第15話 どこまでも怪しい人たち

「ふ~ん、でもこんな短期間でよくここまで仕上げられましたね」


「いえいえ、とんでもないです。実は前からこの台本を坂口から見せてもらっていたので、やりやすかったんですよ」

 柳田はポロリと坂口のことを話し始めた。

「──坂口っていうんです、彼。この映画の主演をするはずだった俳優は僕の親友でした」

 しんみりとした口調で話し始めた柳田の表情を裕星は密かに観察していた。

「彼は少し前に事故で亡くなりました。突然のことで本当に驚きました。僕はあまりの悲しみに、最初に彼の代役を打診だしんされた時は断ったんです。でも、他の誰かに回るくらいなら、親友の俺が彼の遺志いしを継ぎたいと思い直しまして……」



「――そうでしたか。しかし、坂口さんは本当に残念でしたね。突然の事故で亡くなってしまって……」

 裕星は柳田の顔色をうかがいながらさらに続けた。

「ああ、そういえばニュースで見ましたが、あの事故の目撃者が出たみたいですね。彼が轢かれるところを見たという人物がいたらしいです。

 それによれば大きな黒のセダンが走り去って行ったとか、もしかして、事故ではなくて本当は故意のひき逃げだったのではないかという噂まで聞きました」

 裕星は知り得る情報に少しハッタリをかけて、柳田の様子をじっと見ていた。


「――目撃者? 黒いセダンですか? そんな……」


「何か?」


「い、いいえ、ただ黒いセダンという情報だけでは犯人が特定できないんじゃないかと……」


「ええ、それはそうですが、実は僕、最近たまたまあの現場に車を停めたことがあって、あの付近でミラーの破片を見つけたんですよ。犯人の車のだとすると、サイドミラーの欠片だと思いますが、もし、これを警察に持って行けば、修理工場からきっと犯人の車もすぐに割り出されるのではないかと思っています。一日も早く犯人が見つかると良いですね?」


 裕星は、美羽が見つけたミラーの破片を自分が持っているかのように話して柳田の顔を見ると、柳田は一瞬で真っ青な顔になった。


「し、失礼します。これから急いで仕事に向かわないと……」

 頭を下げてそそくさと裕星の前から去って行ったのだった。




 裕星は柳田の不審な行動に首を捻った。――やはり、あいつが犯人なんだろうか?


 遠巻きにその様子を見ていた美羽が裕星に近づいてきた。

「裕くん、何か分かった? 柳田さん、慌ててどこかに行っちゃったけど、どうかしたのかしら?」


「――ああ、ちょっと引っ掛かることがあった。犯人の車は黒のセダンで、俺がサイドミラーの破片を見つけたから、これから警察に行くと言っただけであの慌てようだったからな」


「裕くん! もしかして、柳田さんが坂口さんを?」


「いや、まだ決めつけるのは早い。ただ容疑は濃くなったということだ」




 美羽は柳田が足早に去っていく後ろ姿を静かに見送っていた。

 美羽は佐々木にどうやって坂口の気持ちを伝えようかと悩んでいた。

 安易に、坂口さんはあの指輪をあなたに贈るはずでした、と言う訳にはいかない。

 彼女はショックを受けて、自分がすぐに柳田に心変わりしたことを後悔し、自分のせいで坂口を死に追いやったと罪の意識にさいなまれるのではないかと危惧きぐしていた。


 裕星は柳田のことが気掛かりだった。もう少し柳田の事を調べてみる必要があるだろう。





 その頃、柳田は先に席を立って行った佐々木の元に急いでいた。佐々木はまだ控室前でマネージャーと話をしているところだった。




 柳田の姿を見ると、佐々木はマネージャーを先に行かせて柳田の傍に急いでやって来た。


「血相を変えてどうしたの?」


「お前の車、今どうしてる?」


「車って? 今、マネージャーが玄関前に回してるわよ」


「そうじゃない! お前のプライベートの車の方だよ」


「私の車?」


「そうだ。あれ、黒のセダンだったんじゃないか?」


「――黒のベンツだけど、どうして今更?」


「もしかして修理に出しているのか?」


「修理? どうして? どこも悪くないのに。それに先月車検を終えたばかりよ」


「――そうか、それならいいんだけど」


「一体どうしたのよ!」


「いや、ちょっと気になって訊いたんだ。俺の車は白のBMWだけど、確かお前のは黒だったなって」


「ええ、それで?」


「坂口のひき逃げ犯の目撃情報があって、それが黒いセダンだったらしいと聞いたんだ」


「――黒いセダン? ――それで私がやったとでも思ったわけ?」

 澪は怒って柳田を睨みつけた。


「いや、まさかそんなことはないと思うが、万が一と思ってさ」


「そんな怖い事するわけないじゃない! 私が彼を殺そうとするなんて……」


「信じていいんだな?」


「当たり前でしょ! 彼にはなんの恨みもないもの。あ、でも……待って! それよりも、彼のマネージャーの原田さんの車も黒よ。黒のクラウンだと思ったけど……」


「マネージャー? なんで、マネージャーが?」


「――実は私、ずっとマネージャーの原田さんのことを疑っていたの。彼女、すごく年上だけど、ずっと彼のことが好きだったみたいね。仕事のとき、私の目の前でも彼の体をベタベタ触れてきて仲良さそうだった。まあ、私達が付き合っていたことを知らないからだろうけど……。


 彼は原田さんのこと、どう思っていたのか……もしかすると私に隠れて付き合っていたのかもしれないって思ったのは、あなたにあの噂を聞かされた後で彼に指輪のサイズを訊かれたからよ。


 結局、彼に指輪を貰うこともなく……彼は死んでしまった。後から彼の指輪を誰かが持ってきたんだけど、そんなもの今更持って来られても、きっと原田さんのために作られた指輪に違いないって突きかえしてやったわ。

 ――私、ずっと彼に裏切られ続けてきたってことね」と唇を噛んで俯いた。


「だけど、どうして原田が坂口を殺さなくちゃいけないんだ? だって坂口のことを好きだったんだろ? お前のことを知らないのに殺すほどの動機はないだろ?」



「違うの……。彼が亡くなる前に原田さんに言ったことがあったの。あまりにも彼に馴れ馴れしすぎるから、私と二人だけになったとき、原田さんについ……」


「なんて言ったんだ」


「彼は私と付き合ってる。もうすぐ事務所も独立するから、あなたとは別れることになるって」


「なんだって? それで彼女はなんて?」


「独立の話は彼からまだ聞かされていなかったみたい。彼女結構慌てていてショックを受けたみたいだったわ。デビューから彼のためにずっと独身のままマネージャーとして働いてきたみたいだから。

 彼が今回の映画のオーディションで主演の座を勝ち取ったのも、実は原田さんの陰の苦労があったからって言われてるの。

 その原田さんに内緒で独立しようとしてることを私から伝えられて、随分ショックを受けたんだと思うわ。だから、彼を逆恨みして殺してしまいたい気持ちが湧いてきたのかもしれない……」



「それじゃ、原田が坂口ひき逃げの犯人かもしれないってことか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る