がギルドに増えるのは好都合だから異存は無いがな」
ベストラはエプロンを机に放り投げると、湖から持ち帰られた装備品を持って王宮へと向かっていった。
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