第10話 春雷の樹魔
「こっちだ!」
ベックの案内に従って森を駆ける。
ハグレの魔物に襲われている者達を助けるためだ。
「サレン、撤退の判断は私がする。だから指示には──」
「分かってる分かってる、指示にはちゃんと従うから安心して!」
そう念押ししていると遠くの毒の霞の向こうが一瞬、光った。
そちらへ目を凝らせば何か、大きな影が空へと伸びているのが見える。
「見えて来たっ」
「ギギギギギィッ!」
毒霧越しに見えていた巨大な影。
距離が縮んだことでその輪郭がハッキリして来る。
他の樹木に倍するサイズの大木、否、大木の姿をした魔物がハグレの正体だった。
「トレント……っ」
樹の怪物、トレントは今まさに攻撃するところだった。
太い枝を振り上げ、負傷者を庇って動けない冒険者達に叩きつけようとしている。
彼らまではまだ数十メートルある。このままでは間に合わない。
「やっば、〈
サレンが闘技を発動。姿が消えたと錯覚するほどに急激な加速。前を走るベックを瞬時に抜き去り冒険者の元へ。
そのまま強引に彼らを抱え上げると即、離脱。
コンマ数秒前まで彼らの居た場所に枝が振り下ろされた。
「うおっ、とっ、とっ、と、〈空歩〉!」
獲物を横取りされたトレントは、すぐさま追撃を繰り出す。
枝の薙ぎ払い。魔技による電撃。地面から飛び出してくる根の槍。
それらをサレンはただ走るだけで躱していき、最後には空中を走って射程外に出る。
「その制服、騎士学院か!」
「そうだよっ。この人達置いて来るから時間稼いでて!」
サレンはそう言い残して毒霧の中へと消えて行った。
この短い攻防で私とベックでも戦闘可能だと分かったのだろう。
トレントも後を追おうとする──根をズボッと引き抜いて走り出そうとしている──が、それは私達が止める。
「〈金纏・黒曜〉、〈切断〉」
横合いから飛び出した私は黒曜石を纏わせて闘技を放つ。
〈切断〉は斬撃を速く鋭くするだけの闘技だが、単純な分強力だ。
【魔法剣】の助けもあり、金級相当と思しき巨大トレントの根を、一本とはいえ難なく斬れた。
魔力を多分に含んだトレントの樹液が切断面から噴き出す。
「ギィっ!?」
進行を邪魔され、苛立ったように呻き声を上げるトレント。
ぐるりと振り返る勢いのまま、最も低い位置にある枝で横薙ぎにしてくる。
後ろに跳ぶが、枝の射程を抜けるには距離が足りない。
「解除、〈金纏・金塊〉」
なので防御姿勢を取る。剣を縦に構え、黒曜石を消し、そして金塊を纏わせた。
金塊には黒曜石のような鋭利さはなく、剣というよりゴツゴツした棍棒みたいな見た目だ。
が、それでいい。
ギャリィンッ。
枝攻撃が剣の腹……を覆う金塊を叩く。
強烈な一撃で金塊が抉られるが、剣自体は無傷である。
そして金塊の質量に威力を吸収され、剣を抜けて来る衝撃も幾分か軽くなった。
「解除、〈斬波〉」
着地し、もう一歩飛び退りながら剣を振るう。
斬撃を飛ばす闘技だが威力が足りず、枝で簡単に掻き消された。
トレントは怒り心頭の様子だ。
私は一旦、落ち着いて相手を観察してみる。
このトレントは通常種とは異なり、葉っぱが無かった。
幹や枝の色は炭のように真っ黒であり、通常種の茶色とはここも違う。
通常種が植物系の魔技を使うのに対し、先程雷の魔技を使っていたことを鑑みるに──。
──と、逸れかけた思考を引き戻す。今は目の前の戦闘に集中だ。
幹の中心に付いている眼球代わりの
「さあ、来い」
別に意味が分かった訳ではないだろうが、私の呟きを契機にトレントは走り出そうとする。
「【破岩の楔】多重発動」
そのタイミングを見計らい、死角に回り込んでいたベックが奇襲をかける。
素早い動きで音もなく近寄ると、力強く楔を幹に突き刺した。
そして刺さった楔を起点に半身を持ち上げ、すぐさま反対の手の楔も突き刺す。
「ギュィぃっ!?」
トレントが叫びを上げ足を止めた。
