第44話 第二ウェーブ

 ワームを倒した私は、すぐさま残り二体の戦場へ救援に向かった。

 騎士やミーシャと協力してその二体も倒し、そこへサレンが帰って来る。


「ごめーん、待ったー?」

「いや、私達も今倒したところだが……本当に研究所に居たのか」


 彼女は気絶した伯爵を担いでいた。

 〈ドッペルゲンガー〉の放つ魔力も感じないので本体だろう。


「うん、逃げる準備の途中だったみたい」

「見に行ってもらって正解だったな」


 縄で縛られた伯爵を見て呟く。

 縄は研究所から拝借したのだろう。


 とはいえ、それだけで安心はできない。

 伯爵の魔力強化の練度ならば、ただの縄など強引に引き千切れる。

 そもそも伯爵は魔導師なのだから物理的拘束では効果が薄い。


「ありがとうございました、サレンさん。取りあえず騎士団本部へ戻りましょう」


 伯爵が目覚める前により厳重な拘束を施すべく、リータさんと本部に向かう。

 なお、屋敷の人々や警備の衛兵に事情を説明するため、もう一人の騎士は残ることになった。


 そうして本部へ戻る道中、こちらへ駆けて来る一団に出会う。

 彼らのほとんどは騎士であり、話を聞けば彼らはクレイスさん──伯爵に見つかって逃げた潜入の得意な騎士──から報告を受け、伯爵の捕縛に遣わされたらしい。


 なお、ほとんどと言うのは一名、学院の武術師範も混ざっているからだ。学院生が巻き込まれたためだろう。

 そんな彼らは私達の無事を見て安堵した後、担がれた状態の伯爵を見て驚いた。


「お、お前達だけで倒したのか!? クレイスから脅威度は白金級だと聞いていたが……」

「こちらのサレン殿のお陰です。彼女は『剣王』ですので」


 図らずも目的が果たされた彼らも合流し、一緒に本部へ帰還。

 蠢蟲の森から溢れ出した魔物は撃退できたらしく、慌ただしい様子ではあるものの戦闘音はしていなかった


「何をしているっ、お前達は伯爵捕縛及び学院生救出の任に就かせたは、ず……両方達成してるだとっ!?」


 登場早々オーバーなリアクションをなさるアンドラス副団長。

 次いで、近くに居たティーザ先生もやって来て心配の言葉を掛けてくださる。


 だが、どこか上の空なゼルバーはともかく、他のメンバーは大して疲労していない。

 会議室に移動し、リータさんが報告に同席した。


「──うむ、概要は把握した。よもや伯爵が犯人だったとは……。君達に使いを頼んだ判断は軽率であった、危険に晒してしまい誠に申し訳ない。謝って済むことではないが、この通りだ」

「いえ、私は気にしていません。交戦を選んだのは自身ですので」


 伯爵はわざわざ私達を殺そうとはしていなかった。

 三体のワームも足止めのためであり、逃げようと思えばいつでも逃げられた。

 そうすると屋敷や街に被害が出かねないため私も仲間達も戦うことにしたのだが。


 と、そのように全員で説得して頭を上げてもらい、話題はこれからのことに移る。


「疲れただろう、後のことはそれがし達に任せ、宿舎に戻って休息を取っていてくれ。学院生の入浴の時間は一時間後ろにズラすことになったから間違えないように」

「分かりました」


 蛾種襲撃の影響を感じながら会議室を出ようとしたその時。

 突然扉がバンッ、と開いた。


「大変です副団長っ、空に再び魔物の群れがっ」


 飛び込んで来た騎士がそう言った数秒後、敵襲を知らせる鐘が鳴り響く。

 どうやら問題はまだ収まっていないようだった。




「何をしたっ、ヘンダー・デン・マルセル!」


 ところ変わって尋問室。

 話を聞いた私達はマルセル伯爵の囚われているそこへとやって来ていた。

 アンドラス副団長の詰問に、伯爵はけろりとした表情でとぼける。


「何を、と聞かれてもそんな抽象的な質問には答えられんな。一体何のことを言っている?」

「外を飛んでいる蜂種のことだ!」


 激昂する副団長が胸倉を掴んだ。

 荒事に身を置く者特有の気迫を感じる

 しかし、手足を特殊な魔具で縛られ身動きの取れない伯爵は、それでも余裕を崩さない。


「どうせ察しは付いているのだろう? あれは私の“従者”だよ。正確にはテイムしていたのは進化体だけで、残りは間接的に操っているだけだがね」

「目的は何だっ、どこに向かわせようとしている!?」


 蜂種の魔物達は領都に近づかず、むしろ迂回するように移動していた。

 私達が迎撃せず伯爵に話を聞きに来たのはそのためだ。

 距離があるため手が出せないのである。


「知りたいならば教えてやろう、交易都市トランドだ」

「おいっ、早くトランドに追加の急使を送れ!」

「今更何をしても無駄だ。領都ほどに騎士はおらず、主要な冒険者達も出払っているあの街では耐えられん。それにビ―種は魔導師学園を滅ぼすための本命、他の二種の群れとは強さが違う。多くの者が死ぬだろうな」

