第34話 コロニー破壊作戦

 遠征四日目、一年一組は蠢蟲の森深部に集合していた。

 ティーザ先生やその他の武術師範も全員来ており、敵の戦力が想定以上であった場合への備えも万全だ。


『よし、各班配置に着いたな』


 木属性初級魔技〈風説運び〉に乗って、トビーの声が聞こえて来た。

 各班はとある地点を中心に、円形状に散らばっている。

 円の直径はかなり長いので、普通に叫んでも聞こえるかは怪しい。


 そのため〈風説運び〉で風に乗せて指示を伝えるのだ。

 魔力消費が少ない上、ほとんど時間差なく届く優秀な魔技である。


『合図を出したら各班、破城級攻撃の準備を始めてくれ。まずはクリス、頼む』


 クリスはネイス班のメンバーだが、今日はトビー班と一緒にいる。

 というのも、彼がこの作戦の要だからだ。


 そもそも、巨大コロニーの存在を発見したのもその本拠地がここであると突き止めたのもクリスである。

 【土の王冠レプリサンド】というカーディナルを持つ彼は、土属性適性が途轍もなく高い。

 天職が『ファイアウィザード』であるにも関わらず、土属性魔技をメインに扱うほどだ。


 そんな彼は〈圧力探砂〉の改良版である、土に加わる力を感知する魔技で索敵を行える。

 だから地下に空洞があると気付けたのだ。

 初めはただの蟻種の巣だと思っていたそうだが、調査を続ける内にその規模が並大抵のものではないと判明したという。


『第六班、始め』


 そうこうしている内に私達の班にも攻撃準備命令が下された。

 ゼルバーが魔力を練り始める。


 今回の作戦の第一段階は、破城級攻撃の集中砲火だ。

 攻撃同士がかち合わないよう、攻撃役は各班一人までで、トビーの合図に従って順番に攻撃して行く。

 それ故、攻撃役は破城級魔技を扱える魔技使いや、高火力の【カーディナルスキル】持ちが務める。


 実のところ後者には私も含まれているのだが、あの技は水平より下に向けては放ちづらい。

 振り下ろせば放てはするが、そうすると今度は森や生徒や冒険者達に被害が出かねない。

 加えてこの班にはゼルバーがいるので、この作戦では私は護衛役だ。


『──クリス、始めてくれ』


 〈風説運び〉を介してそんな声が聞こえた。

 途端、大地を莫大な魔力が駆け抜ける。

 事前に何も聞いていなければ、反射的に防御を取っていただろう。


 まあ、この魔技の攻撃範囲を囲うようにして各班は配置されているので警戒する必要はないのだが。

 私達が固唾を飲んで見守る中、変化は急激に訪れた。

 森が、木々が、地面がみるみる陥没して行くのだ。


「これ、が……〈土神の御手クロノスグラスプ〉……」

「さっすが破城級魔技ってのぁスケールが段違いダンチだわ」

「壮観だな」

「フン、オレの方が凄いぞ」

「テメェは魔技の構築に集中してろ」


 沈下する重低音に混じり、ブチブチブチと何かが潰れる音がした。

 土属性の破城級魔技〈土神の御手クロノスグラスプ〉の効果は、土に属する物体の支配だ。

 広範囲の土や岩を術者の意のままに操り、攻撃に防御に捕縛に工事にと数多の用途で扱える。


 それによりクリスは蟻やその巣を地面で圧し潰していく。

 彼に課せられた役割は雑兵退治と逃げ道の封鎖。

 無論、この攻撃でコロニー全体を潰せればそれが最善なのだが、


『クイーンと思しき反応への攻撃は失敗、多段砲撃作戦に移行する』


 相手が無防備でいるはずがなく、案の定クリスの攻撃は防がれてしまったようだ。

 コロニー全体には防衛魔技が付与されており、その強度はクイーン──コロニーのリーダーの仮称──が居る最奥部周辺ほど堅硬になっていた。

