第12話 分かった指輪の相手
***JPスター芸能事務所***
裕星たちはラ・メールブルー全員でもうすぐスタートするツアーのセトリ(※)を考えていた。
裕星は自分のソロ曲の歌詞がまだ未完成のままだった。しかし、とりあえずリストを組んでおけば、後からいくらでも歌詞だけ
裕星は、チラチラとケータイを確認しながら美羽からの連絡を待っていたが、ポロンとメールの着信音で席を立って廊下に出た。美羽からのメールを確認するとすぐ美羽に電話した。
<裕くん、忙しいときにごめんね。指輪のことを聞きにさっき宝石店に行ってきたの。あまり情報はなかったけど、この指輪のサイズが一般女性の標準より小さいということだけは分かったわ。やっぱり思った通りね。でも、これが澪さんのサイズなのか、マネージャーさんのサイズなのか調べられなくて……。どうしたらいいかしら? それに二人が同じサイズだったりしたら……>
「そうか、そっちを調べてくれたんだな。了解。これから俺らは番組の収録があるんだ。
そこに坂口の元の事務所のタレントも来ることになってるから、あのマネージャーと接触できるかもしれない。いや、なんとしても接触してみるよ。指輪のサイズだな。それが分かれば相手が分かって坂口は納得するのか?」
<そうね。坂口さんはその辺りまだハッキリしてなかったので、誰のために作った指輪なのか分かれば、きっとご自分でも納得できるかもしれないわ>
「それじゃ、また後で掛け直す。これからマネージャーに上手く接近してみるよ」
裕星はそういうとケータイを切ってポケットに入れたのだった。
テレビ局のスタジオの中は相変わらず雑然としており、人が
もうすぐ歌番組の本番が始まる。生放送なだけに緊張感が何倍にも膨れているようだ。
裕星はリハを終えると、アーティストが休憩している控室に行く途中、柳田の事務所の新人歌手、
「やあ、君、新人の金谷君だよね? 初めまして、ラ・メールブルーの海原です」
「あっ、こ、こんばんは! じゃない、おはようございます、僕、あの、今年デビューした金谷健吾です! よろしくお願いします!」
有名人の裕星に声を掛けられ、慌ててペコペコと頭を下げている。
「ところで、原田マネージャーは来ていますか?」
突拍子も無い質問だったが、時間も無いので直球で訊いた。
「は、はい、原田さんですか? さっきまで一緒にいました!」
金谷はガチガチに緊張しているせいで、裕星のどんな質問にも答えてくれそうだった。
「今どこにいますか?」
「あ、さっき自販機に行くと言っていました」
「自販機?」
「向こうの自販機です!」
指をさした方向を見ると、休憩室前の廊下に自販機が並んでおり、そこに30半ばの地味な女性がコーヒー缶のタブを開けて立ったまま飲んでいる姿が見えた。
裕星は一直線に彼女の方へ向かった。原田に気付かないふりで自販機の前でコーヒーを買うふりをした。
「あれ? しまった……100円玉がないや」
すると、気の利く原田が「あ、よかったら、私持ってますけど、どうぞ」とポケットから100円硬貨を2枚裕星に差し出すと、裕星だと気づいて驚いたように声を上げた。
「か、海原裕星! 自販機の缶コーヒーなんて飲むんですか?」
裕星はもらった200円でコーヒーのボタンを押して、ガタンと落ちてきたコーヒーをかがんで掴むと、「助かりました。ここの缶コーヒー美味いんですよ。お金は後でお返ししますね」と微笑んだ。
すると原田は、「いいえ、そんな……お金は要りません! どうぞ差し上げます」と、裕星を見てかなり緊張しているようだった。
「え、と、原田さんですよね? 金谷くんのマネージャーをされている」
裕星が訊くと、「はい、原田です! よく御存じですね」と驚いている。
「彼の歌はいいなと思いまして……」裕星は聴いたこともない金谷の歌を適当に褒めて、原田の指に目を落とした。