「そこまで分かっていながら何故このようなことをする!?」


 その問いかけに対し、伯爵は狂ったように笑って、かと思えば急に憤怒の形相になって吼えた。


「復讐だっ、私の復讐を邪魔してくれた貴様らへのな! よくも我が半生を掛けた復讐計画を阻んでくれたな! あと一歩で全ての準備が整ったというのに! いいか、貴様らが余計な真似をしたせいで大勢死ぬことになるんだぞ! フハハハハッ!!」


 途中まで怒っていたかと思えば、急に再び笑い出す。

 何と言うか、情緒が不安定ご様子だ。

 どこか投げやりな印象を受ける彼の哄笑を、副団長が殴って止めた。


「戯言も大概にしろ! いいか、今すぐ魔物共を引き上げさせろ。貴族なら拷問されないなどと考えているなら大間違いだぞ!」

「おやおや良いのかな? 騎士が無抵抗の人間を殴ブッ!?」

「無駄口を叩く暇があったら早く止めさせろ!」


 先程とは反対の頬をつ副団長。

 その勢いで伯爵の体が倒れた。

 それでも気にした様子の無い伯爵に、一人の学院生が近付く。


「父さん、もう止めてくれ。復讐なんてして何になるんだ。父さんの魔技凄いんだから、きちんと罪を償えば必ず──」

「黙れ愚息が! 使命も果たせん役立たずの分際で、私の魔導を知った風に語るんじゃない!」

「…………っ」


 聞くに堪えないことを言う伯爵を副団長が蹴り飛ばし、さらに絞り上げようとしたところで待ったが掛かる。


「駄目だわ副団長。今、観測班から報告があったの、既に魔物のテイムは解かれてるみたいよ」

「何だと?」

「クックッ……」

「ならば何故群れは移動を続けている?」

「最後の命令を上回る行動原理が無いからじゃないかしら。魔物は元来、他生物を襲う生き物。強制力が働かなくなっても街を襲うという命令に逆らう必要がないもの」


 魔物に詳しい騎士である彼女はそう伝えた。

 伯爵の意思次第でどうにかできる、という状況から一転し尋問室に居た他の騎士達にも焦燥が広がって行く。


「ど、どうしますか副団長!?」

「征伐するしかなかろう」

「し、しかし蜂種の移動速度は速く、街からでは破城級魔技もほぼ射程外ですが……」

「ぐぅ……近接戦の得意な者で突撃するしか……」

「……洗脳系のカーディナルで群れのボスを操って止めさせるってのはどうだ?」

「難しいんじゃないかしら。これまでの例に倣うならボスの強さは白金級一歩手前。そんな魔物に精神干渉できるような使い手、多分この街には居ないわよ」


 喧騒に包まれ出した尋問室から、一人の少女が出て行こうとする。

 その前にティーザ先生が立ちはだかった。


「サレンさん、どこに行くつもりですか?」

「もちろん群れのところです。ワタシは『剣王』として皆を助ける責任が──」

「早まってはいけません。上空であんな数の敵と戦えば無事では済みませんよ」


 諭すように言う先生。

 けれどサレンも引く様子はない。

 そこへ割って入ったのはゼルバーだった。


「オレの〈逢魔の闇〉なら無理やり引き剥がせる。オレに行かせてくれ」

「ハハハハハッ、ゼルバーそれは不可能だァ! 〈逢魔の闇〉よりも〈地染め〉を施した魔物の統率能力の方が支配力は上なのだからなぁ!」

「ならワタシがそいつを殺せば……っ」

「ですから独断行動は危険です。暫定白金級の魔物が上空で、数えきれないほどの手勢を従えているのです。いくらサレンさんといってもただでは──」

「先生、少しよろしいでしょうか?」


 そこでようやく、私は尋問室に入ってから初めて言葉を発する。

 見落としが無いか入念に振り返り、抜かりはないと、そしてこれが最善であると確信できたためだ。


「私ならあの群れを壊滅させられるかもしれません」

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