3、お持ち帰り×ビッチ
明日香さんの妹が桐原さん。
その繋がりが見えると、普段のクラスでの桐原さんを思い浮かべてしまう。
桐原さん。
去年と今年の2年連続同じようにクラスメートであるクラスの女子だ。
黒髪が長くて清楚系女子として、クラス内外の両方から地味にファンが多い子である。
今まで10人程度のイケメンに告白されたが全部振るということから男子嫌い説まで挙がっている子である。
周りの友達も女子ばかりであり、男子嫌い説が拍車を掛けているようだ。
クラスのヒエラルキーが俺が中の下くらいならば、彼女は上の上である。
そんなわけで、俺も男子嫌い説がある子と仲良いわけではないのでそんなに親しくない。
あと1つ複雑な話だが、俺を振った筋肉フェチなあの子と桐原さんは親友である。
結構露骨にあの子へ好き好きオーラを出していた俺が桐原家のマンションへいる時点で多分軽い人間とか思われているかもしれない。
「…………」
な、なんか嫌だなこれ!?
これ、桐原さん経由であの子に伝わりそうじゃないかと心臓がバクバクする。
「な、な、な、なんで!?なんで高嶺君が家にいるのぉぉ……。恥ずかしいなぁ!な、なにも変なの居間に置いてないよね!?」
「だ、大丈夫だと思うよ!キレイな部屋です!」
「な、なら良かった……。た、高嶺君が家にいるなんてわたし聞いてないよぉ……」
前髪とか気にして弄りだす桐原さん。
男嫌い説ある彼女でも、こういう髪型が崩れていないかとかは気になる人なんだなぁと微笑ましく思いながらも、視界には入れないようにする。
「ご、ごめん……。ただ、俺は桐原さんの連絡先知らないから……」
「高嶺君に言ったわけじゃないの!あぅ……。なんでなんでぇ……」
そんなに『なんでなんで』と連呼されると、嫌っている俺がこの場に存在してしまい申し訳ないじゃないか……。
「もしかしてお姉ちゃん?」
「え……?」
「お姉ちゃんに……、ロックオンされた?」
「ろ、ロックオン!?と、唐突に横文字が出て来てビックリするじゃないか……」
ロックオン。
意味はわかるが、何故か頭で納得したくない単語だ。
それを認めてしまうと、自分は後悔するような不安が『ロックオン』という単語からにじみ出るからだ。
「じゃあ横文字NGですね!では言い方を変えましょう」
「こほん!」とわざとらしく咳払いをする桐原さん。
どことなく不穏な空気だ……。
「高嶺君はお姉ちゃんに…………お、お持ち帰りされましたか……?」
「…………こ、答えないとダメ?」
「はい。絶対に答えてください」
ジト目を向けながら桐原さんは真っ直ぐ俺を見てくる。
ちょっと首を動かすと、彼女の視線も動く。
今まで生きた人生で、これはガチで答えないといけない奴だなと観念して項垂れてから頷いた。
「う、うん。世間的に言うならお持ち帰り……だね……」
「ふぅーん。お姉ちゃんにお持ち帰りされたんだぁ……」
「う……。や、やめて……。そんなに静かな怒りを言葉に込めないで……」
彼女の目を見るのが怖くて、正座になって、自分の左右の脚の膝へと目線を置いて小さくなる。
彼女はおそらく、ゴミを見るような目で俺を見ているだろう……。
『このクズがっ!』と見下しているのかもしれないと思うと、震えが止まらない。
「はぁぁぁ……」
桐原さんのため息が静かな部屋に響いた。
ちょうど今のテレビから漏れた『トカゲは爬虫類です』というニュース番組の音が無ければ心臓が潰されそうなくらいに重いため息だったのだ。
「高嶺君はウチのお姉ちゃんの本性を知らないんですよ!」
「え?本性……?」
「わたしの姉、めっちゃビッチなんで止めた方が良いですよ!」
「…………え?ビッチ……?」
ビッチ……?
ビッチとは、悪女という意味。
でも、性格とかの話ではないはずだ。
お持ち帰りという単語とビッチという単語をかけ算することで残酷な真実が導かれてしまう。
「つ、つまり……。色々な男と寝ているということ……?」
「はい。お姉ちゃんは不特定多数の男を連れ込んではヤッテます」
「ぁぁぁぁ……」
「若いと小学生から、上は40代のイケオジまで。ゴムはしているらしいですがヤりまくりです」
「…………」
嘘だぁ!
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ……。
あんなにおしとやかで桐原さん並みに清楚なのに……。
そんなことあるわけないじゃないか……。
──いや、俺が明日香さんの何を知っているのか……。
さっき名前を知ったばかりじゃないか……。
桐原さんのお姉さんという事実すら知らなかったのだ。
それは当然初対面の俺よりも、一緒に暮らしている桐原さんの方が明日香さんに詳しいに決まっているじゃないか……。
ドキドキワクワクしたお持ち帰りの高揚感はがらがらと音を立てて崩れていった……。
「…………」
1日で2回の失恋をした気分だ……。
口から胃液が逆流してしまいそうになるも、他人の家の居間で吐くわけにもいかずにぐっと飲み込んで涙目で耐えた……。
「高嶺君……」
「桐原さん……。ご、ごめんね……。知らなかったんだよ俺……」
もう一生恋愛出来ないトラウマが刻まれた……。
俺には2次元しかないんだ。
ギャルゲーをしまくって心の渇きを癒すしかないじゃないか……。
ちょうど最近やってるゲームのアリア様というキャラクターとしか恋愛出来ないかもしれない……。
「た、高嶺君……?」
「う、うん?どうしたの?」
「わ、わたしはどう?」
「え……?なにが……?」
主語もなく『どう?』と聞かれても困惑する。
聞き返すと、桐原さんは右手の人差し指を自分に向けていた。
「わ、わたしは処女だし……。どう?」
「…………え?」
ゆ、誘惑してる……?
失恋から急展開続きで、混乱が止まるどころか加速する。
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