第19話 愛する者へ無償の愛を
<──鈴木容疑者は、当時も違法ハーブを吸っており、
また、廃車のフロントガラス付近には青い毛糸が引っかかっており、繊維を調べたところ坂口さんが当時着用されていたセーターの毛糸の成分と一致したことが確実な証拠となりました。
鈴木は脱法ハーブの常用者で、当時も吸引していたとみられ、大雨の中、蛇行運転と速度違反を繰り返した末に坂口さんを轢いたのではないかと思われます──>
裕星はそのトップニュースにくぎ付けになった。
「あなたが坂口さんを殺したんじゃなかったのか──」
「いいえ、私が殺したのも同然よ! 彼が持っていた指輪がとうとう事故現場からは見つからなかったと聞いた。
だから、代わりにこの指輪を買って、あの事故の前に坂口くんにもらったことにしたのよ。
そうしなければ、本当は私が一方的に彼を好きだったことも、あの時事故の原因を作ったことも皆に知られてしまう。だけど、一番怖いのは、彼にフラれた私が彼を恨んでいたことが知れたら、世間は決して私を許してくれないわ! もう事務所もお仕舞いよ。だから、知り過ぎてるあなたのことも事故に見せかけて突き飛ばして……」
原田は泣き崩れてその場に突っ伏した。
美羽はさっきまで裕星と電話で話していたが、突然、裕星の声が途切れたため悪い予感がして、ずっと通話状態にしていたのだ。
今また原田と裕星の話し声がかすかに聞こえてきたので、二人のやり取りを聞こうとケータイを耳に当てたまま、急いで裕星と合流するはずだった鎗ヶ崎交差点まで走ってやってきた。
すると、交差点の向こうの歩道で裕星がこちらに手を振っているのが見えた。裕星の近くにはうずくまっている女性がいた。原田がそこにいるのだろう。
美羽は原田に近づいて声を掛けた。
「あの……大丈夫ですか?」
原田は何も言わずただ泣きじゃくっている。
「さっきの話、私も聞かせてもらったわ。あなたは坂口さんのことを本当に好きだったの?」
するとそのとき、夕暮れの歩道の端にぼんやりとした
「美羽さん、原田さんはどうしたんですか?」
坂口は泣いている原田を心配そうに見ている。
「あ、坂口さん、ちょうどいいところに」
美羽がまた空間に話しかけたので、裕星は坂口が現れたことを知ってそちらの方向に向かって話した。
「坂口さん、君のマネージャーが相当ショックを受けているようだ。彼女もお前のことを好きだったようだな。
さっき真犯人が捕まったとニュースでやっていたよ。だけど、原田さんは君と佐々木さんへの嫉妬のせいで、君を事故に遭わせてしまったと思っているようだ。どうする? 彼女に何か言ってやるか?」
「裕星さん、ありがとうございました。真犯人が捕まって良かったです!
僕の大切な人達が犯人じゃないことが分かっただけで本当に良かった──。これでもう思い残すことはないです。
僕は今すべてを思い出しました。僕が誰で、僕は誰を愛していたのか……。
僕は澪と出逢ってからずっと澪の幸せだけを考えていた。だから、いつか仕事が波に乗り、周りからも信頼されて、そして僕らの交際を祝福してもらえる時期が来たら……結婚を申し込もうと思っていた。
あの日、僕が死んだ日は、やっと出来上がったこの世にたった一つの指輪を持って、澪に結婚を申し込むつもりだったんです。
指輪は彼女が好きだったブランドにしました。まだ駆け出しの僕には少し高かったけど、彼女の喜ぶ顔が見たくて。出来上がった指輪をすぐにでも届けて、今まで待たせたことを心から謝りたかった。そして、彼女は絶対僕のプロポーズを受けてくれると信じていた。
あの交差点の前で待ち合わせして、ドライブデートだと言って予約しておいた湖畔のレストランでプロポーズしようとしてたんだ――。
僕は想像もしてなかった……自分がこんなに呆気なく死ぬことになるなんて。命は永遠に続くと思っていた。愛が永遠だと思ってたくらいに……。
――今でも泣きたいほど彼女を愛しています。彼女がいたから僕はどんな仕事も頑張って来られたから。彼女との未来を考えると心が明るくなって毎日が幸せだった。
でも……僕の命がこんなに短かったなんて知らなかったから……。僕は彼女を待たせすぎたんですね。待たせて、悲しませて……別の道に行かせたのは僕のせいです。
今なら、涼が澪を支えていてくれて良かったと思えます。原田さんが僕の事をここまで好きでいてくれてたことも知らなかった……むしろ申し訳ない。謝りたいのは僕の方です。
美羽さん、原田さんに伝えてもらえませんか? 僕は少しも恨んでいないと。そして、あなたの気持ちに気付かず、10年間もお世話になっていたのに、事務所を独立して澪と結婚しようとしていたことも伝えず、本当にごめんなさい。そして、なにより原田さんの幸せを祈っていますと。
それに、一番逢いたかった澪には会えなくて良かったのかもしれない。彼女の決心を後悔させない為にも。
裕星さん、美羽さん、本当にありがとう。ああ、僕はどうやら天国に行けそうです。今まで
――ああ、夜なのに空がとても明るく見える。もうすぐ僕はむこうに行けます。そんな予感がします。本当にありがとう。さようなら……」
坂口はそう言って天を仰いだ。坂口の頬には涙が止めどなく流れ伝っているのが美羽には見えていた。
すると、見たことも無いような
原田と裕星にも今初めてその光が見えた。今まさに天に昇ろうとしている坂口の姿が二人にもハッキリと見えたのだ。
「坂口くん!」
原田は光に駆け寄って声を掛けた。坂口は原田を見降ろして優しく微笑むと、光と一緒に吸い込まれるように天に登って行ったのだった。
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