第18話 捕らえられた真犯人は

 ありがとう、と言って指輪を受け取り目の前にかざしてよく見たが、プラチナの土台に細かな細工の入った繊細なデザインだったが、裏側には全く何も彫られてはいなかった。


「あれ? もしかして、まだイニシャルは彫られていなかったんですか?」


「そ、そうなのよ。指輪は先にもらったけど、私たちのイニシャルは後から一緒に彫ろうって……でも、彼があんなことになってしまい」

 シドロモドロで話すその表情で、裕星は彼女が嘘を言っていることがハッキリと分かった。


「それは失礼しました。それぞれにご事情はありますからね。でも、良い指輪ですね。とても男性が選んだとは思えないほど凝ったデザインです。ちょっと写真を撮らせて頂いてもいいですか? 参考に……」


 裕星は原田の了解を得て指輪をケータイで撮ると、原田に知られないように美羽のケータイにその画像を送ったのだった。



 ありがとう、と指輪を返しながら、「彼女へ指輪を買う時の参考にさせて頂きます。今日これから近くの宝石店に行ってみます」

 裕星がまるで彼女に指輪をプレゼントするていで恥ずかしそうに言った。




「ま、まあ私なんかがお役に立てて良かったです……」

 原田は裕星がこれから宝石店に向かうと聞いて少し表情が曇った様に見えた。


 裕星は原田に礼を言うと、先に席を立って二人分の支払いを済ませ店の外に出た。

 あの鎗ヶ崎交差点の横断歩道の前まで歩いて原田を待っていたが、原田はカフェの外になかなか出て来ない。


 裕星は大きなスクランブル交差点の横断歩道の信号が変わるまでの時間が長く感じられた。裕星の目の前をビュンビュンと車がスピードを落とさず途切れなく通り過ぎていく。

 ――これだけ大きな交差点なら、信号が変わる時間も長いはずだな。しかし、交差点内なのにスピードも落とさず危ないな。



 そう思いながら、原田を待っている間ふと携帯に目を落とすと、着信のランプが点滅していることに気が付いた。着信の相手は美羽からだった。


 裕星が美羽に掛け直すと、待ち構えていたかのようにすぐに美羽が出た。


 <裕くん、今どこ? さっき裕くんが送ってくれた画像をブランドのお店で調べてもらったわ。あの指輪は女性が一人で買いに来たんですって。既製品なので、特別に注文を受けたものではないって。もしもし、聞こえてる?>



 車の騒音で電話の声が掻き消されそうな中、裕星はケータイを耳に強く押し当てながら声を大きくした。


「ああ、やっぱりそうか……ありがとう。やはりあの婚約指輪は原田の作り話だったんだな。

 あの日、坂口が佐々木に届けるはずの婚約指輪が遺品の中に無かったことをいいことに、咄嗟とっさに自分が先に貰ったことにしたみたいだ。

 まさか佐々木への指輪は事故で死んだ本人がまだ持っていたとも知らずにね。

 だけど、その指輪が今佐々木の元にある事も知るよしもなく、まだしらばっくれてるよ。ただ……坂口をいたのが原田かどうかはまだ……」



 美羽に話していたそのとき、いきなり背中からドンと大きな力で何かに突き飛ばされ、裕星は車道へと半ば倒れ込むように勢いよく飛び出したのだった。


 パッパッパ――!! 

 物凄い大きなクラクションの音がして、大型のダンプカーが裕星の鼻先スレスレにギュンと通り過ぎた。


「危ねえぞ、このバカ野郎!」


 トラックは交差点で急ブレーキを掛けて止まると、中から大きな図体の男が窓を開けて叫んだ。


 しかし、先を急いでいたのか、男は道路に飛び出して放心状態になっている裕星を睨みつけただけで、大きな音でエンジンをかして走り去って行ったのだった。



 裕星はハッと我に返り、すぐさま歩道に引き返した。裕星がいた歩道では大勢の人達が足を止め、あわや大事故になりそうだった目の前の出来事に驚いて心配そうに裕星のことを見ている。


 ――俺は確かに誰かに背中をいきなり押された。なぜこんなことを……。一体誰なんだ? 俺を殺そうとしたやつは……。あれは偶然通りがかりの人がぶつかったとかそんな感じではなかった。故意に俺を殺そうとして押したんだ。




「――原田。まさか、あいつか?」

 裕星が一気に原田への疑心が湧いた。


 するとその時、裕星は背後の歩道を足早に去っていく原田の後ろ姿を見つけた。

 全速力で追いかけると、原田は振り向いて追いかけてくる裕星に気付いた途端、更にスピードを上げて逃げ出した。


「原田さん、待って! ちょっと待つんだ!」

 裕星は大声で原田を呼びながら雑踏の中を原田を見失わないように追いかけた。



 すると、原田はだんだん疲れてきたのか足が遅くなり、裕星はすぐに原田の腕を捕まえることが出来た。



 裕星に腕を捕まれて、原田は思わず腰が砕けたようにその場にへたり込んで泣きながら震える声で言った。



「……あの日、偶然、坂口くんをこの場所で見かけたのよ」


 裕星は原田が座り込んでいる高さまでしゃがみ込み、原田の言葉を待った。


「私……ちょうどあの場所に車を停めていたから。あの宝石店から出てきた彼を見つけたの。彼は私に気付かず駐車していた車に乗ろうとしていたところだった。


 彼の手には赤い指輪の箱があった。それが佐々木澪への婚約指輪だということがすぐにわかったわ。以前から二人が付き合っていたことを知っていたから。

 でも、どうしても許せなかった。私を裏切って、事務所を独立した上にあんな小娘と結婚しようとしていることが……。私生活の全てを犠牲にして彼をずっと支えてきたのに。これから一緒に頑張って行こうとしてたのに……。

 なのに、彼の目にはあの子のことしか映っていなかったなんて……憎かったの。だから、カッとなって衝動的に車に乗ろうとしてる彼に向かって後ろから車を発進させたのよ」


「なんだって?」






「でも……、彼にぶつかる寸前にブレーキを踏んだ。やっぱり彼を殺すなんてできなかったわ。

 彼は運転席の私に気付いて驚いていた。

 ああ、あの時の顔、今でも忘れられない……どうしてだって顔で私をずっと見つめていた。

 私はもうその場から一刻も早く逃げ去りたくて、急いでその場を離れたのよ。


 でも、バックミラーに映っていたのは、私の車を見ながら呆然と立っている彼の姿だった。

 ――もうその後の事は分からない。私はそのまま走り去ったから」


 でも、翌日のニュースを見て、ショックで倒れそうになった。しばらくは立つことも出来なかった。

――彼があの時に事故で死んでしまったなんて……」







 原田が当時の出来事を告白したちょうどその時だった。交差点近くのビルの上にある大スクリーンが7時のニュースを映し出した。



 <速報です。本日午後6時50分頃、20日前に鎗ヶ崎交差点やりがさきこうさてん付近で起きたひき逃げ事件の犯人が逮捕されました。


 当時、交差点付近の駐車スペースに停車していた車に乗ろうとしていた坂口将太さん、当時24歳が何者かに轢き逃げされ死亡した事件で、現場付近に残された左側のサイドミラーの破片が証拠となり、一か月前に単独事故で大破した車の持ち主で違法ハーブを常用していた鈴木啓太すずきけいた容疑者38歳が逮捕されました──>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る