原田の指にはその外見に似合わず高価そうな指輪がキラキラしている。
「綺麗な指輪をされていますね? どこのものですか?」
裕星が直球で訊くと、「はい、あ、これ貰いものなんですが、ティネルのものなんです」と左手を上げてみせた。
「ほお、ティネルですか。実は僕もこのブランド好きなんです。よく見せて頂いてもいいですか?」
原田の指輪を指さすと、原田は真っ赤になってスッと指輪を外して裕星に差し出した。
シンプルなデザインだったが、流石一流のブランドだけあって、純金と大きなダイヤが印象的だった。
「いいですね。でも、こんないい指輪を原田さんにプレゼントするくらいの人なら、きっと素敵な彼氏なんでしょうね?」と原田に指輪を返した。
「いえ、彼氏って……」
「僕もいつか恋人ができたら指輪をあげたいと思っていて……。ところで女性の指って細いですからね、いったいどれくらいのサイズなのかな……未来の彼女のために今から知りたいですけど」
裕星は未来の彼女へのプレゼントという体で指輪のサイズの話を切り出したのだった。
「やだ、裕星さんがそんなことを言ったら、きっとファンはショックを受けますよ。
あ、でも噂によると数年前からお付き合いされていた方いらっしゃったかしら?
そうですね……、普通の女性のサイズは薬指で9号前後ってとこかしら? 私はちょっと太目だから11号ですけど……」
「へえ、サイズってそんなに違うもんですか? 普通、指輪をプレゼントする時って男の方が女性にいちいち確認するもんですか?」
「そりゃあそうですよ! サイズ直しに出すくらいなら、先に念入りに調べたり、相手にちゃんと聞いて正しいサイズで作るのが相手のことを考えているということですもの」
「なるほど……ありがとう。良くわかりました。あ、コーヒーご馳走様でした」
そう言って缶コーヒーを顔の高さに上げて振りながら原田の元を離れたのだった。
裕星は本番に入る前、すぐに美羽に電話を入れた。
「あ、美羽か。指輪のサイズ分かったぞ! あの原田ってマネージャーの薬指のサイズは11号だ。あの指輪って確か細かったはずだったよな?」
<裕くん、ありがとう! 凄いわね、そこまで聞き出せたなんて!
そうよ。この指輪、私と同じサイズの7号なので、11号の原田さんのものじゃなかったことが分かったわ! それだけでも、きっと坂口さんはホッとすると思うわ>
「それなら良かったよ。いやあ、でも、指輪一つで壊れてしまうような関係にはなりたくないな。そんなもの、ただのアクセサリーに過ぎないのに。そんなもので二人の愛を象徴なんて絶対にできるわけがない。――そうか、分かった。じゃあ次はそれを佐々木の方に伝えに行くつもりか?」
<そうしたいんだけど、迷ってるの。もしその事実を伝えても、今、澪さんは柳田さんとお付き合いされている訳でしょ? だから、本当のことが分かったら、きっと澪さんは自分を責めてしまうんじゃないかと思うの……>
「う~ん、それもそうか。今更ってとこだな」
しかし、裕星はもう一度大切なことを思い出していた。
「待てよ、それじゃ結局何も変わらないってことか。坂口が成仏してくれるためには、あいつを殺した犯人を見つけないといけないしな。警察もそろそろ何か動きがあるんじゃないのか?」
<そうね、犯人が見つからないと、坂口さんは誰のせいでこんなことになったか分からず、ちゃんと成仏出来ませんよね。でも、まだニュースでも犯人に繋がる情報は出ていませんから、私もどうしていいのか……>
裕星は、ちょっと考えていたが、美羽にこう切り出した。
「俺がおとりになってみようか?」
<おとりって? どうするの?>
(※セットリストのこと。アーティストやバンドがコンサートで演奏する曲の順番リスト)
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