第33話 報告会

「んで、結局こいつは何だったんだろうな」


 ワームの死骸を見ながらベックが呟いた。


「特徴はアインクラッドワームに近いらしいが、普通はこの葉脈みたいな模様は無いんだったな?」

「…………」


 ミーシャが無言で頷く。


「ゼルバーは何か知らないか?」

「……ワームとは何度も戦っているが、こんな種族を見たのは初めてだ」

「そうか」

「だが、この黒い脈からは地属性を強く感じるな」


 ワームの体を触りつつゼルバーは言った。

 全ての魔物には地属性の魔力が含まれている。

 その含有割合が魔物の危険度の指標の一つだ。


「量はどのくらいだ? 他の銀級魔物と比べて多いか?」

「遥かに多いな、断言してもいい。オレも全ての魔物の魔力割合を覚えているわけではないが、これほど濃密な地属性魔力はかつて倒した金級魔物ですら持っていなかった」

「そんなにかよ……」


 アインクラッドワームは銀級魔物だそうだが、今回のワームは金級に食い込むくらいの手応えがあった。

 春休みに戦った雷使いのトレントと同じか少し下くらいである。

 その強さの秘密はこの属性偏重にあるのかもしれない。


「……アインクラッドワームが地属性の種族に進化した、ということか……?」

「逆に地属性のワームが進化で金属性になったのかもしれないぜ」


 取りあえず、パッと思いつく可能性を挙げてみた。


「です、が……こんな筋、がある、地属性の魔物、は、知りません……」

「オレもこの森には何度も来たがこんな特徴を持つ魔物は見たことがない」


 私達の予測をミーシャ達が否定する。

 正直なところ彼女らの意見には私も同感だ。

 私の知る二重属性魔物は、もっと属性同士が溶け合っていた。


 例えば水と土の属性を持つスワンプゴーレムなどは、水でも土でもない泥の肉体を有する。

 変幻自在な動きと体内から岩を発射する攻撃が厄介だった。


 その点、あのワームは地属性の能力を使っていない。

 たとえ進化したてであったとしても、己の能力の扱い方は魔物ならば自ずと分かるはずだ。


「どちらかと言えばこの魔力は〈狂騒注入〉に近いと感じられるが……」

「〈狂騒注入〉? なんだそれ」

「父さんの作った魔技だ。テイムウィザード用の魔技で、地属性の魔力を魔物に投与し、一時的に基礎能力を向上させられる。まあ、アレを使ってもこんな黒い筋は生まれないから無関係だと思うがな」