 末梢部は小枝をへし折るが如く簡単に潰せたとしても、最奥部に近づくにつれ破壊に手間取るようになる。


 その間に追加で防御魔技を発動されれば、如何いかな破城級魔技と言えども押し切れないのだ。


 とまあ、ここまでは想定内。

 クリスは段取り通り、最後の仕上げにコロニー周辺の土を一斉に取り払った。

 そうして出来たすり鉢状の大穴の底には、木や金属や氷や岩石に覆われたドームが一つ。


『ネイス班、攻撃っ』


 指令と同時、爆音が森を揺らした。

 音の発生源はドームにめり込んだ鉄球。

 ネイス班のピエールの得意技、【トリックハット】により鉄球を最大加速させて放つ〈フリーボール〉だ。


 これだけ準備時間があれば鉄球は終端速度に届いているはずだが、それに耐えるとはあのドームも生半なまなかな代物ではない。

 〈土神の御手クロノスグラスプ〉の干渉力、及び圧力に耐えているのだから当然ではあるが。

 その後、すぐさま次の班の攻撃が放たれたが、ドームはそれも受け切った。


 損傷が見る間に修復されて行く様からは、生き残りが必死に魔技を継ぎ足していることが窺えた。

 ここからでも感じられる強烈な魔力に混じり、いくつもの小粒な魔力がドームには込められている。

 強烈な反応がクイーンの魔力で、他のが生き残った手下のものだろう。


『ジークス班、攻撃っ』


 そんな風に観察している間に気付けば私達の番となっていた。

 ゼルバーと目を見て一つ頷く。

 そして彼の持つ最大最強の魔技が解き放たれた。


「〈黒縄地獄〉」


 ゼルバーが掲げた杖の先端から黒い縄が飛び出す。

 縄は全部で十六条あり、漆黒の炎を纏っていた。

 怒涛の勢いで上空に伸び上がった黒縄達は、山なりの軌道を描きつつ四方八方からドームに殺到。十重二十重に縛り付けてしまった。


「焼き焦がせ」


 刹那、黒炎の火勢が激化する。

 その火力もドームは削られ、さらに黒縄の圧力でミシミシと亀裂が入り出していた。

 凄まじい魔技である。


「くっ、そろそろ限界か」


 しかしながら、これもそう長くは続かない。

 破城級魔技の難易度は上級までとは次元が違う、らしい。

 いくらゼルバーでも発動するだけで精一杯であり、持続時間も短縮されてしまう。


 ゼルバーが杖を降ろすと黒縄も黒炎も消え、真っ黒な焦げ跡だけが魔象の存在を証明していた。

 その後も次々に攻撃が撃ち込まれて行き、第十班の攻撃の直前、変化が訪れる。

 初めより二回りほど小さくなったドームに穴が開き、そこから蟻種達がウジャウジャと湧いて出たのだ。


『構うなっ、サレン班、攻撃っ』


 それらは続いて放たれたサレン班の攻撃によってまとめて凍り付いてしまう。

 無事に急襲を凌げたことへの安堵。

 そんな一瞬の気の緩みを突くようにして、ドームが爆裂した。


『防御体勢っ』


 破片が飛び散り各班を襲う。

 だがこの程度の速度で、しかもこれだけ距離があれば防御は容易だ。

 飛んできた氷の破片を木の根で叩き落す。


 この程度なら他班の心配も不要だろう。

 それより今は、


『クイーン出現っ、皆っ、作戦通り頼む!』


 ドームを飛び出したクイーンに集中しなくては。

 クイーンの肉体は、全体的にゴツゴツとしていた。

 体高は二メートル弱だが、肉体のパーツ一つ一つが岩石になっており、非常にいかつそうな印象を受ける。


 しかし、そんなことよりも目を引く特徴が一つ。

 クイーンのいわおの如き肉体。

 その何よりの特徴は、甲殻を走る黒い筋だった。

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