22、明日香と知らないおじさん

知らないおじさん。

俺からしたら明日香さんに絡んでいるおじさんも、そこの駅に入っていくおじさんも、歩きスマホをしながらすれ違うおじさんもみんなみんな知らないおじさんだ。


しかし、明日香さんにとって彼女が現在進行形で会話しているおじさんは知り合いなのではないだろうか?

そんな疑問が沸くのも、やはり『明日香さんビッチ疑惑』のせいだろう。

ビッチという固定観念のせいと言われれば、確かに知らない男性に道を聞かれただけの可能性もある。


しかし、それだけにしてはやけにおじさんの表情は親しげに見える。

父親という予想も立てることが出来るが、明日香さんの表情が親しい感じではなく取り繕ったかのようにも見える。

どことなく、無理した表情であり困っている気がする。

俺に向けてくれるような優しくてゆるふわな気配が全然無い気がする……。

そう分析すると、父親でもなさそうだ。


明日香さんに声をかけて助けるべきか、おじさんが去るのを待つべきか。

しかし、これが明日香さんの夜の相手だとしたら助けたらすごく滑稽じゃないだろうか……?


いやいや、待て!?

明日香さんは妹がビッチだと言っていた。

男漁りが趣味だと。

明日香さんがビッチならこんな言い回しをするのか?


「えー……。わっかんねぇよ……!」


情報の矛盾が交錯し過ぎていて、頭の中がぐっちゃぐちゃである。


「…………」


でも、明日香さんが困っているようなら見捨てたくない……。

そして多分、俺の直感では困っていると思う。


俺は奥歯を噛みしめながら、ずんずんと明日香さんとおじさんの方向へ歩いて行く。


「すいません。彼女が困っているみたいなんですけど……」

「え……?そ、総一君……!?」


似合わないかもしれないが出来るだけ声を低くし、怒りを伝えられるように割って入る。

一応知り合いというのを遠回しにアピールするために、彼女の肩を抱いて少しだけ寄せる。


「…………っ!?」

「あぁ。ごめんなぁ、兄ちゃん。ちょっとおじさんと明日香ちゃんとは知り合いなもんでね」

「…………」


やはりと言うべきか、おじさんは明日香さんと知り合いらしい。

ごめんなぁと謝りつつも、その表情はあまり悪びれはしていない。

頭がツルピカなおじさんは「へへっ……」とゲスい笑みを浮かべている。


「総一君言うんか。明日香ちゃんの彼女さんね」

「い、いえ……。そういうわけでは……」

「友達ですからっ!彼とはまだ友達ですっ!」

「まだ?」


おじさんのリピートに俺も疑問を口にしそうになったが、明日香さんが「とにかくっ!そういうのじゃありませんからっ!」と彼女にしては高い声を上げて、赤くなりながら首を振る。

まだ肩を抱いている状態だからか、明日香さんの長い金髪がちょっと頬に当たる。

あと、めっちゃ女独特の甘い香りがしてすっげぇ鼻が幸せだ……。


「へぇ……。優香ちゃんも男の匂いを纏わせて歩いていたけど、明日香ちゃんにもそういう相手が居たんだね。男見付けるのが上手い姉妹やね」

「え?優香ちゃん……?男の匂い……?」

「…………」


これ、俺の話だよな……。

というか、優香とも知り合いなのかよこのおっさん……。


「べっぴんさん姉妹なら男はほっとかんよな。おじさん羨ましいわ。妻も息子も可愛くなくてのぅ……。つい若くて可愛い子には興奮しちゃって。申し訳ない」


おじさんはそう言うと、スーツの内ポケットから取り出した丁寧に折り畳まれた青いハンカチで額の汗を拭う。


「かっこええやろ。ハンカチおじさんとでも呼んでくれやー」

「はぁ……。王子的な?」

「せや。おじさんは野球好きだからね。球を使うスポーツするのも好きやし、自分の球を使って汗流すのはもっと好きやねん」

「…………」


なんだこのモラル0なおっさんは……。

その冷ややかな目に気付いたのか、「おっと。そろそろ会社に戻らないと……。暇潰しに付き合って面白かったよ」とおじさんはそのまま駅の中へ消えていった。


「なんだったんだあの人……?」

「気にしないで」

「え?」


明日香さんは一瞬だけ目がスンとしていていたが、すぐに目を合わせるとニコッと微笑んできた。


「助けてくれてありがとう総一君!」

「い、いえ……。困っているかわからなかったんですけど……。余計なお世話だったでしょうか?」

「あれで正解だよ。あのおじさん、馴れ馴れしくてちょっとね……」


そうやって苦笑いの表情に変わった。


正直、明日香さんと優香の名前が彼の口から出たことが不快であった。

でも、どう考えても桐原家に出入りしているくらいには彼女らを知っている人物には間違いない。


「総一君は優しいね……。ふふっ、本当の私の彼氏みたいでドキドキしちゃった……」

「う……」


あのおじさんとは本当にただの知り合いなの?

本当は夜にお互い生まれたままの姿になって抱き合っている仲じゃないの?


色々な疑問が頭に浮かぶが、それを口には出来なかった……。

俺と明日香さんの仲が壊れそうで……。

彼女の本性・真実を知りたくなくて……。


「じゃあ今からどうしましょうか?」


そんな疑問の言葉を蓋にして、飲み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る