8話 王命

「はぁ……全く、とんでもないことになっちゃったわね」


 王宮の一室に案内された私は、ベットにボフッとダイブしながらため息を吐いた。両手はまだ、手錠がはめられている。こんな程度の拘束、私の前ではなんの意味も為さない――と言いたいところだが、どうやら魔消石という、魔法の発動を封じる特殊な鉱石で作られているらしかった。


「いくら転送魔法の真髄に覚醒したとはいえ、魔法の発動そのものを封じられては悪さは出来ませんわね」


 ベットに転がる私を見下しながらメイド服の女性が言った。大きな眼鏡に、三つ編みの銀髪。胸は重厚感たっぷりで、いわゆる巨乳というやつだった。さらにスカートの下に隠された太ももの重圧感も素晴らしい。女の私でも思わず幸福の息を漏らさずにはいられないほどの肉体美だった。


 しかしそんな見かけにもよらず、彼女は王の直属部隊に所属する凄腕のメイドだという。暴腕のエノアヴァレスといえば、かつてこの国で知らない者はいないほどの武名を馳せたS級冒険者だった――と、マスターが王宮を去る前に教えてくれた。


『いい冒険者ほど王宮にスカウトされちまう、ってな。アイツに目を付けられた以上は大人しく従うんだな』


 なんて、マスターに言われなくても忠告に背くつもりはなかった。いま騒ぎを起こしたところでなんのメリットもない。それに転送魔法を封じられた今の私は、どこにでもいるGクラス冒険者だ。


『しかし、まさかお前の想定していた通りの事態になるとはな。まさかこれも、全部計算通りってワケじゃないんだろうな?』


 マスターは半分本気で疑るような視線を向けつつも、最後には私のお願いを手筈通り進めてくれることを約束してくれた。今頃は、早速防衛大臣と協議を進めているところだろう。早ければ、明日にも手配が完了すると思うけど……。


 エノアヴァレスさんは思案に耽る私の横顔を不審に思ったのか、


「少しでも変な素振りを見せてごらんなさい。血の海に沈めて差し上げますわよ」


 なんて、表情ひとつ変えず手にもったリンゴを破砕しながら笑いかける。怖すぎる。人間の握力ではない。私は震える手で、エノアヴァレスさんが運んできてくれた夕食を口にした。


「むぐむぐむぐ……。んん……。普通のパン、普通のスープ、普通の干し肉。なんというか、王宮で出てくる食事の割には普通ね」


「囚われの身に提供する食事へ期待されても困ります。というか、王や私が食べるような食事もこんなものですのよ」


「噓ォォォォォォォ!?!?!?!? 王宮では豪華な食事が出るって聞いたのに!!!????」


「城下町ではまだそのような噂が流れておりますの? ずっと以前から王の方針で、豪勢な食事は無くなりましたのよ。「民の税で豪華な食事を取るくらいなら暮らしへ還元するために使え」――なんて仰って、本当に優しい王様ですわ」


「そんな……。王宮に出るような豪勢な食事を目標に頑張っていこうと思っていたのに……」


 こんなあっさりと目標が砕け散ってしまうなんて聞いてない。私はこれからどこを目指していけばいいの……???


「ええ、本当に立派な王ですわ。あの方の兄とは大違いで……」


「ん? ファランデル王にお兄さんなんていたの?」


「おりましたわ。と言っても、治世より魔物の勉強に精を出される変わり者でしたがね。幼い頃から勤勉だった現王と違い、幼少からずっと研究三昧で、王族としての勤めなんて全く果たさない。そんな態度を見かねた前王が、彼を追放してしまいましたのよ。今ではどうしているのやら……」


「そ、そんなことがあったのね……」


 一見、平和だと思っていた王国でそんなことが起こっていたとは思わなかった。なんというか、王族っていうのも大変なんだなぁ。


「まぁ、そんなことよりも、アナタは自分の心配をした方がよろしいのではないでしょうか?」


「いや……そうだけど……」


 私はファランデル王に命じられた指示を思い出し、気が重くなる。


『レヴィアンタ。もし君が今回の首謀者でないとすれば――どこかに黒幕がいるはずだ。転送魔法の真髄とやらを使えば、その者を捕らえることも容易いのだろうな?』


 というわけで、ゴブリン事件の黒幕を捕縛する任務が与えられたのだった。そのお目付け役として任命されたのが、エノアヴァレスさんというわけだった。


「ふふ、明日からの任務、一緒に頑張りましょうねェ……」


 とエノアヴァレスさんは笑いかけてくる。だが、その眼は笑っていない。下手な真似をしたら殺すぞと言いたいのだ。

 現に、私は魔法の発動を封じる手錠を付けられたままだし、エノアヴァレスさんの許可がなければ外すことも許されない。なるほど、確かに彼女のような腕力を持った人間にすぐ傍で監視されていれば、転送魔法を発動する前に血の海に変えられてしまうだろう。境界の転送が可能となり、無限の応用性を得た転送魔法といえども、発動までの数秒のラグは弱点といえよう。


「はぁ……。せめて、道中はなんか美味しいものがたくさん食べれたらいいなぁ……」


 明日から始まる日々を思うと、憂鬱な溜息が止まらないのだった。

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