第20話 死ぬほど愛してる
美羽と裕星は坂口の姿をずっと見守っていた。彼ら三人を除いて周りを行き交う人たちには、誰一人として坂口の姿が見えているものはいないようだった。皆忙しそうに三人の後ろを別段気にも留めることもなく通り過ぎていった。
美羽は原田に坂口の言葉を伝えてあげると、最後に自分からもこう言い加えた。
「亡くなった坂口さんは、本当に心の美しい人でしたね。そんな素敵な人を好きになれたご自分をこれからはもっと愛してあげてください。坂口さんのためにも」
原田は涙の溢れた瞼を閉じて小さく頷くと、裕星たちに頭を下げて、大勢の人々で賑わう夜の歩道を
美羽は微笑みながら裕星に寄り添った。
「裕くん、大丈夫? さっきは突然電話が途切れたので心配したのよ。
私にとって、坂口さんと出会ってから成仏されるまでの20日間はとても長くて切ない時間だったわ。
坂口さんの周りの人達も決して特別な方達ではなかった。こんな誤解はどこにでもあることだもの。だけど、坂口さんは恨むどころか、自分のことを反省して皆の幸せを願っていた。そんな坂口さんの一途な愛を澪さんに届けられて本当に良かったわ」
美羽がしみじみとした表情で裕星を見上げた。
「俺も生まれて初めて幽霊を見たよ。でも、坂口みたいな後悔はしたくないと思ったな。死んでも死にきれないわけだから。
今月は、ボランティアの仕事と卒業式の準備で忙しかったのに、美羽はよく頑張ったよ。俺も明日のコンサートのリハを終えたから、これから一緒にどっかでご飯でも食べないか?」
原田が去った方向を厳しい表情で見ていたが、ふと視線を美羽に移していつもの無邪気な笑顔の裕星に戻っていた。
「そうね、私も孤児院のお手伝いがちょうど終わったので着替えて来たとこよ」
裕星は停めておいたベンツに美羽を乗せ、昨夜予約を入れておいた海の近くのイタリアレストランに向けて走らせた。
裕星は車内でようやくキャップとマスクを外してハアーと大きく深呼吸した。ふと視線を感じて、助手席で裕星を見つめている美羽に無邪気にクシャリと笑った。裕星のその飾らない笑顔に美羽は何年経ってもドキドキするのだった。
「美羽、俺たち生きてるだけで本当に素晴らしいことだよな」
走行中の車の中で突然裕星が話し始めた。
「裕くん、急にどうしたの?」
「――考えていたんだ。俺の親父も美羽の両親も亡くなってもうこの世にいないだろ? だけど、忘れたことはない。むしろいつも俺たちの心に寄り添ってくれてる気がするんだ。
美羽が、前に死んだ人は自由な魂になるって言ってたけど、確かに人間は死んだら肉体は無くなり魂は自由になるのかもしれない。お前の言ってた天国に行く前はな。
だけど、思いが強すぎると、坂口みたいにそこに縛り付けられてしまうこともあるんだな。それは生きてる人間でも同じかもしれない
現に、原田は坂口が亡くなっても愛されていたと自分自身を
実は、俺がコンサートで歌うソロ曲のメロディはすぐ出来たんだが、歌詞がなかなか思いつかなかったんだよ。
この間、風呂で溺れかけたとき初めて「死」について考えた。
よく、「死ぬほど愛してる」というだろ? 死ぬほどってどれほどなんだろう、死んだら愛することなんてできるのか、って考えていたら、歌詞のヒントが浮かんできたんだ。今回の事もあって残りの歌詞がなんとか書けそうだよ。
それと、あの霊園前で美羽と撮った写真、そろそろ変えようかと思ってたんだけど、あの写真は亡くなった美羽の両親の墓がある所だ。家族写真だと思って大切に飾っておくことにするよ」
裕星が美羽をちらりと見て微笑むと、美羽も裕星に微笑み返した。
「裕くん、私の両親のことも大切にしてくれて本当にありがとう」と頭を下げた。
二人は目的のレストランに着いたが、すぐには車を降りずにしばらく黙って見つめ合っていた。
忙しさで逢えなかった間、裕星が久しぶりに見た恋人の顔は新鮮で、さらに美しく、頼もしく見えた。
「明日は卒業式だから、裕くんたちのコンサートを見に行けないのが残念だわ」
「美羽が4年間頑張ってきた大学の大切な最後の日なんだ。俺の方も日頃から俺たちラ・メールブルーを応援してくれているファンの皆さんへ感謝を込めて公演するコンサート初日だ。どちらも俺たちにとって大事な日だからな。
美羽がコンサートを見に来れなくても、俺が美羽の卒業式の日に会いに行けなくても、お互いに大切な日を充実させることが出来れば、それがいいんじゃないかな?」
裕星が美羽に「おいで」と手を伸ばすと、美羽はふふと微笑んで裕星に近づいた。
裕星は目を細め、月の光に照らされたキラキラと輝く美羽の美しい瞳に
真上に浮かぶ大きな金色の月が今夜も穏やかな光を降り注ぎ、二人の愛を見守ってくれているようだった。
***翌日 ラ・メールブルー 都内ドームコンサート***
直前リハを終えると、光太が笑いながら裕星に声を掛けた。
「まさか、まだソロの歌詞が付いてないなんてことはないよな?」
「ああ、もちろんもう出来てるよ。昨日夜中まで掛かってギリギリ書き上げたけどな」裕星もフッと笑った。
「それじゃ、本番が初出しか? 俺らも楽しみにしてるよ!」
光太は裕星の肩をポンと叩いて持ち場に向かって行った。
コンサートの幕が開いた。都内ドームは5万5千人の観客で埋め尽くされている。
皆、ラ・メールブルーの推しメンの
彼らの目的はラ・メールブルーの多才な音楽性と、それぞれのソロ曲の完成されたラブソングだ。
ラ・メールブルーのラブソングは自分達の恋愛観に影響を与えるほどバイブル化していることもあるが、彼らのソフトなロックミュージックを楽しみたい男性ファンが増えているようだ。
大歓声の中、数曲のラ・メールブルーの楽曲が終わり、4人それぞれのソロの部が始まった。
光太をトップバッターに4人が作詞作曲した曲を披露する。
光太はマイナーテンポのしっとりとしたラブソングを歌った。光太ファンだけでなく、他のメンバーのファンの心も掴むような大人の曲に、会場は一つになってうっとり聞き惚れている。
二番手の陸は真逆にポップス調の元気なラブソング。自分の理想の恋愛を歌に込め、元気で明るい女の子とのデートをイメージして作られた曲で、会場のファン達もノリノリで陸と一緒に飛び跳ねていた。
リョウタの番になって、ハードなロック調の激しいアップテンポの曲が始まった。
リョウタは海外アーティストのようなネイティブ英語で、迫力あるドラムの音にも負けることない力強い声で歌っている。
最後は、ラ・メールブルーの名ボーカル、裕星のソロの番だ。
裕星が、突然手紙を読み上げるような語りかけを始めたので、ファンたちはしんと静まり返り、裕星の言葉をよく聞こうと胸に手を当てながら見守っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます