第9話 森の魔物
「闘技も使わず瞬殺か。さっすがコウリア学院に通ってるエリートなだけあるな」
アルラウネ三体を撫で斬りにした私をベックがそう評した。
「浅部に出るのは銅級までなのだから当然だ。それにベックも今年から学院生だろう」
「あっ、そういやそうか」
ハッとした顔をするベック達と一緒にアルラウネの素材を剥ぎ取り、空間拡張袋に詰めていく。
学院の演習で何度か来ているので、この辺りの魔物ならどの部位に価値があるかは大体わかる。
ベックにも教えようと思ったが、彼も昔アルラウネ種の捌き方は知っているらしく、淀みなく素材を剥ぎ取っていた。
むしろ私より手際がいい。さすがは銀級冒険者だ。
「ね、ね、さっきの黒い【魔法剣】って何だったの? 私と前はあんなの使ってなかったよね」
「〈金纏・黒曜〉のことか」
同じく素材を剥ぎ取っていたサレンに訊かれる。
「あれは黒曜石を纏ったんだ。先日気づいたのだが【魔法剣】は魔象を纏うカーディナル、同じ金属性でも鉄以外を纏うことも出来るらしい」
「へー、まあ鉄だと重いし使い辛いよね」
「それもあるな。加えて鋭い」
解体用ナイフに黒曜石を纏わせる。
黒く薄っすらとした黒曜石が張り付いた。まるで刀身が一回り大きくなったかのようだ。
黒曜ナイフを走らせれば、さながら熟れた果実にそうしたみたいに、アルラウネの体は易々と切れた。
このように、黒曜石の魔象は鋭い刃の形状で現れる。
「よし、と。こんなとこだな」
「次を探すか」
魔石まで回収し終え、次の獲物を求めて森をさまよう。
自生している毒草なども価値があるものは採って行く。
少ししてからベックが注意を発した。
「そこの茂みに何か居るな」
言われて集中してみれば、微かな生物の魔力を感じることができた。
「良く気づいたな」
「このデッケ―耳は飾りじゃねぇんだよ」
ピコピコと犬耳を動かすベック。
獣人の五感は鋭敏だ。私も魔力で感覚強化はしているが全く気付かなかった。
三人で茂みを睨んでいると、程なくして魔物が姿を見せる。
「ゴブリンの亜種、ヴェノムゴブリンだな」
「ゴブリンはホントどこにでも居るな」
「邪精種だからね」
のそりと起き上がったのは体表が紫に染まった小鬼。毒に適応したゴブリン種、ヴェノムゴブリンだ。
私の半分ほどの背丈をしたそいつは、果敢にも単身、私達に向かって突撃して来た。
「次は俺の番だったな。【破岩の
そう言ってベックが踏み出すと同時、彼の手元に釘のような物が現れる。
「おらよっ」
その大きな釘を握って思い切り投げつけた。
「ゲギャっ!?」
釘はヴェノムゴブリンの腹部を貫通し、背後の木に突き刺さった。
ヴェノムゴブリンは毒の特殊能力を持つが、フィジカル自体は並みのゴブリンと変わらない。
騎士学院の試験を突破したベックの膂力で投げればこうもなろう。
「ちょいと力込めすぎたか、戻れ」
ボヤくベックの視線の先で、釘はひとりでに木からその身を引き抜き、そのままくるりと回ってゴブリンに先端を向けた。
そして何の前触れもなく飛翔。倒れるゴブリンの額に突き刺さる。
間髪入れずベックが能力を発動した。
「〈劈開〉」
するとどうしたことだろう、釘の刺さった地点を中心に、ゴブリンの顔を横断する裂け目が入った。
あたかも宝石ゴーレムを金槌で叩いたかのようだが、生物であるゴブリンが結晶構造であるはずがない。
これはベックの【カーディナルスキル:破岩の
顔にできた裂け目から緑の血が噴き上がって周囲を汚す。
ヴェノムゴブリンは最後に一度大きく痙攣し、絶命した。
「ま、ざっとこんなもんだ」
「強いな。扱いやすく威力も高い」
事前に説明は受けていたが、聞くのと見るのとでは大違いだ。
これほど深く裂け目が刻まれるとは思わなかったし、それになにより、
「めっちゃグロイことになってるけどね」
「それは……すまん。思ったより深く刺さっちまったみたいだ」
ここまで周りが汚れるとも思わなかった。
てっきり軽く裂傷を作る程度の、もう少し穏便な能力だと思っていた。
それからベックが素材になる部位を剥ぎ取り始めたその時。
「おっ、何か近づいて来てるな。こっちに真っ直ぐだ、血の臭いに惹かれたか?」
数は一体で速度も銅級程度らしいので、その場で迎え撃つことにした。
ベックの忠告からしばしして
「ブァァァァッ!」
二本の太い根で地面を踏みしめるそいつは、一言で表すなら人間大の歩く花だった。
バラのように真っ赤な花弁が目を引き、その中にぞろりと並んだ牙に目を剥く。
赤い花弁の下には巨大な葉っぱが二枚あり、それが腕の代わりになっていた。
「カニバラスフラワーか。赤だから近接戦特化型だな」
「今度はワタシだね」
ベックが解体し終えたゴブリンの死体へ一目散に駆けるカニバラスフラワー。
その前に立ち塞がるのはサレンだ。
何の気負いもない自然体で剣を構える彼女は、障害物を
「せいっ」
「ヌァっ!?」
茎と花弁の境目、人間であれば首と呼ばれるような部分を斬り裂かれ、カニバラスフラワーの
ちなみに花系の魔物は魔石を砕く以外にも、首を切ったり頭を潰したりすれば死亡する。
「速っ!? 何ださっきの動き!?」
「ふっふー。言ったでしょ、ワタシはすっごく強いって」
慄くベックに向けてサレンは得意気な顔をしたのだった。
それからしばらく探索し、討伐や採取を行った。
「目標金額まであと一息、と言ったところか」
「もうひと踏ん張りだね」
「こんくらいなら帰るついでに集まりそうだな」
と言うことで私達は学園都市コウリアに帰還することとなった。
想定通り順調に魔物に襲われ素材を集めていると、ピンッ、とベックの犬耳に力が入り毛が逆立つ。
「何かデカいのが歩いてる」
「デカい? それは具体的にはどの程度だ?」
「距離があるから正確には分かんねぇが、その辺の枝に届くくらいはある。太めの枝がバキバキ折れる音も聞こえたからな」
そんな大きさの魔物は、魔花領域の浅部には居ないはずである。
「ハグレか」
通常、魔物は自身の生息域を動かない。
自然魔力の濃度や性質で住処を決めているからである。
しかし、何らかの要因で生息域を離れることも稀にあり、そう言った魔物をハグレと呼ぶ。
「どうする? 逃げるか、戦うか」
その場で一時停止し、仲間達に訊ねる。
わざわざハグレを倒さずとも目標金額には届くだろう。
そして戦えば命を落とす危険がある。
「私は逃げるべきだと考える。相手の強さが分からない以上、ハグレの情報を持ち帰ることが先決だ」
「んー、ワタシは戦いたい、かな。放っといたら他の冒険者さん達に被害が出るかもしれないから。それに最深部のハグレが来ることなんてまず無いし、深部の魔物ならワタシ一人でも問題ないよ」
撤退一票、戦闘一票。
私とサレンは視線をベックに向ける。
「俺としちゃぁ万が一ジークス達に何かあったら嫌だし、撤退に賛成したいんだが……」
「だが?」
「どうも誰かが追われてるみてぇなんだ。だから俺一人で助けに行く。二人は報告しに帰っててくれ」
この瞬間、三人で救援に行くことが決定した。
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