第15話 試練の荒地
今日は校外演習当日。
私達は朝から偏魔地帯の手前までやって来ていた。
演習の日は通常の授業は無く、一日全てが校外演習に充てられているのだ。
「皆さんおはようございます。昨晩はきちんと眠れましたか?」
班ごとに整列した私達にティーザ先生が言った。
「演習を始める前におさらいをしましょう。まず、ネイス君。演習はどうすれば終了か答えてください」
「班単独で銀級の魔物を倒し、その素材を先生に提出すれば終了です」
「はい、よくできました。提出する魔物は必ず班員の力だけで倒してくださいね。隠れていますが、監督官が皆さんを見守っていますので不正をすれば分かりますよ」
こういった試験では、暇をしている武術師範が監視
彼らは皆、金級以上の実力者であり、その能力は信頼できる。
「次にべアンヌさん、今回の試験地の特徴を答えてください」
「この試練の荒地は土属性の偏魔地帯ですわ。主に護像領域、
金髪を両サイドで縦に巻いた同級生がハキハキと答えた。
それにティーザ先生は頷く。
「よく覚えていますね、その通りです。銀級の魔物を倒すには深部に近付く必要があります。ですが無理は禁物です。班員で話し合い、班長の指示に従い、くれぐれも引き際を見誤らないようにしてください」
満足そうに頷き、そして先生は再度私達を見回してから言った。
「では、説明は以上です。サレン班から出発してください」
こうして、校外演習はスタートしたのだった。
「ジークス班、出発してください」
「行って参ります」
先生の許可を得て、私達は砂海領域に向かって進み出した。
ちなみに。班同士が上手くバラけるよう、スタート時刻が微妙にズラされており、また試験を行う領域も前後で被らないようになっている。
そういう訳で、私達四人は広漠とした砂海領域を黙々と進むのだった。
砂海領域を一言で表せば”砂漠”となるだろう。
ただし、南方にあるソレとは違って暑くはないし、夜も急激に冷え込んだりはしない。
砂地が延々と続くのがこの領域であった。
砂で出来た丘陵群、その谷間を進んで行く。
砂海領域には砂丘がいくつも立ち並んでおり、谷間の部分が道となっているのだ。
砂丘に阻まれて地平線は見通せないが、木や岩と言った遮蔽物はないため奇襲の恐れはない。
──そんな誤解をしては大怪我をすることになる。
「来やがったぞ」
索敵役であるベックが警告を発した。
その声を聞いてゼルバーが周囲を見渡す。
右を見て、左を見て、それから後ろを振り返った。
「何を言っている、獣人。どこにもいないぞ?」
「そっちじゃねぇよ、下だ下。あと俺の名前はベックだ」
「下だと……?」
「先週授業でやったろ、ここの魔物の特徴」
「……??」
ベックの言葉の意味がさっぱり分かっていない様子のゼルバー。
そうこうしている内に足裏で震動が感じられ始めた。
「二人共、話し合いはそこまでだ。そろそろ退避するぞ」
「オレに指図するんじゃ──」
「いいから付いて来い」
説明している暇はないので語気を強めてそう言い、走り始める。
不味い状況であることは伝わったらしく、ゼルバーも素直に付いてきた。
それから私達が充分に離れた地点で戦闘態勢を取った時。
ザフッ。
砂の中から飛び出した
ガチガチと数度牙を鳴らし、攻撃が空ぶったことを知ったソイツは砂の上に浮上する。
「砂泳鮫、銅級魔物だ!」
その姿を見とめて仲間達に告げた。
現れたのは灰色に近い肌を持つ鮫のような魔物。
砂の上にプカプカ浮かぶ砂泳鮫から鋭い眼光が向けられる。
「何故魚が砂漠に……?」
「そういう魔物何だよッ」
それ故の砂
この地の魔物は水棲生物系が大半を占める。
このエリアでは、砂の中を泳ぐ魔物達を警戒しなくてはならない。
「シャアアァァ!」
砂泳鮫が叫びを上げながら
本物の鮫のことは知らないが、砂泳鮫は威嚇の咆哮を発しながら攻撃することが多い。
「チッ、お前らは退いてろ。ここはオレが」
「心配は無用だ、もう終わる」
砂を掻き分けスイスイ進む砂泳鮫はどんどんと加速し、そして大鎌に頭から突っ込んで真っ二つになった。
緑色の血が撒き散らされ、砂を泳ぐ力を失いめり込むようにして砂地に埋まる。
「…………」
それらを成したミーシャは音もなく地に降り立つ。
風圧で灰色の髪が舞い上がり、普段は隠れがちな碧眼が現れた。
そんな彼女は得物の大鎌を背負い直すと、スタスタと砂泳鮫の死体に近寄り、小振りのナイフを取り出して解体を始めた。
「なっ!? 今、どこから現れた!?」
「空中だ。ミーシャは熱で光を歪ませる魔技も扱える」
「……いつからそこに潜んでいた?」
「君がベックと話していた時だ」
私もナイフを取り出し、解体を手伝いながら答える。
ミーシャの天職は『静粛の粛清者』。
『サイズマスター』よりも基礎能力は落ちるが、その代わりにレアな隠密系能力が内包されている。
天職の加護で自身の音や匂いを薄れさせ、奇襲を仕掛けるのがミーシャの得意戦術だった。
また、魔導師ばりの知識を持つ彼女は即席で魔技を組むこともでき、それにより対応力を高めている。
砂海領域のような障害物のない場所でも、姿隠しや浮遊などの繊細な魔技を駆使して敵の虚を突けるのだ。
そんなミーシャの戦いを見るのは初めてなためか、ゼルバーは大変驚いた様子であった。
「スッゲーよな、あの隠密能力。音もほとんどしねぇから初め見た時は幻影かと思ったぜ」
なお、ベックはミーシャの戦い方を知っている。
班が決まってから一度、戦法のすり合わせのために合同で偏魔地帯に行ったのだ。
ゼルバーには欠席されたが。
「ハッ、凄いものか。不意打ちなど卑怯者のすることだ。真の強者であるならば正々堂々打倒すべきだろう」
「それは些か乱暴が過ぎる主張だな。決闘であるならばいざ知らず、討伐任務でまで真っ向勝負をする必要はないだろう。無駄な消耗を抑えるのも騎士には大切なことだぞ」
「……っ」
そう咎めるとゼルバーは露骨に顔をしかめた。
彼は繊細な
消耗を抑えることの重要性は頭では分かっているはず。
にも拘わらずあんな暴言を吐いたのは、己の信条なり思想なり、何かしら琴線に触れものがあったのだろうか。
何にせよ褒められたことではないが、ここで咎めても意味が無い。彼の性格からして反発されるだけだろう。
当初の予定通り、もう少し親交を深めてから忠告すべきだ。
(ミーシャには後で謝らないとな)
朝に挨拶をしたきり一言も喋っていない彼女も、心の中では傷ついていると思われる。
また何かで埋め合わせをしなくては。
【魔法剣】の助言をしてくれたお礼には菓子折りを贈ったので、今度は別の物が良いだろう。
そんなことを思案しながらも黙々と解体を終え、それから深部方面に向かって再び歩き出したのだった。
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