「初めて、聞き、ました……。珍しい思想、の魔技、ですね……」

「そうだろう、父さんは凄い人だからな」


 …………。


「……ここで考えていても埒が明かないな。取りあえず今はこれをどう持ち帰るか考えよう」

「そうだな。ワームは大きすぎて空間拡張袋の入口を通らん」

「……解体、しましょう」


 ミーシャが大鎌を構え、ボソッと言った。

 ちょっと怖い。


「〈大切断〉」

「〈溶岩刄〉、〈大切断〉」

「〈真夜中の断頭台〉」


 とはいえ、提案自体は至極真っ当なものなので採用し、闘技や魔技でワームをバラしていく。

 戦闘で使えるほどの練度ではないが、私も〈大切断〉は発動できる。


「よし、これで最後!」


 半月型に両断されたワームの頭部を空間拡張袋に仕舞い、ベックが達成感に満ちた声を漏らした。

 大規模な切断技を持たない彼は、切り分けられた部位の回収を行っていたのだ。

 緑血で手がかなり汚れてしまっている。


「……〈ストリームサーキット〉」

「おっ、サンキューミーシャ」


 そんな彼を見かねてか、ミーシャが水流の輪っかを生み出した。

 ベックは早速手を入れて緑血を落としていく。

 ミーシャの属性適性では戦闘に使えるほどの出力は出ないが、術式知識が豊富なため便利な魔技をいくつも使えるのだ。


「……ぉ気に、なさらず……わたくしも、洗いたかったので……」


 近接攻撃をしていた私とミーシャにも、緑色の血痕がべったりと付着していた。

 彼女は水流を頭から被り、ついでに私も洗わせてもらう。


 制服はずぶ濡れになったが、ミーシャが魔技を解除するとすぐに乾いた。

 発動者の意思で消せるという魔象共通の性質は洗濯などでは大助かりだ。

 それから太陽の位置を確認して提案する。


「時間もちょうどいい、そろそろ昼休憩にしないか?」


 仲間達から反対意見は出ず、この場で昼食を取ることになった。

 蛾種とワームの戦闘、及び私達とワームの戦闘が行われたことでこの辺りの木々は折れた物が多く、視界が開けているのだ。

 蛾の魔物の死骸が少し残っているのだけはマイナスポイントだが。


「今回は二人から先に食べてくれ」


 倒木に座ったゼルバーとミーシャに、水や食料の入った小容量の空間拡張袋を渡す。

 そして、二人の後に私とベックも食事を取ったのだった。




 昼休憩を終え、私達は一度トビー達の居る大樹の広場に戻った。

 ワームのことを報告するのと、容量がかなり心許なくなった空間拡張袋を交換するためだ。


 その後はまた探索をした。

 ワームのような手掛かりになりそうな発見はなかったものの、それなりの数の魔物を討伐。

 程よい時間に集合場所へ行き、全班が集まったところでセロナの街に帰還した。


「それでは今回の成果を確認して行く」


 騎士団本部の素材倉庫、その解体用のスペースにてトビーがそう宣言した。

 最初に名指しされたのは第二班の班長であるネイスだ。

 私達の前に進み出て、今回の調査での発見を述べて行き、それが終わると他の生徒から質問を受ける。


 そのようにして一班一班報告をしていき、私達の順番が回って来た。


「私達の調査において、最も特筆すべき発見は特異な進化を遂げたワームだ」


 言って、空間拡張袋からワームの頭部の片割れを取り出す。

 こうして成果を実際に見せられるよう解体スペースを借りているのだ。

 半分に斬られたワームの頭はなかなかグロテスクだが、この程度で怯む者はこの場には居ない。


「見ての通り、このワームには特異な黒い模様がある。原因は不明だが、班員のゼルバーによるとこの模様からは──」


 報告を終えて質疑応答に入る。

 その中で、本当に地属性魔力を持っているのか、ゼルバー一人の証言では不安だという話になり、魔力感知の得意な生徒数人がワームの死体を検分することになった。


「あ、本当ですね。皮膚の奥から強い地属性魔力を感じます」

「当然だろう、このオレが言っているのだからな」


 腕を組んだゼルバーが得意気に答える。

 とまあ、そうして私達の報告もトラブルなく終わった。

 全ての班の報告が済み、明日の行動方針についての話し合いが始まる。


「ハグレが増えている原因は、恐らくこの巨大コロニーだろうな」


 光の天属性魔技で宙に投影された簡易地図を指さし、トビーはそう言った。

 簡易地図の中心は大樹の広場であり、そこから北西に進んだ部分に丸印が付けられている。


「ネイス班の報告にあったように、巧妙に隠されたこのコロニーには無数のアントが潜んでいると考えられる。コロニーの規模や隠蔽する知能があることから、その脅威度は白金級に届く可能性も充分にある」


 ネイス班が発見したのは、蟻種の超巨大な巣だった。

 深部全体に広く根を張っていたため全容は掴めなかったそうだが、大本となる場所は見つけられたらしい。

 それが丸印の地点だ。


 森で起きている異変はハグレの多発であり、それは蟻種に限った話ではない。

 けれど、森の魔物の勢力図が変わったことで他の種の進化体が縄張りを追われるのはままあることだ。

 この巨大コロニー、及びその中心にいると思しき特異進化体が異変の原因である確率は高いだろう。


「故に明日は全班合同でこのコロニーを叩こうと思う。異論がある者は言ってくれ」


 私達の見つけたワームの件もあり、原因を断定してしまうのはまだ尚早ではないか、という意見も出た。

 しかしながら相手の戦力が未知数であるため、巨大コロニーに集中した方が良いという結論に。

 そうして明日の予定が決まり、しかしその後も班同士の連携や予想される敵の特徴について議論を交わすのであった。

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