第11話 ゴーストが愛していたのは?
「坂口さん、事故に遭ったことを思い出されたんですか? 何でもいいので教えてくださいませんか? 実は明日から少しずつ坂口さんの事故のことを調べて行こうって裕くんと話していたんです」
「僕は事故に遭って死んだんですね? それに、裕くんとはどなたですか?」
「え、と……私の大切な人です」
「――ああ、そうですか。本当に迷惑をかけてすみません。僕が取り戻せた記憶は──僕が俳優だったこと、事務所を独立して新しく立ち上げたこと。
そして、3年前ドラマで共演した佐々木澪さんと交際していたことです。ああ、そうだ、親友の柳田のことも思い出しました。とてもいい奴で、お互いライバルであり何でも話せる親友でした」
「あの……マネージャーさんとは仲たがいされていたとかは?」
「マネージャー? ああそうだ、マネージャーの原田さんは、僕の子役時代からの恩人です」
「原田さんと仰るんですか。女性の方ですよね? もしかして以前お付き合いされていたとか? あの、恋人関係ということで……」
「
坂口はまさかと言う風に笑うと、「彼女は僕より10歳年上で姉のような存在でした。初めて仕事をしたのも、僕はまだ12歳で、原田さんは22歳の新人マネージャーでした」
「そうなんですか? でも、もしかして原田さんはそう思ってなかったとか? それを恋人の佐々木さんが誤解されていたということはないですか?」
「澪が誤解? 原田さんと僕のことをですか?」
坂口はハハハハとまた一笑した。
「それは変な話ですね。僕は一度も原田さんのことで澪に誤解されるような話をしたこともないですし、もちろん付き合った事実もない。どうしても疑うとしたら、それは誰かに故意に焚き付けられたとしか……」
坂口は嘘を言っている様には見えなかったが、美羽は記憶を無くしていた坂口に多少の誤差や思い込みもあるかもしれないと、今度は冷静に言葉を選んだ。
「そう、ですか……。実は、私、澪さんに会ってきたんです。この指輪を持って……。でも、澪さんはこの指輪をあなたからまだ貰ってなかったのは、あなたがマネージャーさんと澪さんを二股に掛けていて、指輪は原田さんに贈ったからだと誤解している様でした」
「……そんな。澪がそう言っていたのですか?」
「はい……この指輪はその原田さんにプレゼントするのに、女性の薬指のサイズを知りたいだけのために自分に訊いてきたのでは、と」
「……ああ、そうだ、澪にはなぜかまだ指輪を渡せなかったんだ。でも、それなら僕は原田さんにこれを? あれ? 指輪を渡してプロポーズしようと思っていた相手は誰だったんだ? ああ……僕はずっと澪の方だと……。
まさか、俺は原田さんとも付き合っていたんだろうか? すみません……自分が何をしていたのか、また雲が掛かったように思い出せない」と頭を抱えて苦しそうにしている。
「坂口さん、柳田さんと澪さんのことは何か知っていますか?」
「いえ、何も。あの二人に何かありましたか?」
坂口はハッとして顔を上げた。
「……あ、いえ、私もあまり詳しくは……。でも、あの事故の前に、柳田さんと喧嘩されたということはないですよね?」
「柳田と喧嘩? いいえ。もしかして、あいつを疑っているんですか? だとしたら、それは大間違いです!
あいつは
僕たちは子供の頃から信頼し合ってきたから……あいつが僕を、なんて、 それは絶対にありえませんよ」
「分かりました。あ、そうだ、坂口さん、明日の夜7時ごろ、もしかしてまたあの場所にいらっしゃいますか?
裕くんがあなたにお会いしたいと言ってるんですが……」
「ああ、いつもの場所ですね。きっといると思います。僕が行ける場所は、美羽さんのいるところとあそこだけみたいですから」
「では、明日、裕くんと一緒に会いに行きますね。坂口さんが一日でも早く心がスッキリされて、天国に行けるように頑張りますから!」
「はあ、そんなことまで……僕のために本当にありがとうございます。僕はこの世にまだ悔いがあるからこうしてここにいるのでしょうね。――分かりました。僕も頑張りますので、どうかよろしくお願いします」
美羽と坂口はお互いに頭を下げて挨拶をしていた。
しかし、美羽の部屋から夜中に大きな声が聞こえてきて気になったシスター伊藤が、そっと美羽の部屋のドアの隙間からその様子を見ていたのだった。
――美羽は一体なぜ一人で壁に向かってブツブツ話してるのかしら? 寝ぼけているにしても、随分とハッキリと寝言を言っているみたいね。誰かに挨拶してるみたいに壁に頭を下げて……。きっと精神的に相当疲れているのね。気を付けてあげなくては。
そういうと、またそっとドアを閉めて、自分の部屋へと戻ったのだった。
美羽は礼拝が終わると朝からすぐに私服に着替えて街に出ようとしていた。
「おはよう、美羽。今日はお出かけですか?」
「あ、はい、おはようございます、シスター! これからちょっと出かけてきますね」
「あなた、昨夜はよく眠れたのですか?」
シスター伊藤は心配顔で訊いた。
「はい、ぐっすり眠れました!」
「そうなの? それは良かったけれど……」
シスターは美羽の元気な顔を見て、それ以上は何も言えず不思議そうに首をかしげていた。
美羽が向かった先は、坂口があの指輪を買ったブランド店。店員に坂口の持っていた指輪を見せて訊いた。
「すみません、この指輪はこちらで作られた物だと思うのですが……」
箱の内側にあった名称がここの宝石店のブランド名だったのだ。
店員が手袋をはめて指輪を手に取りあちこち見定めた後、ようやく顔を上げた。
「はい、私どもの店の品物です。この指輪が何か?」
「ハイ、実は詳しいことは申し上げられませんが、この指輪の持ち主が亡くなってしまいまして、指輪の送り先が分からなくなりました。もし何かご存知でしたら教えて頂きたくて……」
店員は指輪の裏に彫ってあるイニシャルを見て、最近発注した沢山の顧客リストの中から調べてくれた。少しすると、店員は手に指輪の注文書を持ってやってきた。
「お待たせいたしました! これかも知れません。このブランドの指輪で裏に彫った文字も、坂口さまのもので間違いありません。本当にこのたびは残念なことに……ご冥福をお祈りいたします」
「……その坂口さんが注文されたの指輪の送り先は分かりませんか?」
「それは、ちょっと。プライバシーですので私どももお聞きしておりません。ただ……この指輪のサイズは普通の女性の薬指サイズの標準より少し小さい目で、送り先の女性は小柄か細めの女性かも知れませんね。それくらいしか……」
「そう、ですか……いえ、お忙しいところ本当にありがとうございました」
美羽は店員に礼を言うと宝石店を後にした。
――やっぱりサイズが普通より小さいのね。後は澪さんのサイズと原田さんのサイズが分かればいいんだけど……。
美羽は夜7時まで、自分が出来る範囲で、坂口の澪への想いを確実にしたいと思っていた。
ただし、もう澪は柳田と付き合っているのだから、その事実は変えられないことだ。
――私に出来るのは、犯人捜しよりも坂口さんが本当は誰を愛していたか、かもしれないわね。
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