5話 大逆転! 転送魔法の真髄!

「ギャアアアアアア!!」


 ギルドマスターが死を覚悟した時、眼前に迫った矢は忽然と姿を消した。そして、目の前に迫っていたゴブリンの頭部に突如として矢が突き刺さり、血を吹き出して倒れた!


「待たせたわね! 私が来たからにはもう大丈夫よ!」


 その声の主は、レヴィアンタ・スカーレット――ギルドランクGクラスの、最底辺冒険者だった!


「お前、レヴィアンタじゃねぇか! 一か月も姿を見せないと思ってたら、こんなところで何してやがる!?」


「久しぶりに会ったのに随分な言い草ね! 私だって大変だったのよ!?!? あの魔導書を読んでから今まで、ずっと熱が出て寝てたんだから!! 一週間って聞いててのに、一か月も知恵熱が収まらないなんて聞いてないわよ!!!! 食べ物もないから近くの川の水でお腹を膨らませて、コケを食って辛うじて生き永らえてやったわ!! もう死ぬかと思ったわ!!」


「あ、あぁ……どうやら相変わらずみたいだな……」


「まぁ私の苦労話なんてどうでもいいのよ。とりあえず、これで借りは返したからねマスター!」


「はぁ? 一体なんの……」


「あの本を貸してくれたお礼! まさか忘れてたの!?」


「ああ、いや、覚えちゃいるが……って今はそんな話をしている場合じゃねぇ!」


 ベストラは槍を振るい、接近してきたゴブリンを薙ぎ払いながら叫んだ。


「見ての通り、ここは戦場だ! お前みたいなシケたGクラスの転送魔導士が来るような場所じゃねぇ! 死にたくなきゃさっさと街に帰れ!」


「シケたGクラスの転送魔導士――確かにね。つい先月までの私はそうだった。でも今は違うわ」


 レヴィアンタはそう言いながら指を鳴らすと、ベストラたちを自分の後方へ、まとめて一気に転送させた。一瞬のことであった。冒険者や自警団員は、お互いを傷つけないよう、ほどよく離れあった場所に転送されたお互いの顔を見合わせて、絶句した。


「レヴィアンタ……お前の仕業なのか?」


 ベストラが懐疑的なのも無理はない。転送魔法は、が原則である。しかも広範囲に散らばった味方を区別して、それぞれ転送するなんて芸当は――人間業じゃない。


「ふっふっふ……死ぬほど苦労した甲斐があるわ。これが私の……いえ、転送魔法の真髄というものよ!」


 レヴィアンタが手を合わせると、周囲に凄まじい空間の捩じれが生じた。冒険者たちには、それが何なのか理解できなかった。


「転送魔法の真髄? それは……」


「ええ。つまり転送とは一口にいうけれど、その本質は境界を界面学的に捉えることにあって物質の相互間における互換性とは全く関係がないどころか、時間を断続的に掌握することが鍵だったの。だから空間の連続性に焦点を見出した私は――」


 まるで意味の分からない言葉の連続に、ベストラたちはポカンとした表情を浮かべることしか出来なかった。


「お前、さっきからなにを言ってやがる……?」


「いいから、そこでジッとしてて。……転送魔法の真髄を転送されて覚醒した私の力、見せたるわァァァァ!!!!」


 レヴィアンタが両手を広げると、その上空に巨大な黒い球体が発生した! と、その瞬間、ゴブリンたちが凄まじい勢いで球体へと吸い寄せられていく!


「ギャアアアアアア!!!???」


 ゴブリンは抵抗する素振りを見せるが、為す術もない! 次々に球体へと吸い込まれていく! その数は見る見る減っていき――ついには、ゴブリンの姿など一つも見えなくなってしまった!


「お前、一体……何をした?」


「ふっふっふ……確かに、単に物質を転送する目的で魔法を使えば、どうしても限界は浅いものになってしまう。だけど、物質同士の境界を転送するという発想に至れば、その限界は大きく変わる」


「……? いや待て、レヴィアンタ。お前が言いたいのはまさか……」


「そのまさかよ! この球体は、空間同士の境界を転送し続けることで、長距離への転送を可能にした時空の捩じれ! 私が元いた世界では、転送陣なんて言い方をしていたわね」


「空間同士の、境界……?」


 ベストラは言葉を失った。そんな発想が存在するなんて、思ったこともなかったのだ。

 確かに転送魔法の限界は浅い。だが、それは人や物質の転送に限った話である。もし、それが空間や境界といった曖昧なものには適応されないとしたら。


「つまりお前は――転送魔法の常識を大きく変えたってことなのか――?」


「というより、これが転送魔法の本来の使い方って言った方が正しいわね。まぁ、私も人が理解できるような説明をするのは難しいんだけど……」


 ベストラは辛うじて小さく頷いたが、まわりの冒険者たちは全く話に着いていけないようで、めいめいにどよめきを挙げている。


「おい、アイツが何を言ってるか分かったか?」


「分からん、俺にはさっぱりだ」


「レヴィアンタの奴、とうとう頭がおかしくなっちまったんじゃねぇのか?」


「だとしても、アイツの転送魔法……? で、俺たちが助かったことは事実だ」


「ならやっぱり、アイツが言ってることは正しいのか……?」


「――だとしてもだ!」


 と、一喝を上げたのは剣士のブリガットだった。


「お前が転送魔法でゴブリンの群れをどこかに飛ばしたのが事実だとして、それは結局、その場凌ぎに過ぎねぇだろうが? どうせ時間が経てば、また街を襲いにやってくるに違いねぇ! そうでなくとも、転送先に近い街、集落が被害に遭う可能性だってあるだろうが!」


「そう言われれば……確かに」と斧使いエルヴァント。


「やっぱりGクラス転送魔導士の力なんて、たかが知れてるじゃねぇか!」と弓兵のルシテウス。


 三人の批判を皮切りに、冒険者たちは怒声と罵声を浴びせ始めた。ベストラも彼らの言うことに一理あると感じ、ギルドマスターとして次に自分がすべきことに思考を巡らせていた。だが、当のレヴィアンタは涼しい顔である。


「あのねぇ、ブリガット。そんなのちょっと考えたら分かるようなことを、私が考えてないとでも思う?」


「あぁ!?」


「私の転送魔法には、もはや距離なんて関係ない。その気になれば、どこにだってなんでも転送できるのよ。例えばタイダル湖の水深3000m地点――とかね」


「…………はぁ?」


「そういうわけだからマスター。しばらくの間、タイダル湖に見張りを置いてもらえる? 運が良ければ、いつか深奥ウツボの食べ残しが浮かんでくるかもね」


 レヴィアンタはニコリと笑って見せた。

 平和な草原に一陣の風が駆け抜けてゆく。

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