第41話 ワームワームワーム
「それではさらばだ。フハハハハッ」
大きな哄笑を残し、領主の〈ドッペルゲンガー〉が消滅する。
それと共に庭のワームがこちらに向かって動き出した。
あまり考える時間はなさそうだ。
「取りあえずあのワーム達を撃退します、いいですねリータさん?」
「あ、ああ、そうであるな」
騎士のリーダーであるリータさんの合意を得るや、窓を開け放ちベランダを越えて庭に飛び降りる。
三体のワーム達が一斉に突進して来ていたからだ。
伯爵は三択がどうたらと言っていたが、研究所は罠である線が濃い。
そして蛾種魔物の襲撃は、先の放送が『避難勧告』ではなく『注意喚起』だったことから騎士団の戦力で対処可能と考えられる。
最優先は目前の魔物と判断したのだ。
「ミーシャは他の敵がいないか索敵っ、ベックは上から援護と屋敷の防衛っ、サレンは降りて一緒に戦ってくれ! 〈雷刄〉二重、〈空歩〉」
落下中に指示を伝え、並行して戦闘準備を整え、宙を蹴ってワーム達に飛び掛かって行く。
その時、私を追い抜きワームを斬り付ける影が一つ。
「〈閃々〉ッ、二体はワタシに任せて!」
「助かる!」
ワーム二体を瞬く間に刻んで行くサレンに礼を言いつつ、私は残り一体のワームと相対する。
〈迅歩〉で噛みつきを躱しつつ懐へ飛び込み、雷付きの斬撃を叩き込んだ。
そのワームの体表には蔦が這っており、恐らくは木属性。
同属性に耐性があるのか、麻痺の効果は薄そうだった。
「解除、〈水銀刄〉」
後退し、属性を変更する。
と、そのとき背後で二人分の着地音が聞こえた。
「我々も戦いましょう!」
リータさんともう一人の騎士だ。
助力はありがたいがしかし、彼らがここに居ることには疑問が湧く。
「伝令は良いのですか?」
「うむ。潜入した騎士は逃げ果せた、という伯爵の発言をそのまま信じた訳ではない──」
そこを疑っていたからこそ、彼らの初動は遅れたのだ。
ここで魔物を倒すか、情報を確実に伝えるかは悩ましい選択肢であった。
「──だが、我々が戻らなければどのみち伯爵が怪しまれよう。それに市民の守護こそ騎士の最重要任務なれば、まずは街中に侵入した魔物を倒すべきである!」
そう叫んだリータさんは、得物である大槌をワームの横っ腹に打ち付ける。
けたたましい衝突音と共にワームの体が軽く十メートルは吹き飛んだ。
伯爵家の広大な庭園でなければ庭の外に出ていただろう。
「たっ、探知魔技っ、発動、完了しましたっ。少なくとも、今、はっ、地中含めた周辺、に敵は、おりませんっ。これ、より、
ミーシャも参戦したことでワームはいよいよ追い詰められた。
破れかぶれの攻撃は予測しやすく、回避も反撃も行いやすい。
そして、そこへさらなる援護も加わる。
「〈シェイドセイバー〉を撃つ、躱してくれ」
「! 了解した」
ワームの四方を取り囲んでいた私達が飛び退くと、間髪入れず闇の剣刃が飛んで来た。
一際大きな血飛沫が上がる。
身をくねらせるワームを警戒しつつ、背後に問いかける。
「ゼルバー、大丈夫なのかっ?」
「……あぁ、心配は不要だ」
肉親があんなことになった──あんなことをしていた、と言った方が正しいか──ので敢えてそっとしておいたのだが、ゼルバーも戦ってくれるらしい。
無理しなくていい、と言いかけて口を噤む。
戦力は十二分だったが、かといって何もせずにいれば色々考えてしまって辛いかもしれない、と思ったのだ。
かくして、ワーム一体に六人掛かりで対処することとなった。
サレンの方にも援軍を送りたいが、彼女は縦横無尽に跳ね回っているため、下手な援護では邪魔になりかねない。
その彼女が隙を見て叫んだ。
「ごめんっ、やっぱワタシ研究所を見て来ていいかな!?」
戦力に余裕ができたが故の提案だろう。
伯爵の言葉の信憑性が薄い以上、研究所の優先度は低い。
仮に伯爵が研究所に居るのなら、そのことを私達に伝えるメリットは無い。
今頃は秘密通路か何かで逃げていて、研究所は囮の可能性が高い。
