第16話 指輪が教えてくれた真実

「ハッキリそうとは言わないけど、私達じゃないんだから他に動機があるのはあの人しかいないんじゃない?」


「本当に他にはいないのか? たとえば俺みたいに同じ事務所で頭角を現せずにいて、坂口だけが売れてねたんでる奴とか……」


「やっぱり、涼、彼の事妬んでいたのね?」


「――いや、例えばの話だよ」


「もしかして、わざと私を誘い出したのも、彼に対する当て付けだったの?」


「……」


「そうなのね?」


「彼がそっけなくて悩んでいた私の話を聞いてくれて、あなたはすごく優しくしてくれてた。それにあの時、あなた、私に言ったわよね? 彼が私を裏切って原田さんと付き合ってるかもしれないって。今、彼女にプロポーズするために指輪を作らせるつもりだって。だから、彼が私に指輪のサイズを訊いてきたとき、あなたの言ったことを鵜呑みにして、原田さんと彼のことを疑ったんじゃない!」


 柳田は何も言えなかった。坂口に対してライバル心を持っていたことは確かで、自分より先に売り出されたことを妬んではいたが、親友の出世を嬉しくもあった。しかし、澪の事は坂口と同じころからずっと好きだったのも事実だ。


 以前、柳田は坂口の口から佐々木澪と交際していることを聞かされ、その時のショックは言葉では言い表せない程だった。彼の境遇への嫉妬だけでなく、いつかこういう日が来ることは想像できていた。

 しかし、何年か経つうちに、佐々木澪が坂口の親友である自分に何かと坂口とのことを相談してくるようになったのは予想外のことだった。


 あわよくば、澪に坂口に浮気の疑いの掛かるような事を言って、自分との交際に発展しないかと思っていたことも事実だ。


 そして、それは現実になった。





 美羽は佐々木澪の事務所を一人で訪れていた。もし、この指輪の真実を話したら、佐々木は柳田のことも話してくれるのではないかと期待をしていた。



 先日、一度訪問していたこともあって、美羽はすんなり佐々木と会う約束を取れた。今度は社長室ではなく、事務所の応接室に通された。


 美羽が事務所の中に入るとスタッフがすぐに美羽を奥のドアに案内した。

 ドアの向こうの窓際に佐々木は立っていた。


「あの……お忙しいところ、ありがとうございます! この間は本当に失礼しました。

 実は、佐々木さんにどうしても伝えたいことがあって、また来てしまいました」


「――あの指輪のことなら、何度来られても受け取る気はないけど」

 佐々木は冷たく言い放った。


「でも、この指輪が佐々木さんのために作られたものだとしてもですか?」


「それはどうかしら? それをどうやって証明するというの? 私の名前でも書いてあるの?」


 美羽は、バッグから箱に入った指輪を取り出し佐々木に渡した。

「裏側にSからMへ、と書いてあります」


 佐々木が指輪を持ち上げて裏を確認するように顔を傾けて見た。

 するとそこに彫ってある文字は確かに『SからMへ愛をこめて』とある。


 しかし、佐々木はフフと不敵に笑った。

「天音さん、このMが私だとどうしてわかるの?

 実は、私、他にも疑わしい女性を知ってるのよ。彼のマネージャーだった人は原田光江はらだみつえというの。彼女もMよね?」


 しかし、美羽は佐々木の態度は想定済みだった。そして、微笑んで落ち着いた声で続けた。

「そうですね。原田さんもイニシャルはMです。でも、その指輪のサイズはどうかしら?」


「サイズ? こんなの誰だって女性は同じくらいでしょ? 指輪のサイズなんてそう変わらないんだから」

 佐々木は指輪を右手の人差し指と親指で掴んで軽く振りながら言った。


「それが……原田さんに聞いたら、原田さんの薬指のサイズは11号で、もしその指輪をするとしたら小指がやっとだと思うわ」


「──え?」


「その指輪は女性の標準よりも小さめの7号サイズなの。佐々木さん、あなたの薬指のサイズですよね?」


 佐々木が自分の左手の薬指に指輪をそっと通してみた。

「ピッタリだわ……」


「そうでしょう? だって、それはあなたのために作られたものだもの。あの日、坂口さんが事故に遭った日、坂口さんのポケットの中にこの指輪があったの。

 それをたまたま私が預かる事になって、持ち主に返してあげたくて探していたんです。

 亡くなる日の朝、宝石店に頼んでいたこの指輪が出来上がったそうよ。それをあなたに届けようとして……事故に遭った。だから、とうとうあなたに指輪を届けることができなかったのよ。


 その指輪、宝石店で調べて頂いたら、婚約指輪だったらしいわ――きっと坂口さんはあなたにプロポーズするつもりで大切に持っていたのね」


 美羽の言葉を聞いていた佐々木が、ガクガク震えだしたかと思うと、膝から崩れるようにその場にペタリと座り込んだのだった。


「将太が……まさか、そんな……」


「今まであなたに伝えるべきかどうか悩んでいました。でも、彼の気持ちを分かって欲しくて。その指輪を縁あって預かった私のお節介だけど、このまま彼のあなたへの気持ちを知らせずにおけなくて……ごめんなさい、迷惑だったかしら?」

 美羽はそっと佐々木の肩を支えて立たせてあげた。


「私……ずっと誤解していたの?」

 そう言うとボロボロと涙をこぼして指輪をした手を抱きしめている。


 美羽はそっと彼女の背中を撫でながら言った。

「ただ……坂口さんは佐々木さんを責める気は全くないみたいよ。むしろこれからは幸せになってほしいって言ってるわ」


「――どうして、そんなことがあなたに分かるの?」

 佐々木はまだ涙が止まらず嗚咽おえつしながら震えるように言った。

「どうして彼が私を責めていないと分かるのよ?」


「それは……この指輪を私に託したのが――坂口さん本人だからよ」

 美羽はキッパリ本当のことを言った。


 驚いて顔を上げた佐々木に向かって、美羽は構わず続けた。

「私の家は神様に仕えるお仕事なの。坂口さんのお葬式をした教会なのよ。きっと、坂口さんは私ならこの指輪をあなたに届けてくれるって思って現れたのね。でも、あなたが幸せなら、誤解は解かなくてもいいとも言ってたわ。

 驚かせてごめんなさい。でも、私は亡くなった坂口さんと今日までずっと話をしていたのよ。

 坂口さん、最後に着ていたブルーのセーターはあなたの手作りで、誕生日に貰ったものだって言ってたわ」

 本人たちにしか知り得ないことを言われ、佐々木は思わず後ずさりして両手で口を覆っている。


「私があげたブルーのセーターのことを言っていたの?」


「そう、きっとそれが事故当時の格好だったと思うわ」


「……あ、あの日、私に会いに来るって連絡があった、あの事故の日に着ていたのね?」


 美羽は黙って頷いた。


 佐々木はまた声を上げて泣いた。そしてひとしきり泣き終えると、美羽を見て頭を下げた。


「天音さん、ありがとうございました。彼の気持ちを知ることができて、本当に嬉しかった。

 これからのことはまだ考えられませんが、少しでも彼への誤解が解けて本当に良かったわ。

 だから、彼に言ってくださいませんか? 私もあなたが本当に大好きだったって」


「ええ、ええ、もちろんです!」

 美羽の目にも涙が光っていた。

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