12、お姉さんどうでした?

「…………」

「…………」


昨日はあれだけ愛し合ったのに、今は口を開けたかった。

挨拶以降、会話もせずに並んで歩いているだけであった。


「…………」


優香も照れくさいのかチロチロと俺の顔を伺うようにしているが、同じく何から話せば良いのか迷っているようだ。

こういう場合は俺から話を振った方が男らしいのだろうか。


「き、昨日はどうだったかな……?」


勇気を振り絞りながら、優香に尋ねる。

なんとも抽象的な質問だが、彼女はどう返すのだろうか……。


「き、昨日はずっとドキドキしてたよ!側にずっと総一君がいてくれてたようで高揚感あったよ……」

「そ、そう……」


至って普通な感想なのに、妙に生々しく捉えてしまい口元がふにゃふにゃになりそうなのをぐっと我慢する。

いわゆる惚気慣れしていないのである。


「総一君は逆にどうだった?」

「お、俺は……」


そう切り返す人か。

こういう感想を振ると聞き返す人と、次の話題に移す人の2種類に別れる。

優香は前者の方らしい。

俺も前者の方が接しやすいために、気が合う子だと印象を抱く。

…………のだが、俺は返事に困ってしまう。


「えっと……、その……」

「うんうん!」

「げ、現実味がなかったかな……。あの優香……、桐原さんが俺と?みたいなさ。目が冷めたら夢なんじゃないかってちょっと寂しくなってたよ」

「あー、わかる!まさかわたしも総一君と出来たなんて夢みたいだよ」


クラスのマドンナが、虐めを受けている俺なんかのどこが良いのかと思わなくもないが、優香が嬉しそうなら良かった。

いつも雄二と歩いている廊下という空間すらどこか神秘的に見えてくるのだから不思議だ。


「あ、あとあ……お姉さんはどうだった?」

「お姉ちゃん?」


明日香さんの名前を出そうとしたが、抱いた女の前で姉とはいえ他の女の名前を出すのも躊躇われた。


「逃げた形になっちゃったからさ……」

「大丈夫じゃないかな?お姉ちゃんとしゃべってないけど、おじさん連れ込んでたみたいだし……」

「お、おじさん……」


うっ……。

俺と優香で出た後におじさんとやっていたと聞かされるとショックがデカイ……。

明日香さんの自由とはいえ、中々凄い人だなぁ……。

全然ビッチらしくない人だったんだけどなぁ……。

優香みたいに清楚な雰囲気をまとった人な印象を抱いただけに、ギャップがある。


「なんかあっという間に教室だね」

「教室見えてきたなぁ」


階段を登ったりすると、自分のクラスの2年1組の教室のプレートが見えてきた。

昇降口から自分の教室まで1人で歩くよりも時間が掛かっているはずなのに、何故か優香とゆったりと雑談しながらの方が体感時間が短い不思議。

楽しい時ほど時間の流れが早いを今まさに体験しているようだった。


「とりあえずクラスでは他人っぽくした方が良いよね?」

「そ、そう?」


優香の性格的に結構オープンな人かと予想していただけに、この提案はいささか予想外だった。

他の男に対してカカシ的に牽制する役割も果たせるのだが、そうはしないようだ。


「ほら。総一君が涼子に振られた翌日にわたしと仲良くしたら変でしょ」

「それもそうだね」


雄二並みに軽い人でも、流石に別れた女の親友には手を出さないのは徹底しているらしいからな。

クラスの男子間では、俺は涼子狙いみたいな噂も流れているのでしばらくは優香との仲は黙っていた方が懸命のようだ。

別に優香とはまだ付き合っているわけではなく、セの付くフレンドに近い仲なわけだしな。


「じゃあ、優香から先に教室行きなよ」

「はーい!」


たたたたっ、と少し早歩きで優香が5歩ほど前に出た。


「あ!そういえば連絡先持ってない!あとで連絡先交換しようねー!」


優香から嬉しい言葉を投げ掛けられて、手を振ってそれに応える。

そういえば連絡先持ってなかったな。

連絡先持ってない相手とヤったと表現すると、よりセの付くフレンド感が強く背徳感がある。

廊下をキョロキョロ見渡しながら、誰も俺と優香が会話しているのを目撃されていないか、首を動かして探してみる。

2人並んでいるのを目撃されているだけで優香の提案は無になるので、学校では人目に気を付けなければと気を引き締める。

優香が教室に入るのを確認してから、俺も動きだす。


「きょ、今日は大丈夫かな……?」


俺を虐めるあいつの姿が教室にないのか探してみる。

真っ先にあいつの席を見ると不在。

ぐるっと教室全体を見渡しても不在。

どうやらまだあいつの姿はなく一安心だ。

このまま今日は……、というかずっとずっとずーーーっとあいつは学校休みなら良いのにと呪っていた。

虐めているあいつの姿はなかったのを確認終わると、そのままいつものように教室に入っていく。


いつもの日常のはじまりだった。


「よ、よ、よ、よぉ!総一?さっきは気まずくて早期に離脱してしまって悪かったな……」

「別に気にしてねぇよ」


雄二が俺の席の隣の席に座って謝罪してきたが(この男の席ではない)、既にそんなことあったなという過去の出来事のように思えてきた。

こうしてクラスメートの1人に振られ、もう1人とヤったという新しい人間関係が構築された日常がはじまった……。

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