わざわざ誘導していた様子から、罠が仕掛けてあると考えるべきだ。
しかしながら、万が一研究所に居た場合、黒幕をみすみす見逃すというのももったいない。
そしてサレンならどのような罠があろうとまず負けない。
リスクが少ないのならば見るだけ見て来てもらった方がいいだろう。
「私は賛成だ。リータさんはどうです?」
「……いいだろうっ、この場は我々に任せて研究所の確認を頼む!」
「分っかりました! じゃあ行ってきます、〈閃々〉!」
最後にワームの体表を大きく斬り裂きつつ、サレンは研究所の方へと駆けて行った。
「ヤバそうなら空に合図を出せっ、その時は外から水没させる!」
彼女の背中にそう声を掛け、頷いたのを確認してから目前のワーム達に向き直る。
敵の数は三体に増えたが、サレンが戦っていた二体は既に瀕死で、私達が戦っていた個体も虫の息。
負ける道理はない。
「〈連鎖劈開〉!」
「〈
「〈ダークバースト〉っ」
「ギジュゥゥ……っ!」
ベック、ゼルバーと共に蔦のワームを攻め立てる。
サレンが戦っていたワーム達はミーシャと騎士二名が引き付けてくれている間に、私達はこちらの相手に集中だ。
戦力に余裕を持たされている分、早く倒して加勢しなくては。
「ギシュゥッ」
「っ!?」
刻一刻と弱って行く蔦ワームだったが、ここで起死回生の一手に出た。
全身の蔦を伸ばし、私を絡め取ろうとしたのだ。
とはいえ、これでもフーカ流舞闘術を修める身。
緩急自在の歩法で蔦を掻いくぐったのだが、ワームの攻撃は終わらない。
回避の隙を狙い、大口を開けて飛び掛かって来た。
「〈迅、いや──」
さらに逃げようとして、踏み止まる。
ここは反撃のチャンスだ。
魔力強化により引き延ばされた知覚時間の中、私は剣に魔力を込める。
「〈火纏〉、〈火纏〉──」
剣を振りかぶりつつ、何重にも【魔法剣】を発動。
〈刄〉を使わない通常の〈纏〉であれば、瞬時に幾度も発動できる。
ただし、〈伏〉を使っているので剣の見た目に変化はない。
「シィッ!」
一瞬の内に七度〈火纏〉を重ね、剣を放り投げた。
剣は一直線に大口へと飛んで行き、それが呑み込まれるのを確認しない内に私は〈迅歩〉で離脱する。
〈纏〉と投擲に時間を取られたが、すんでのところで躱し切れた。
「〈伏〉、全解除」
ワームが私を追おうとしているのを背で感じつつ、先程の剣に仕込んだ炎の魔象を一気に最大火力にする。
「ギュシィィィイイっ!?」
剣の行方はこの叫びが教えてくれた。
どうやらきちんと呑み込ませられていたようだ。
「ゼルバーっ、あの技は長くは持たないっ、早めにトドメを頼む!」
「任せておけっ」
のたうつワームから距離を取りつつ叫ぶ。
先程使ったのは魔象を重ね掛けする技、〈
仕組みは単純、同じ魔象を多重に纏わせるだけでいい。
しかしながら、以前試した時のように魔象同士は打ち消し合う。
仮に炎の魔象を二つ纏わせたとしても、十秒足らずで対消滅するのだ。
だが、それは裏を返せば十秒ほどは二つの魔象が同時に存在できるということ。
無論、一瞬ごとに威力は弱まって行くが、少なくとも発動したその瞬間の威力だけならば単純計算で通常の二倍だ。
三つに増やせば三倍だし、七つに増やせば七倍だ。
とまあこのように、力押しの思想で生み出されたのがこの〈
私は今のところ七つまでしか同時に魔象を纏わせられないが、今後の成長次第では無限に威力を向上させられるロマンに溢れた技だ。
「墜ちろ、〈ミッドナイトフォール〉」
そんなことを考えながら逃げているとゼルバーの魔技が完成した。
炎の魔象が消えてもぐったりとしていたワームに、闇の奔流が降り注ぐ。
魔技が終了した後、残っていたワームは半身が消滅していた。
「討伐完了、あちらの援護に向かう」
後衛の二人にそう伝え、私は予備の剣を引き抜いた。
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