第14話 容疑者たちのアリバイ

 美羽は裕星に坂口の言葉を伝えてからまた坂口に言葉を掛けた。


「坂口さん、坂口さんは澪さんのこれからの幸せを祈っていますか? それとも、ご自分の潔白を証明して澪さんに誤解を解きたいですか?」



「――? 美羽さん、それはどういう意味ですか? ──その二つは相反あいはんすることなんですね? 

 もし、そうであるのなら……、僕は澪のこれからの幸せの方を選びます。


 この青いセーターは澪から誕生日のプレゼントにもらったものなんです。彼女の手作りです。本当に僕は彼女と一緒にいられて幸せだった。


 だから、僕がこうなってしまって、もし誤解を解かない方が彼女にとって幸せなら、僕はこのままでいいです」

 少し目を伏せて坂口が寂しそうに言った。


 美羽は裕星に坂口の言葉を伝えた。

「坂口さんは、誤解を解かない方が澪さんの幸せになるのなら、それでもいいと」


「――そうか。君は本当に佐々木さんの事を愛してるんだな。こんな事故に遭っても。だけど、誤解は解いた方が良いと俺は思う。そして、犯人は必ず捜しだす。君だけでなく、君のご家族もきっと無念だったと思うよ。


 厳しい言い方だけど、彼女の君への愛情がもし不幸にも薄れてしまっていたとしたら、本当の愛情ならそんなことでは無くならないものだと思う。たとえ今君が彼女の傍にいられたとしても、いつかは同じことが起きたかもしれない。

 上手い言い方は出来ないけど、君は憎まれるべき人間じゃなかったと思うから、自分を責めないで欲しいんだ」


 裕星の言葉を聞いていた坂口は、裕星の肩に手を置いた。

「あなたは本当にいい人ですね。思い出しました。あなたはあの有名なラ・メールブルーの海原裕星さんですよね。そんな方がこんな僕のために……ありがとうございます」



「裕くん、坂口さんは裕くんにありがとうって言ってます。今やっとラ・メールブルーの海原裕星って分かったって」と美羽が通訳をした。



 歩道を行き交う人々には、普通の男女が道端で二人だけで何やら真剣に話し合っているようにしか見えていないようだった。




 美羽は裕星の車の中でふと思い出してポケットからハンカチを取り出して言った。

「裕くん、実はこんなものがあそこに落ちていたんだけど、もしかすると坂口さんの事故の手がかりになるかもしれないと思って拾っておいたの」

 美羽が見せたハンカチの上に、キラキラと小さなミラーの破片があった。


 裕星は、それをそっとつまんで自分の手のひらの上に置いて確認すると、「これはミラーだな。とすれば、犯人のサイドミラーの可能性もある。これは確実な証拠になるかもしれないな」と美羽に返した。



「やはり、そうよね。警察に持って行った方がいいかな?」


「ああ、なるべく早く持って行った方が良いね。このミラーの欠片から犯人の車が割り出せるかもしれないから」


 二人は重要な手がかりを見つけたことで、やっと小さな希望の光を見えた気がした。








 数日経った頃、佐々木澪の事務所からJPスター芸能事務所に、映画の関係者試写会の招待チケットが送られてきた。社長が先日裕星たちがわざわざ佐々木を訪ねてきてくれたことで、事務所同士としても親交を深めようとしているのだろう。


 チケットは社長とマネージャーの松島も入れて6枚。リョウタと陸も楽しみにしているようだった。最後の一枚を光太に渡そうとすると光太が、

「それは、美羽さんに渡したらどうかな? 俺はあまりこういう恋愛映画は得意じゃないんだ。もしよかったら、元共演者の美羽さんを招待したことにしては?」と微笑んでいる。


「ああ、それがいいかもしれない。あいつとちょっと調べておきたいこともあったからな」

 裕星は、ありがとうと光太のチケットを受け取って微笑みかえした。



 これで坂口の親友の柳田やなだとも会える。裕星は柳田に接近して、あの事故のときのアリバイを聞き出そうとしていた。



 裕星が合宿所に帰って柳田について調べていると、陸がリビングにやってきて裕星が広げている柳田に関する資料を見て言った。


「裕星さん、そう言えばさ、この柳田って俳優、今度の映画の主役になったのは、坂口って俳優が亡くなったからなんでしょ?

 でもさ、この二人、同期で仲良さそうに見えて実は裏では不仲説が流れてるんだよ」



「どういうことだ?」


「だってね、二人は事務所も同じでデビューも一緒だったらしい。なかなか主役が回って来なくて、二人とも初めはチョイ役ばかりだったんだって。それが今回この映画の主演オーディションで坂口さんが主演の座を勝ち取って、柳田さんが落とされた。そうとうねたんでいたと思うよ。


 それにさ、ちょっと小耳にはさんだんだけど、ヒロインの澪ちゃんってさ、坂口さんの恋人だったんだけど、柳田さんも彼女の事が好きだったって噂があるんだよ。いわゆる三角関係てやつ? まあ現に今はその二人が付き合ってるんだから、その噂は本当だったんだろうね」


 何気ない陸の言葉で、裕星は更に柳田への疑惑が深まったのだった。







 ***映画試写会***



 裕星は、美羽、リョウタ、陸たちと共に試写室にいた。スタッフや芸能関係者、招待者だけの内輪の試写会のため、ほんの数十名が入れるこじんまりした会場だった。


 佐々木の芸能事務所の社長が挨拶を終えると、監督と共に主演の佐々木と柳田が一緒に舞台に上ってきた。


「本日は、皆様にはお忙しい中、『TRUE LOVE』試写会にお越しいただき、ありがとうございます。この映画は5月31日公開のラブストーリーですが、サスペンスありアクションありの迫力ある映画になっております。主演の二人も実にこの2カ月間、寝食を共にして頑張ってくれました。

 主演の本田敬ほんだたかし役の柳田涼やなだりょうとヒロイン水木京子みずききょうこ役の佐々木澪ささきみおです」


 監督が主演の二人を紹介した。二人は頭を下げて舞台を下りただけで特にこれといった挨拶もなく、すぐ本編の映像が始まった。


 裕星は最前列の柳田のすぐ後ろの席に座った。美羽も佐々木の後ろの席で、二人の様子をじっと見守っている。映画の間中、柳田と佐々木は時々二人で顔を近づけては笑い合って何やら仲睦まじく話をしているようだった。


 映画の中の柳田は、死亡した坂口の代わりだということを微塵も感じさせないほど、堂々と主演を演じていた。


 映画が終わり、社長が最後に挨拶をして試写会が全てお開きになると、ザワザワと招待客も関係者も帰り支度を始めた。


 裕星がすかさず柳田に近づいて行った。

「やあ、映画すごく良かったですね。主演の演技にきこまれました」


 柳田は裕星を見るなり、慌てて姿勢を正し緊張していた。

「あ、ありがとうございます! 実は初めての主演なので緊張して、自分はまだまだ未熟で全く満足していませんが……」


「そういえば、完成までは大変でしたね。最近主演が交代したばかりだったんですよね?」と裕星が訊いた。


「――え、ええ、そうですね。――実は、主演だった俳優が亡くなって、急きょ自分にこの役が回って来たので……」と眉をひそめてうつむいている。

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