エピローグ 転送魔導士のこれから

「美味ァァァァァァッッッッ!!!???? これ本当にヘラクレックスのステーキ!!!!????? 私が火山で焼いた奴よりも数倍美味いんですけど!!???」


 事件の解決から一週間後。私はギルドの酒場でマスターの料理に舌鼓を打ちながら肉という肉を貪り食っていた。


「ギラファレックスのステーキも美味ァァァァァァい!!! 一日に五キロは軽く食べれちゃうわね。ここまで喉越しがいいともう、水ね。つまり実質0キロカロリー」


「なに馬鹿なこと言ってんだお前は……」


 あまりの大食いに呆れたのか、奥の厨房からマスターが姿を現してきた。


「そんなに食ってばかりだと太るぞ。食材と間違えられても知らねぇからな?」


「レディーに向かって失礼な。ちゃんと余剰なカロリーは転送魔法で虚無座標に還元転送しているから大丈夫よ」


「ったく、便利な魔法なんだからもっとマシなことに使えよな……」


「仕方ないじゃない。最近、ここの料理がまた一段と美味しくなったんだから」


「お、分かるか? 実はつい最近、腕利きの商人と契約を交わしてな。そいつがまたい~い食材を持ってくるんだよなぁ。しかし、どこかで見たことがあるような気もするんだが……」


 マスターが首を捻りながら唸っていた。どうやら、彼は今のところ上手くやっているらしい。これもエノアヴァレスさんが約束をキチンと守ってくれたおかげだ。


『バルグリットに更生するためのチャンスを与えてくれない?』


 私の約束に最初、エノアヴァレスさんは大反対だった。だが、最終的には命の恩人の約束、という言葉が効いたのか、王や防衛大臣に話をしてみると言ってくれた。


 その後の詳細を私は知らないが、エノアヴァレスさんから伝え聞いた話によると、ファランデル王はすべての事実を知った後、「毒を以て毒を制す」と呟いたらしい。彼の魔物に対する知識は、正しく使えば王国にとっても有益であると彼も感じたのだろう。兄としてどう思っているかは分からないが、それはバルグリットの今後の頑張り次第だと思うし、期待したい。私がキッチリ阻止したとはいえ、取り返しの付かない罪を犯しそうになったのも事実なのだから。


「そういえばメリジュナさんを最近見ないけど、元気かしら?」


「ああ、アイツならブリガットたちと修行に行ったよ。なんでも、「貴様らの腐った性根を一から叩き直す!」とか言ってな」


「アハハ……」


 それは、ある意味死ぬよりも辛いかもしれない。メリジュナさん、すごく怒ってたからなぁ……。ギルドの副長という立場からも、冒険者の堕落は見過ごせないのだろう。

 メリジュナさんといえば、エノアヴァレスさんがこんなことを言っていたのを思い出す。


『アナタもメリジュナには気をつけることですね。ああ見えて、実力のある冒険者を手籠めにすることを生きる楽しみにしているような人間ですから……』


 そう語るエノアヴァレスさんの表情はズンと重かった。もしかしたら二人の過去にもなにかあったのかもしれないが、それは後で聞いてみるとしよう。


「それで、お前はどうするんだ。これから」


「そうねぇ」


 マスターの質問に、私はぼんやりと答える。


「しばらくは王宮から貰った報酬で食っていけるし、お金が尽きるまではゆっくりしようから。それまでには、王宮の方で冒険者ランクの上昇が承認されるだろうしね」


「あぁ、そういやあったな。そんな話も」


「ひどい! まさか忘れてたのマスター!?」


「ははは、冗談だよ。まぁ、しばらくお前さんがウチにいるつもりみたいだから良かったさ」


 マスターは冗談めかして笑った。それにつられて私も笑った。


 なんだかんだ、私はこの場所が気に入っている。転生してきてからずっと暮らしてきた場所だし、平和だし、ご飯も美味しい。しばらくと言わず、もうずっとここで暮らしていこうかな、なんて――――


「レヴィアンタ・スカーレットはいるか」


 思っていた矢先、ギルドの扉が開いた。そこに立っていたのは、なんとファランデル王だった!


「ファランデル王!? なぜこんなところに……!」


 マスター含め、その場にいる全員が膝を付いた。私も遅れて膝を付こうとするが、ファランデル王はそれを制止した。


「そう畏まらずともよい。レヴィアンタ、単刀直入に言おう。今日は貴殿のスカウトに来た」


「ハァ!?!?!!?!!??」


 流れるように自然な動作で私の手を取った王は、真っすぐな視線で私を射抜く!


「貴殿が持つ転送魔法の知識は本物だ。今後はその能力を、民のために使ってほしい。彼らの生活を助け、利便性を向上させるため、私の側に仕えてくれないだろうか。私に差し出せるものならば、なんでも差し出そう。無論……望むなら、妃の座でも」


「妃ィィィィィィィィ!!!!????」


「レヴィアンタが……お姫さまだと……?」


 マスターは最初こそ呆気に取られていたが、しまいには吹きだし、盛大に笑い始めた!


「はっはっはっはっは! このドカ食いわんぱく最低ランク冒険者が姫とはなぁ! 昇り詰めるところまで昇りつめたじゃねぇか! こいつは爽快だ! こんな結末が待っているとは、俺も秘蔵の魔導書を託した甲斐があるってもんだ!」


「なに笑ってんのよマスター!!!! 他人事だと思って!!!!!!」


「さぁ、レヴィアンタ。手を……」


 ファランデル王は周りの視線すら気にすることなく、紳士で情熱的な視線を送っている! その魅力に思わず手を取りそうになったが――脳裏を過ぎったのは王宮で提供された質素なご飯の記憶ッッッ!!


(この人の妃になったら――毎日あの食事ッッッッッ!!!?? そんなの耐えられるわけがないッッ!!)


「すみません。ちょっと故郷に用事を思い出したので……!」


 私は転送魔法を使って、ギルドの外へと転送した! だがそのすぐ後を、王が大量の兵士を引き連れて追ってくる!


「逃がすな! 王宮の威信を賭けてなんとしてでも捕らえるんだ! ……分かってくれレヴィアンタ、この国の繁栄と民のために君の力が必要なんだッ!」


「ひ、ひぃーーッッ! 頼むから私のことは放っておいてーーーッッ!!」


 私は悲鳴を上げながら、この状況を今後どう覆そうか必死になって思考を巡らせた。


 転送魔法の真髄を得た私だったけれど、どうやら美味しいものが満足に食べられる日々が訪れるのは、もっと先の話になるらしい。


 完

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転送魔導士の真髄録~転送魔法を賢く使って貧困生活から脱したい!~ 神崎 ひなた @kannzakihinata

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