転送魔導士の真髄録~転送魔法を賢く使って貧困生活から脱したい!~

神崎 ひなた

1話 腹が減ったわ

「ハァハァハァハァ、腹が減ったわ……」


 ギルド直営のレストランに突っ伏しながら私は叫んだ。テーブルの上には、素焼きにしたサンドフィッシュが一匹だけ乗った皿だけ。小さい、土くさい、味がしない。このレストランで最も安い食事で、頼むのは最低ランクの冒険者か物好きだけだ。他の料理を注文するだけの金なんてこれっぽちもない。


「おい見ろよ! レヴィアンタがまた貧しいメシを食ってるぜ!」


 と、大量の金貨と大きなステーキ皿を見せびらかしながらA級冒険者の剣士、ブリガットが笑いかけてくる。


「仕方がねぇさ、Gランクの転送魔導士じゃな。ロクな仕事も回ってこないだろう」と、同じくA級の斧使いエルヴァント。


「ま、なんかいい仕事あったら紹介してやるよ。もっとも、馬の方が便利とまで言われてる転送魔導士に務まる仕事があったらだがな! ダハハ!」なんて、A級弓兵のルシテウスまでそんなことを言う。


「ぐぎぎぎぃ~~~!! 同情するならメシの一つでも驕りなさい!」


「ひゃはは! コイツでよければくれてやるよ!」


 三人は肉の骨や空になった皿を私の机に置いて、高笑いと共にレストランを去っていった。なによアイツら!! ちょっと腕が立つからって調子に乗りやがって!


「今日も相変わらずだな、レヴィアンタ」


 自席でバタバタ暴れていると、ギルドマスター兼レストラン長のベストラが満面の笑みで近寄ってくる。気さくでガタイのいい中年男性だ。顔に鋭い傷が走っており、一見して恐ろしい見た目ではあるが、その実とても優しいおじさんである。今日も貧困に喘ぐ私の元に、木っ端野菜のスープを持ってきてくれた。


「いつもありがとうマスター。でも、私が本当に欲しいのはスープより、もっと割りのいい仕事なのよ! なんか私にも出来て報酬もウマい仕事を紹介してくれない?」


「と、言われてもなァ……。アイツらの肩を持つわけじゃないが、事実、お前さんのような最低ランクの転送魔導士じゃあな……そうだ。釣りなんかどうだ? 最近、近場のタイダル湖に出現したっていう深奥ウツボの取引レートがうなぎ昇りだぜ」


「冗談。私みたいなGランクの小娘が、どうやって水深3000メートルに生息するバカデカウツボを獲りにいけるのよ」


 タイダル湖の水深はこの世界で最も深いと言われている。そんな最奥に潜むと言われている深奥ウツボは、ドラゴンにも引けを取らない巨体の持ち主である。当然、私のような底辺冒険者の手にあまる相手ではない。本気で捕らえようと思えば、A級冒険者にも引けを取らない実力か特殊な武具、または能力が必要だ。

 そして、そのいずれも私にはない。


「そうなると…………やっぱ薬草集めくらいの仕事しか今は無ェなぁ……」


「やっぱりそうよねぇ……」


 私は大きなため息を吐きながら、味のしないスープを啜った。



「う~、今日は冷えるわね~」


 町はずれに張った簡易テントの中で寝そべりながら、両手に吐息を当てる。暖かくなってきたとはいえ、春はまだ遠い。宿に泊まる金なんて当然ないので、布の服(5G)と木の棒(タダ)で作った寝床で暮らすしかないのだ。


「もっといい能力があれば、こんな思いをしなくて済むのにな……」


 ぐぅ~ぐぅ~と騒ぎだした腹の虫から意識を逸らすために、自分が置かれている立場を振り返ってみる。


 私がレヴィアンタ・スカーレットとしてこの世界に転生した時、与えられたのは転送魔法と呼ばれるごく一般的なスキルだった。特別強力でもなければ、千年に一人の才能に与えられる能力というわけでもない。ごくごくありふれた魔法。

 分かりやすく言えば、テレポートだと思ってもらえたらいい。人や道具を、指定した場所に転送できる。よくダンジョンに挑む冒険者パーティーには、有用されることもある。

 しかし一般的に転送魔法の限界は、人であれば一人、重量は百㎏程度、転送できる距離は一キロと言われている。ダンジョンからパーティーメンバーを一気に全員脱出、なんて芸当はこの世界の何人もできることではない。

 しかも私の能力は、それよりさらに下回っている。

 人間は一時間に一人。重量は十㎏。転送距離は五百m。これが私の限界だ。

 転送という一見便利そうな能力だが、その実、馬車でも使って走らせた方がよっぽど早く輸送できてしまう。こんな有様では、当然仕事など回ってくるわけもない。


「宮廷の転送魔導士にでもなれば、王族の移送を請け負ったりもするみたいだけど……」


 そんな責任重大な仕事がギルドに、ましてや底辺ランクの私まで回ってくるわけもない。

 

「あ~あ、せっかく異世界に転生したのに、お腹いっぱいご飯を食べることもできないなんてな~」


 いつか王宮に出てくるような立派な異世界メシを限界まで食べ尽くしたい。それが私のひそかな夢だった。自分で作ろうと思ったこともあるが、料理スキルは壊滅的だしいい食材を獲るための実力や金銭もない。となると、やはりどうにか成りあがって金にものを言わせるのが一番いいのだが……。


「なにかいい方法でも思いつけばいいんだけどな~」


 簡易テントの隙間から入ってくる風に震えながら、私は浅い眠りについた。

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