第43話 黄色い短刀

 ベゴンッ──ガランっ、ガラン。


 研究所入口の扉が吹き飛び、耳障りな音が響いた。


「何事だっ!?」


 慌てて物置部屋から出た伯爵は、入り口前に佇む一人の少女を見つける。

 彼女の前には無残にも折れ曲がった扉が一枚。


 この研究所はヘンダーの主導で建築された施設である。

 魔導師の知識を存分に活用し、付与系魔技をふんだんに使用することで、簡易的な要塞と呼べるまでの耐久力を持っていた。

 蟻種のコロニーをよりスマートにしたような形だ。


 当然、扉もそう簡単に壊せるようには作られておらず。

 それを蹴り一発で蹴破られたとなれば異常事態である。


「……貴様は……たしか先程ゼルバーと共に居た……」

「ゼルバー君の同級生のサレンだよ、よろしくね伯爵サマ」


 普段と変わらぬ気安い調子で自己紹介をした少女。

 そのまま自然な動作で研究所内に踏み入り、途端、入口の両脇にあった紫紺の石像が動き出す。


「「ガガガゴゴッ!」」

「えーと何だっけ、ガーゴ、ゴ、ゴー……レム……?」


 地属性と親和性の高い素材から作成される魔造生命体、ガーゴイル。

 悪魔種に似た姿のそれらは、ヘンダーが警備のために設置した物だ。

 優れた魔導師である彼の手で作られたため、その性能は一般のガーゴイルとは一線を画す。


 先刻侵入して来た騎士は魔力を巧妙に隠していたため素通りさせてしまったが、このように堂々と侵入されたなら正常に対応できる。

 瞳に赤紫の光を灯し、ギラリとした光沢を放つ大ぶりな鉤爪を振り上げ、


「〈炎尺外旋えんせきがいせん〉」


 腹部を斬り裂かれ、二体同時に機能を停止させた。

 先手必勝を基本理念とする魁炎流の一太刀が、ガーゴイルの行動より早くその胴体を両断したのだ。

 ついでに壁も少し斬られてしまったがそこはご愛敬。


 ガーゴイルの倒れる重々しい音をサレンは涼しい顔で聞いている。

 そんな彼女を拍手が称えた。


「見事だな。銀級相当のガーゴイルを一撃で、しかも二体同時に屠るか。青二才にしてはやるようだ」


 警備装置が破壊されてもヘンダーは余裕を崩さない。

 それに対し、少女の白緑の瞳が細められる。


「反応薄いなぁ、怖くはないの?」

「当然だろう。学生にしては多少は出来るようだが、目で追えぬ程ではないのだからな」


 一般に、闘気使いより魔力使いの方が動体視力は優れている。

 魔力が五感の強化に適しているからだ。

 魔力強化の“真域”に至っているヘンダーには、『剣王』の斬撃も目で追うことが可能だった。


 加えて間合い。

 ヘンダーの居る部屋は研究所の奥に位置し、サレンとの距離は二十メートル以上もある。

 この条件なら負けないと、伯爵自身は確信していた。


「それより、このような所に居て良いのか? 貴様の力があれば外のモス共か庭のワームか、どちらか片方は倒せただろうに」

「大丈夫だよ。騎士団もワタシの友達も、あなたが思うほど弱くはないから」


 自身に満ちた様子でサレンは言い切る。


「過大評価だな。モスはともかく、高々学生数人と騎士二人で〈地染め〉を施したワーム三体に勝てるものか」

「勝てるよ。てゆーかその“学生”には伯爵サマの息子も入ってるじゃん。あんなに強いんだしもうちょっと信用してあげてもいいんじゃない?」

「強い? 狭い学院で首位を取ることすらできない愚息アイツが?」

「一位だけが強い訳じゃないでしょ。二位でも十位でも百位でも、努力して掴めたならそれは立派な強さだよ。てか、さっきのワームくらいならフツーに勝てるでしょ」

「……随分と信用しているのだな」

「同級生だからねー。戦ってるとこは何度か見たことあるし、それに訓練めっちゃ頑張ってるのも知ってるから」


 あんな努力家、ゼルバー君の他には一人しか知らないよ、と付け加える。

 ゼルバーは伯爵から受けた虐待じみた訓練を入学後も継続しており、それなりの頻度で鍛練場を覗いているサレンはそのストイックな姿を目撃していた。


「……平行線だな。どちらの主張が正しいかはいずれ分かろう。それより来ないのか? 私は忙しいのでな、貴様がずっとそこで突っ立っているのならばもうおいとまさせてもらうが」


