6、喘ぎを聞く側から出す立場を目指して
アパートの鍵を開けて部屋に入る。
その後ろから「お邪魔しまーす……」と優香の声がする。
先ほどの立派なマンション住みにこのアパートの部屋の床を踏ませることが本当に申し訳ない。
「わぁぁぁぁ……、総一君の匂いがする」
「え?」
「男らしい総一君だ。体育終わりの神聖な匂い……」
「そ、それって汗くさいみたいなこと?」
自分では気付かないが、アパートに住んで1年と少しで俺の匂いとか染み付いてしまっているのか……。
汗くさいとディスられたみたいで、地味に傷付く……。
「違うよ。総一君の努力して頑張った匂いだよ。汗くさいなんて言わないの」
「っ……!」
「あぁ!こんな場所で暮らしたい!」
こんな家賃うん万円のアパートなんかあのマンションに比べたら天と地ほどの格差があるだろうに。
そ、それくらい優香に想われているのかな?とドキッとする。
努力して頑張った匂いなんて、こんなに言われて嬉しい言葉ってあるんだな……。
居間に案内して、彼女をテーブルと座布団のある部屋に案内して座らせた。
「なにか飲む?といっても水かウーロン茶しかないんだけど……」
「じゃあ、ウーロン茶をいただこうかな」
優香からウーロン茶との要望をもらい、コップを準備する。
俺愛用のコップと紙コップがあるので氷を入れてウーロン茶を注いでいく。
クラスの女子が俺の住むアパートに来たという緊張感が喉をカラカラにさせて一口自分のコップに満たされたウーロン茶を一気飲みする。
「ふぅぅぅ……」
目がギンギンになっている気さえしてくる。
目が血走ってないか鏡で確認するが、大丈夫そうだ。
ただ、心の俺な血走ってしまっているので、ギャップが出来てしまっていた。
コップ1杯ぶんのお茶を飲んでも渇きは潤わず、喉の奥がまだまだ水分を求めている。
もう一杯ぶんのお茶を愛用コップに注いで、2つのコップを居間に持っていく。
「はい、お待たせ優香」
「ありがとう総一君」
優香の前に紙コップを置く。
俺はそのまま愛用コップをテーブルの上に置き、優香の近くに座る。
「…………んー」
「どうしたの?」
優香は置かれた紙コップをじーっと見つめている。
ウーロン茶は嫌いだっただろうか?
いや、水とウーロン茶を彼女に選択させたのだからその可能性はないはずだと不安を払拭させると、優香は俺のコップに指を差した。
「こっちのウーロン茶の方が美味しそうに見えるなー」
「え?お、同じウーロン茶だよ?」
「そうだけどさ……。例えば友達とソフトクリームを頼んだとして、同じ値段なのに連れのソフトクリームの方が大きく見えるみたいな現象あるじゃん」
「隣の芝生は青く見えるってこと?」
「そういうこと。理由はわからないけど、紙コップより総一君のコップで飲みたいな。交換しよっ!」
「い、いいよ」
別に俺愛用コップとは言ってもそれで飲まなければいけないルールなど存在しない。
彼女の要望に答える形で、コップの交換に応じる。
「ありがとーっ!」とコップを交換しただけで嬉しそうにしている。
彼女はコップの取っ手を右手で掴みながらごくごくとウーロン茶に口を付ける。
「っ!?」
あ……!
その位置は先ほど俺がウーロン茶をイッキ飲みした時に口付けたゾーン!?
しかも俺も右利きだからほとんど同じ位置に口を付けて飲み物を飲む習性がある。
「ふーっ、美味しいね。ありがとう総一君」
「い、いえいえ!」
優香が俺と間接キスをしたことを自覚してしまい、口がにやけてしまう。
気持ち悪い自覚はちゃんとあるので、右手で口元を隠し、ニヤニヤを悟られないようにする。
「でも総一君はわたしと同い年で1人暮らしかぁ……。いいなぁ……」
「そんなもんかね」
「だってウチのお姉ちゃんはよく知らないおじさん連れてきてはヤってる音聞こえるんだよ?勉強中に『あんあんあん』って部屋から漏れる気まずさはないね」
「そ、それは気まずいね……」
『あんあんあん』はヤバイって……。
その後に『とっても大好きド●えもん』と続かない限り許されない6文字の並びだ……。
「もしかしたら今夜はお姉ちゃんと総一君で『あんあんあん』だったかもしれないことを考えるとゾッとする……」
「生々しいからやめて……。想像されるのが辛いからさ!」
果たして、俺はその時どんな顔になっているのか。
想像すらしたくない。
「(わたしが総一君にそんなことさせるわけないけどね。たとえ身内でも、ね……)」
そういう意味では、明日香さんが買い物に行ってしまい助かったかもしれない。
クラスメートに喘ぎ声を聞かせてしまうなんていう屈辱は回避出来たのだから。
「今日はお姉ちゃんの『あんあんあん』を阻止出来て良かったぁぁぁ」
優香が嬉しそうに身体を伸ばしていた。
結構音漏れがストレスになっているのだろうと察してウーロン茶をごくごくと2口口に含む。
彼女の平和を脅かす明日香さんの共犯者にならなかったことに安心して紙コップをテーブルに置いた時だ。
「ふふっ。今日はわたしが言う側になるんだから」
「え?」
「総一君!」
「ん、んん?」
名前を呼ばれたと思ったら、彼女からハグをされる。
「うわわっ!?」と驚くのを無視するように、優香の胸に俺の顔を押し付ける。
彼女の甘い匂いが鼻にたまっていき、興奮が止まらない。
男の中のなにかがピクンと動いた自覚を感じてしまっていた。
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