20、鈴川涼子の本音

「た、高嶺君」

「ん?」


鈴川さんと並びながら化学室に向かい、会話が途切れてちょっと気まずくなりつつあった。

それをどうにか出来ないかと思いつつ、口を開く話題が見付からないでいると鈴川さんから名前を呼ばれて反応する。


「どうしたの?」

「その……、別に私……、高嶺君が嫌いだから振ったわけじゃなくて……」

「え?」

「ご、ごめん……。やっぱり恥ずかしい!」

「ちょっと!?鈴川さん!?」


かあああと頬を赤くして、顔を手で隠しながら猛ダッシュして廊下を素早いスピードで駆けて行ってしまった……。

鈴川さんに体育が得意なイメージはまったくないが、ピューンと消えていく様はクラスの女子の誰より速いんじゃないかとすら錯角する。

火事場の馬鹿力と脳内のアドレナリン分泌が両方発動した覚醒鈴川さんだったのかもしれない……。


「…………なんだよそれ……」


そんなことはどうでも良い。

俺が嫌いだから振ったわけじゃないってなんだよ……。

結局、筋肉がないからってことなのかよ……。

鈴川さんのことがわからない……。


親友の優香に鈴川さんのこんなことを聞けるはずもない。

なにか俺は、勘違いをしているのだろうか……。


それを踏み出してまで、直接問いただす勇気は俺にはなかった……。

とぼとぼとしながら、1人になった廊下を歩くことになる。








─────








「あーー、うーー」


逃げちゃった……。

逃げちゃった……。


やっぱり私、高嶺君を振らない方が良かったかも……。

自分で彼を傷付けてしまった後悔が心の中を黒いモヤを発してはズキズキと痛みだす。


「いや、でも私は自分で振ったんだ……。きちんとこの気持ちに区切りを付けたいと……」


最初は別に好きでもなんでもなかったのに……。

ただ、積極的に私に話しかけてくれて友達として嬉しかったはずなのに……。


男子たちの軽口のような噂が自然と耳に入った。


『高嶺、完全に鈴川狙ってるよな』

『あいつ、ずっと目で追ってるもんな』

『『確定で好きじゃんな!』』


そんなクラスの男子の会話が偶然聞こえてきてしまい、顔が真っ赤になった。

彼は私と友達になりたいから絡んでくれると思っていたから、恋愛的な意味で好きだから高嶺君は私に接してくると聞いてしまうと意識せざるを得なかった。


──それはもう、意識するってぇぇぇ……。


『あっ。高嶺君って私のこと好きなんだ』と自覚しながら彼と接すると、男友達よりもどぎまぎしていることが多かったり、たまに早口になったりする。

そんなところが可愛いなんて思えてちょっとずつ好きになっていった。

体育会系な男が好みだけど、高嶺君のような中肉中背な人でも私は好きになるなんてと、ちょっとずつ自分が彼に対して思うところが多くなっていった。


(でも、高嶺君はダメなんだよ……。だって、優香が好きなんだもん……)


クラスの親友の優香は教室にいると、よく高嶺君を追っている。

なにか彼がアクションを起こす度にチラチラと視線が動く。

ずっと彼女が高嶺総一に気があるのをずっと見てきてしまっていた。


優香に譲るとかそういうことは一切考えてないんだけど、すごく気が退けた。

結構優香がアピールしても、高嶺君は全然気付かなくて鈍感な人なのかもなんて思っては、彼女が不憫になっていった。


恋敵が優香じゃなければ、高嶺君の好意を全力で受け止められたのかな……。


「…………」


優香と2人で会話している時に高嶺君に私が呼ばれた時は酷く傷付いた顔をして苦しむ姿を何回も見てきた。

そんな彼女の前で、『高嶺君と付き合っちゃいましたー』なんて言えるわけなかった。


『涼子によく高嶺君が話しかけてくるけど……。高嶺君と付き合いたい?』とストレートに聞かれたこともあった。

その時、私は『別にそういう感情はないよ。だから、頑張って』。

そう言って背中を押した。


「間違ったかなぁ……。優香にも頑張って欲しいけど。どうしようこの気持ち……」


高嶺君から告白された時、不覚にもドキッとした。

どうしてその好意を優香じゃなくて、私に向けるのか。

胸がズキズキと痛む思いをした。


「はぁぁ……。嫌だなぁ……。自分で高嶺君を傷付けておいて……」


自分の気持ちがわからなくなる。

今からでも『やっぱり高嶺君が好きです』とでも言える魂胆があればこんなに悩むこともないのに……。

目線を上げるといつの間にか化学室に着いてしまった。


移動教室じゃなければ高嶺君と会話することもなかったのに……。

化学の授業に八つ当たり気味な感情が湧きながらドアを開ける。

そこから「涼子ーっ!」と優香から呼ばれる。


「はーい」と返事をして彼女に近寄る。

あ、そういえば高嶺君と一緒に化学室に来なくて正解だったかも。

変な邪推をされるところだった。


「ど、どうしたの優香?」

「ちょっと聞いてよー!」

「はいはい。どうしたの?」


この親友を裏切りたくない。

でも、高嶺君への未練がゼロというのも嘘。

この私の詰みになりかけている恋愛感情はどうしたら良いのか?

その答えを出せないまま、優香との日常に溶け込んでいく。

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