4、桐原優香の誘惑
「へ、へぇ……。しょ、処女なんだ……」
「うん。処女」
「…………」
処女とはつまり、そういう経験が無いよというカミングアウトであって……。
……あれ、なんで俺はカミングアウトされたの!?
『奇遇だね。俺は童貞だよ』とでも報告するのが正解なの!?
わかんない、わかんない、わかんねーよ!
「ねぇ」
「は、はい!」
「高嶺君はお姉ちゃんとやっていくの?」
「あ……、う……」
べ、別にビッチでも筆下ろしをしてもらえるのであれば俺的には役得ではある。
あるのだけれど……。
「ずいぶん葛藤してるね?」
「せ、せめて最初の1回は本気で好き同士の異性とやりたいという……。些細な願望はあります……」
ただ、ヤりたくないと言えば嘘である。
「わたしと同じ価値観だね!」
「そ、そうなの……?」
がしっと両手を掴まれて、キレイな瞳を向けてくる桐原さん。
それからマシンガンのように怒涛の力説がはじまる。
「わたしもね、セッの付く行為というのはお互いが好きな者同士以外ではやってダメなものだと思うのっ!それくらい、神聖であり特別なモノだよねっ!?」
「そ、そうだね!お互い好きな者同士が良いね!」
筋肉フェチなあの子に振られてしまったが、俺もこのまま彼女と恋人になって仲を深めてセッの付く行為が出来る間柄になりたかった……。
それから明日香さんにお持ち帰りされたのだが、俺と明日香さんがお互い大好きになれたのならば抱きたかった。
しかし、彼女からは『性処理する相手としか見られていなかったのかも……』と思うと情けなくなる。
「きゃあああ!嬉しい!行為どころか、キスもハグも手を繋ぐことも好きじゃない相手にはさせたくないのっ!」
「貞操観念が強いんだね……」
「うん!それくらいわたしは嫌いな男の人を拒否してるんだから!」
「桐原さんの自分の噂わかってるんだね」
「当たり前じゃん!わたし、男嫌いみたいな風潮あるよね!違うよ、好きな人にだけ一途にいたいの!」
「素敵だね」
「すっ!すっ!?」
「す?」
まさか桐原さんは男嫌いで有名なのだが、その真相は貞操概念の強さ故だったとは……。
色々な衝撃をくらってばかりである。
「…………?」
そういえば手を繋ぐことも好きじゃない相手とはしたくないと告白した桐原さんだが、ガッツリ俺の手を握ってないか……?
しかも、左右の手の両方。
……て、ことはこれ……?
ゆ、誘惑されてるっっっ!?
「き、桐原さん?」
「なぁに?」
「お、俺の手掴んでるけど?まるでこれ──」
好きじゃない相手にさせたくないことをしているなんて……。
──好きって言っているようなものなのでは……。
「わたし、わざと高嶺君の手を掴んでいるんだよ」
「え?え?」
より力強くぎゅっと手を掴んでくる桐原さん。
あれ?
ちょっと抵抗を加えて外そうとしているのに、なんか腕が動かないんだけど……。
「ずっと、ずっと高嶺君を狙ってたの……」
「え?」
「ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと──。高嶺君だけ見てたんだよ」
「き、桐原さん」
生暖かい吐息が頬に当たる。
ぶるっと来てしまい、息子がちょっとピクンとしてしまったのを下半身が見なくても悟ってしまう。
「あ、今チョコって動きました」
「や、やめて……。実況は恥ずかしい……」
「わたしなら……、わたしだけが高嶺君の良いところをいっぱいわかってるよ?」
「あ、う……」
俺を振った女の親友から俺は何を聞かされているのだろう……?
本当に俺のことが好きなのか……?
わかんない、わかんないことが多すぎる……。
ちょっと振られた辺りぐらいからイレギュラーな情報のオンパレードが続きまくりで感情が追い付かない。
「ね?ね?ヤろ?ヤろ?お風呂沸いてるかな?」
「お、お風呂は俺沸かしたから……」
「きゃあ!高嶺君がわたしの為に沸かしてくれなんて!」
「…………」
いや、桐原さんの為じゃなくて明日香さんの為。
とか言ったら殺される予感がして口を一の字にして内心びくびくしていた。
「で、でもヤってたらお姉さん帰ってきちゃうよ……?お姉さんが帰ってきたらお持ち帰りされた俺が妹の桐原さんとやってたなんて知られたら気まずいでしょ!?」
「それもそっか……。わたしと高嶺君の間の障害は大きいわね……。じゃあ今日はお姉ちゃん帰ってくる前に家に戻った方が良いよ?」
「わ、わかった。お姉さんに謝っておいてね?」
「うん。任せて」
やっぱり俺なんかにお持ち帰りなんて甘い展開が来るわけなかったんだな……。
虚しい気持ちになりながら、荷物をまとめていた。
「あ、高嶺君」
「ん?」
「好きだよ」
「んん……」
名前を呼ばれ、振り返りと同時に俺の唇を触れる弱いキスをされる。
ふぁ、ファーストキスがこんなちゃっかりみたいな気分で盗まれてしまったが、内心嬉しさでいっぱいだった。
「とりあえず一緒に家に出よ?」
「送らなくていいよ!?大丈夫、大丈夫!」
「気にしないで。わたしも買い物ついでに出る用事あったから。とりあえずメモ帳にお姉ちゃんへ『買い物行く』って書き残ししておこうっと……」
さらさらとボールペンを動かして、メモを書き終えたと同時に俺の帰り支度も済ませた。
そのまま「お姉ちゃんが帰る前に行こう」と促されてマンションを出て行くのであった。
─────
「ただいまー……。あれ、鍵が開いてる?」
明日香が帰って部屋のドアを開けた際、大きな違和感が彼女にのし掛かる。
絶対に鍵を締めたはずなのに、無用心に開けられていた。
妹でも帰ってきたのかと思いながら玄関に並べられた靴を見渡すが、妹の靴はない。
それに、高嶺総一の男ものの靴も無くなっていた。
焦燥感に刈られた明日香は「総一君!?」と叫びながら居間に行く。
そこに置かれていたメモ帳に見覚えのない筆跡で描かれたメッセージがあった。
男の字という感じで太い筆跡の文字を1つ1つ明日香は追っていく。
『家族に呼ばれてしまったので家に帰らせていただきます。施錠もせずに部屋を出てしまい申し訳ありません』
『高嶺総一』という名前で閉められた。
「総一君……」
明日香は切なそうに、楽しみにしていた彼の名前を呼んだ。
彼のために準備した買い物袋の重さがやけに虚しいものになっていった……。
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