 時間稼ぎも限界か、とサレンは胸中で呟く。

 とはいえ会話の裏で、目の前の伯爵が〈ドッペルゲンガー〉でない確認は取れていた。

 【カーディナルスキル】のチャージも同様。


 後は打ち倒すだけである。


「これでも騎士志望だし一応確認しとくけどさ、投降するつもりはある?」

「ある訳なかろう。たとえ貴様の仲間達がワームを倒し駆け付けたとしても、私を阻むことなど到底叶わない」

「あっそ。じゃあ力づくで捕まえるね」


 言うや、懐から黄色い短刀を取り出す。

 それを見てヘンダーの警戒心が一段階上がった。


 黄色と言えば天属性の象徴色。

 そして天属性は地属性の天敵である。

 黄色いモノ全てが天属性に関連する訳ではないが、この状況で持ち出したのだから注意は必須であろう。


「成程、私が地属性の魔導師であるから、その魔具だかカーディナルだかがあれば勝てると踏んでいたのだな」

「勝算がなきゃ一人で来たりしないよ。ちなみにこれはワタシのカーディナルね」


 片手で短刀を弄びつつ、サレンは気軽に言い。

 そして自然な調子で一歩目を踏み出す。

 さらに二歩、三歩と加速して行き四歩目を踏んだ瞬間、無数の魔具が起動した。


 これらは伯爵の仕掛けた魔具だ。

 騎士団の手が研究所に及ぶ事態に備え多数の攻撃魔具を、一見してそうと分からないよう巧妙に設置していたのである。

 火、水、木、金、土。五属性の魔象が四方よりサレンに迫る。


「〈ダークネスバースト〉、〈シェイドセイバー〉、〈暗黒弾〉!」


 さらには伯爵も複数の魔技を同時発動。

 魔力操作を極め真性魔力を扱える彼の魔技は、中級ではあり得ないほどの威力を誇る。

 狭い廊下での回避は難しく、またこの物量を防ぎ切るのも困難だ。


 しかしながらサレンは逃げも隠れもせず、代わりに短刀を翳す。


「発動、【極光の寵児イエローナイフ】」


 光が現れた。どこか神秘的な印象を抱く、優しい白緑の光だ。

 虚空から滲むようにして現れた光帯は、瞬く間に廊下を満たす。

 カーテンのように揺らめく光。それに包まれた魔象は、跡形もなく消え去った。


「──は?」


 伯爵の放った魔技だけは減衰しながらも残っていたが、そんな微弱な物はただの剣閃で掻き消された。

 思考がフリーズする。

 目の前の事象を理解しきれなかった。


 そんな主人とは裏腹に、魔具達は設計通りに次の魔技を発動させる。

 魔象が宙に発生し、次の瞬間には白緑に溶けて行った。


「──光属性魔技の奥義、極光オーロラ系って知ってる? オーロラっていう光の帯の魔象を使うんだけどね──」


 ハッ、とヘンダーは気を取り戻すも時、既に遅く。


「──このオーロラの魔象には、魔技を分解する効果を乗せられるんだ。効果量はまちまちだけど、魔象はもちろん操作系魔技も強制的に解けるの──」


 伯爵の顔面を拳が撃ち抜き、間髪入れず膝蹴りが腹へ。


「──そして黄色い短刀を生成し、それを起点にオーロラの魔象を操れるのがワタシのカーディナル、【極光の寵児イエローナイフ】なんだ」


 聞こえてないか、と足元で気絶する男を見て少女は呟いた。

 それから一通り研究所を確認し、人質や魔物の類が居ないかを確かめるのだった。

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