第17話 偽りの指輪を持つ女
佐々木の事務所を後にすると、美羽はすぐに裕星に連絡を入れた。
「あ、もしもし、裕くん? 澪さんに指輪を渡すことができたわ。そして、誤解を解かなくていいと坂口さんは言ってたけど、どうしても放っておけなくて伝えてしまったの。でも、澪さんはちゃんと分かってくれたわ!
坂口さんの気持ちもちゃんと通じて、誤解も解けたし、澪さんも坂口さんを大好きだったことが分かって良かったわ」
<そうか、それは良かった。俺の方も柳田が怪しいと思ってたけど、あれから、事務所にあいつの車の車種を聞いたら、どうやら白のBMWらしいから、犯人じゃなかったようだ>
「――そうなの。澪さんの方も違うと思う。どう考えても、好きな人を殺すような恐ろしい人には見えないもの。ただ、原田さんはどんな人なのかしら」
<マネージャーの原田ね? この間、指輪の話をしたときにはそんな恐ろしいことをするような人間には見えなかったよ。だけど、人って何を考えてるか分からないからな……。他に容疑者がいないとすれば、一番怪しいのが彼女ってことになるな>
「原田さん、今は柳田さんのマネージャーもされているんだよね? 柳田さんと会えれば、マネージャーさんの話を聞くこともできるんだけど……」
<うーん、しばらくは柳田との接点はなさそうだな……。ああ、ところで、美羽、肝心の拾ったミラーはあれからどうした?>
「あ、そうそう、実は、あの日の帰りに一応警察署に届けたわ。少しでも手がかりになればいいわね」
<そうか。もう届けてくれたんだな。それで何か分かればいいんだが……。しばらくはお互い仕事で会えないと思うけれど、俺にまだ考えがある。電話で原田にも罠を仕掛けてみようかと思うんだ>
「どんな考えなの?」
<原田をあの事故現場に来させるんだよ。まあ、もう少し具体的な策を練ってみるけど。後は俺に任せてくれ。何かあれば連絡する>
「わかったわ。無茶はしないでね」
美羽は電話を切ると、
裕星の計画はこうだった。
まず、坂口が事故に遭ったあの交差点にマネージャーの原田を呼び寄せる。そこで、偽の婚約指輪についてそれとなく
しかし、あの場所を指定にすれば、自分が疑われているということに勘付かれてしまうから、その周辺、たとえば近くの喫茶店かカフェに呼び出してあの場所に一緒に向かう。
そこで事故当時の話を切り出して顔色を
裕星は、事前に原田のケータイを事務所から聞きだし、夕方6時半にあの鎗ヶ崎交差点近くのカフェで内々の相談事があると電話で告げた。
裕星がキャップとマスクで変装して店の一番奥のテーブルで待っていると、原田が時間通りにやって来て入口付近でキョロキョロしている。
裕星は原田のケータイにメールで奥にいることを告げると、原田は気付いてメールを読んだのか、まっすぐ奥の裕星のテーブルまでやって来た。
「お久しぶりです。こんなとこまでお呼びたてしてすみません。実は先日、原田さんの指輪を見て、あんな感じの指輪を贈りたい人がいまして、プライベートでご相談に乗っていただこうかと……。お忙しいのにすみません。わざわざ来ていただきありがとうございます」
裕星が立ち上がって丁寧に礼を言った。
「い、いいえ、いいえ、こちらこそ、私なんかで良かったんですか? この間会ったばかりなのに……。それに付き合ってる方がやっぱりいらしたんですね? いないわけないですよねえ、こんなにイケメンだもの」
ホホホと笑いながらも、有名芸能人の裕星を目の前にして緊張してるのかまだ立ったままだ。
「どうぞ、お座りください。――実は、先日指輪を見せていただいてから、原田さんにご相談しようと思ったんです。僕は他に女性の知り合いはいませんし、まして、女性用の指輪を相談するのに、信用できる人などいませんからね。先日の指輪、まだされていますか?」
裕星が原田の指に視線を落とすと、原田は嬉しそうに左手を出して「はい、いつもしています」と見せてくれた。
「それってどなたからのプレゼントなんですか? あ、訊いても差し支えないなら」
原田は少し顔色が変わったように下を向いて言い辛そうにしていたが、ハアとため息を吐いた。
「これ、実は亡くなった坂口くんにいただいたんです。形見になってしまいましたけど」
「坂口さんって、あの若手俳優の?」裕星は予想はしていたが、今知ったかのようなそぶりで訊いた。
「ええ、私達、実はお付き合いしていたんです」
美羽が預かった指輪の持ち主を知っていた裕星は、原田の言葉があまりにも事実と違うので、彼女がなぜそんな嘘を
「――そうですか。実は、僕、坂口さんのことは知りませんが、彼の恋人だと言われていた方を知っているんです。それじゃあ、まさか、坂口さんは二股をかけていたとか? あ、失礼なことを言いましたかね?」
原田は一瞬ギョッとしたような顔を見せたが、気を取り直したように前を向いた。
「いいえ、その噂は週刊誌でも騒がれていましたから仕方ないです。でも、この指輪、彼がプレゼントしてくれたのは確かです!
彼が事務所を新しく設立したのはご存知ですか? せっかく二人で心機一転新しい事務所からスタートしようとしていた矢先にあんなことに……」
原田は表情を曇らせて俯いた。
「へえ……」
裕星は聞いた話とは違い、原田が独立の話をここまで自分に都合よく設定していたことに驚き、どう切り返そうか考えあぐねていたが、直接事実をぶつけてみようとした。
「僕の間違いならすみませんが……」
「間違い?」
「坂口さんの彼女と言われていたのは、佐々木澪さんという若手女優だそうですね?」
「――ええ、そう週刊誌には書かれましたね」
原田はあくまでも週刊誌上の事だとでも言わんばかりだった。
「実は、その彼女と話す機会がありまして、彼女からその指輪の話を聞いていたんです」
裕星は佐々木に渡した指輪のことを隠して切り出した。
「――指輪のことを?」
原田は少し青ざめた顔で裕星を見ている。裕星が一体何を知っているのか分からないが、知り得るはずがない内部事情をそこまで詳しいはずはないだろうと自信を持っていた。
「実は、佐々木さんにお聞きしたのですが、坂口さんは誰かに指輪を贈ろうとしていたそうです。佐々木さんに薬指のサイズを訊いていたそうですが、かなり大切な指輪で宝石店でわざわざ特注していたらしいのに、その指輪は佐々木さんに贈られることはなく、遺品の中にもなかったそうです」
「……」
「もし、間違っていたら申し訳ないですが、その指輪がそうだったのか、もう一度見せて頂くことはできますか?」
裕星が原田の指輪を見ると、原田は急にその指輪を右手で隠して膝に下ろした。
「どうしましたか? やはり彼に二股を?」
裕星はここまで来たら失礼を承知で原田の不審な行動を追い詰めようとしていた。
「ち、違います。遺品の中にはなかったのは、きっと坂口くんがこの指輪を佐々木さんにではなく私に贈っていたからですよ。この指輪がその婚約指輪です」と、まだ膝の上に両手を置いて指輪を隠している。
「そうですか? だから佐々木さんは坂口さんに指輪を貰っていなかったわけですか?」
裕星は原田に合わせて納得をしたふりをした。
「ずっと僕も気になっていたのですが、これで分かりました。それとは関係なく参考までにあなたの指輪を見せていただけますか?」
裕星が原田に右手を差し出すと、原田は膝の上で指輪をしぶしぶ抜き取り、恐る恐る裕星に差し出したのだった。
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