第13話 失恋ゴースト

「容疑者の三人同時に、俺が真犯人を知ってるとカマを掛けてみる。それで動き出した奴が犯人だってことだよ」


 <ゆ、裕くん! ダメよ、そんな怖い事。そんなことしたら裕くんが危なくなるじゃない! もしかすると、犯人は誰か外部の怖い人に頼んで犯行に及んだかもしれないでしょ!>



「とりあえず、今夜は7時過ぎに坂口の幽霊に会いに行く。それじゃ、後でな」

 裕星は本番のため呼びに来たディレクターの姿を見て急いで電話を切ったのだった。


 夕方6時、美羽はまだ早い時間だったが、一足先にあの場所に来ていた。

 確か、坂口が轢かれた瞬間の目撃者はいないと言われていたが、噂によれば、防犯カメラに黒っぽい乗用車が走り去って行くのが映っていたとも書かれていた。ただ、それも土砂降りの雨の中、交差点内で急ブレーキを掛けた黒っぽい車がすぐに走り去り、そのナンバープレートも激しい雨のためカメラにハッキリと映っていなかったという不確かな証拠ばかりだった。坂口が轢かれた瞬間の証拠を探すのは極めて困難に思えた。


 新聞やネットの情報によれば、証拠となるフロントガラスのひび割れから落ちただろうわずかな破片も大雨で流されてしまい、そこから車種やナンバーまで割り出すのは至難の業らしい。

 その上、その黒っぽい車の運転手の目撃情報すらまだ出てきていない。周辺の自動車修理工場を調べたが、車が修理に出された形跡もなかったようだ。



 美羽が交差点の前で途方に暮れながら立ち尽くしていると、太陽の光が反射して目に飛び込んできた。驚いて路肩ろかたを見ると、側溝の縁にキラキラ光る小さな欠片かけらがあった。


 美羽がそっとつまみ上げて見ると、それは鏡の破片はへんのようだった。警察も既にこの辺りの破片は根こそぎ持って行ったに違いなかったが、あの大雨のせいで側溝まで流されてしまい辛うじて縁に引っ掛かっていた破片にまでは気付かなかったのだろう。




 ――これって、もしかして? 何かの鏡の欠片に見えるけど、あの事故の車のものかどうかは分からないな。


 美羽は念のためその欠片をハンカチに包んでバッグにしまいこんだ。



 もうすぐ7時になる。坂口はどうやってここに現れるのだろうか。


 都内の大きな交差点は退社ラッシュ時なのか、少しずつ交通量が増えてきた。近くの歩道を行き交う人々の数も徐々に増えてきて、それぞれ目的の場所に忙しそうに急いでいるようだった。


 美羽は、どこから坂口が現れるのかその瞬間を見ようとキョロキョロと辺りを見回した。

 すると、突然後ろからポンと肩を叩かれ驚いて振り向くと、そこには裕星が立っていた。5時から1時間の生音楽番組を終え、すぐに駆け付けたのだ。

 裕星は人ごみでも目立たないように、キャップを深々と被りマスクをしていた。ここまですれば一体誰か美羽にも分からないほどだった。




「美羽、早かったな。あいつはどこだ?」

 裕星がキョロキョロしている。

「まだよ。でも昨日の夜中、私の部屋に現れて、今夜もここに来ると言っていたから、必ず来てくれると思うわ」

 美羽がニコニコしている。


「な、なんだって?! 美羽の部屋に入って来たって? それも寝てる時に?」

 裕星は思わず声を大きくした。


 その声で周りが一斉に二人に注目したため、裕星は慌てて小声にした。

「どういうことなんだ? あいつが部屋に入って来たって」


「私、まだ寝てなかったから大丈夫だったわよ。幽霊さんなのでどこにでも入って来れちゃうみたいね」

 裕星の心配をよそに全く気にしてないようだ。


「美羽、寝てなかったとかそういう問題じゃないだろ? 美羽の部屋に勝手に入って来たってことが問題なんだ!」

 裕星は真っ赤な顔で怒っている。


 するとそこに突然声がした。

「美羽さん、こんばんは」

 二人の背後からニコやかに坂口が現れた。


 美羽が振り向いて、「あ、こんばんは、坂口さん、ちゃんといらっしゃいましたね。こちらが私のお付き合いしている裕星さんです」と裕星の方を右手で示したが、裕星はポカンとした顔で美羽の話している方向を見ている。



「美羽、誰と喋ってるんだ? どこに坂口がいるんだ?」

 裕星は美羽が見ている方へ回り込んで確かめようとして、空を掴むようにあちこち手を振り回している。


 「彼はやはり僕のことが見えていないみたいですね」

 裕星のすぐ目の前に坂口は立っていたが、坂口は目の前で手を振りまわして何かを掴もうとしている裕星を困った顔で眺めている。



「そうみたいですね。やっぱり私にしか坂口さんは見えていないんですね。私だけが見えるのは、私の父の教会で坂口さんのお葬式をされたからでしょうか? 私の波長と坂口さんの波長がたまたま合ったのね」


 美羽の言葉で、裕星が「ここに坂口がいるんだな? あいつは何て言ってる?」と訊いた。



「裕くんの目の前にいるのに、裕くんに自分の姿が見えないのが残念だって──」


「へ、へえ。じゃあそいつに伝えてくれ、もう二度と美羽の部屋には入るなって」


 すると坂口は「――すみませんでした。もう二度と美羽さんの部屋には行きません。ご心配されますよね。美羽さんをとても大切にされてるんですね?」と裕星の方に向いて答えた。


「裕くん、坂口さんはもう私の部屋には来ないと言ってるわ」

 美羽に言われて、裕星は半信半疑で何もない空間に向かって言った。


「坂口さん、俺たちはあなたのために今犯人捜しをしてるだ。例の指輪も、佐々木さんと原田さんにサイズを聞いて、どっちへのプレゼントだったか分かったよ。

 あのサイズは佐々木さんへのものだった。だけど、誤解をしている佐々木さんに俺たちから真実を知らせていいものか迷ってる。坂口さんはどうしたいですか? 佐々木さんに本当のことを伝えてほしいのか、それとも……」


 どこに向かって言ったらいいのか分からず、裕星は何度も方向を変えながら空間に向かって話しかけた。


 すると、キョロキョロしている裕星の前で、坂口はしばらく目を閉じて考えているようだったが、ハアー、と大きなため息をつくと、やっと顔を上げた。



「ありがとう、裕星さん。お二人のおかげで、全てを思い出せました!

 僕は本当だったら今頃は澪と婚約して幸せになっているはずでした。あなたたちのように……。でも、こんなことになってしまい、澪に誤解させたまま死んでしまったなんて……。


 僕が事務所を独立して新しく作ったのは、澪と結婚して、誰からも邪魔されることなく夫婦で伸び伸びと仕事をしたかったからなんです。

 前の事務所と揉めたわけでもありません。事務所の社長にもちゃんと自分の意志を伝えて和解していました。


 ただ、澪にはプロポーズしてから、事務所を設立した理由をきちんと話そうと思っていたので、マネージャーにもギリギリまで極秘にしていたんです。

 それが、こんなことになるなんて……こんなことになるなら、もっと早く伝えれば良かった。


 澪が今どうしているか分かりませんが、もし、僕への誤解で心を痛めているのなら伝えてもらいたいです。

 僕は生涯、澪だけを愛し大切にしたいと思っていたことを──」


 美羽の目から思わず涙がこぼれた。


 ――澪さんは今あなたの親友と付き合ってるというのに……。


 それを絶対に坂口には伝えてはいけないことのように思えた。

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