その間にもベックは次々と楔を生み出し、突き刺し、刺した楔を支点に体を持ち上げ、さらに突き刺してと繰り返していく。
トレントの体の半分ほどを登ったところでベックは撤退。間一髪で枝による刺突を逃れた。
「こっからは俺も戦うぜ、〈大楔〉!」
【破岩の楔】で棒状の巨大楔を生み出し、ベックは構えを取る。
道中に聞いたことだが、彼の天職は『ロッドマスター』らしい。
ロード級よりは一つ下がるが、かなり高位の天職だ。
「ギギギギッ!!」
二方向に敵を抱えたトレントは、魔技攻撃に打って出た。
奴を中心に雷の大波が発生し、それが勢いよく広がって来る。
私は大波を飛び越え、そこへ待ってましたとばかりに枝が突き出される。
「〈空歩〉」
空中を踏みつけてさらに前へ跳躍。枝の突きを回避した。
トレントは、自身の顔──目や口代わりの
「させねぇよ、〈連鎖
「ギィァァァァっ!?」
先程刺した楔の力をベックは一挙に開放した。
トレントの体にジグザグの深大な亀裂が入り、大量の樹液が地面を汚し、絶叫が試練の森を震わせる。
敵の魔力制御が乱れたのを感じながら、私は剣に魔力を流した。
「〈金纏・黒曜〉」
苦痛に歪むトレントの顔を真正面から見据え、宙へと踏み出す。
「〈空歩〉多重」
空中に着けた軸足で体を押し出し、剣を上段に構えて踏み込んだ。
「〈切断〉ッ」
鋭く息を吐き、剣を振り下ろす。
体重の移動、筋骨の連動、闘気と魔力の流動を滑らかに。
今の己の全技量を込め、必殺の意思でもって一太刀を放った。
「ギィイイイっっ!?」
今日、最も大きな叫びを上げるトレント。が、これは断末魔ではない。
刃は鼻の
ベックに隙を作ってもらい、幾万の修練を重ね、カーディナルで強化し、闘技すらも併用した斬撃は。それでも致命足り得なかった。
「解除、〈水纏・氷塊〉」
「ギァっ!?」
こんなことは日常茶飯事なので動揺など無い。
置き土産として刺さった剣に氷を纏わせると、幹を蹴って速やかに退避した。
「おっと」
着地の直前で〈空歩〉で横に跳ぶ。
ビタンッ! と、枝が叩き下ろされた。当たった地面が僅かに割れる。
怒りのあまり力を込め過ぎたようで枝は折れてしまった。
「ギギギッ!」
トレントの怒りの矛先は私に向かっている。
与えた傷はベックの方が大きいのだが、
あるいは鼻に刺さった氷塊剣がそれほど鬱陶しいのか。氷の魔象には凍結の性質があるため、剣の周囲には霜が降り始めている。
何はともあれ、魔力消費も自傷も度外視の集中攻撃が始まった。
過剰魔力気味の魔技や振り乱される枝、地面から飛び出る根っこ達を、予備の剣と闘技をフル活用して凌いでいく。
枝と根はともかく、魔技は厄介だ。
剣で防ぐには限界があり、さらに過剰魔力で範囲を広げているため、避け切れず何度か被弾してしまった。これでも回避には自信があったのだが。
学院の制服と耐麻痺訓練、それから闘気強化が無ければ麻痺で動きが鈍り、一気に追い詰められていたはずだ。
「すまねぇ! 俺もそっちで防御を──」
「不要だっ、私のことは気にせず投擲を続けてくれ!」
ベックの提案を却下する。
荒れ狂う魔技の余波で近寄れず、投擲も思うように刺さっていない。
が、貴重な攻撃手段なので長期戦を見据えるならば続けてもらうべきだ。
(まあ、その心配は不要だったが)
隙を見ては後退を続け、ついに枝の射程を脱した。
そんな私を追うべくトレントが根を持ち上げた瞬間、
「──お待たせッ!」
根が何本もまとめて斬り飛ばされ、巨体が傾いた。
〈
それを放ったサレンは、〈空歩〉を利用して急旋回。
通常では不可能な軌道で曲がると再度トレントに突撃する。
「〈
「ギギュァっ」
先程と同様、
ただでさえバランスを崩しかけていたところにこの一撃だ。
大量の血を撒き散らしながらトレントは横に倒れる。
「トドメだよっ、〈切断〉!」
そしてちょうど斬りやすい高さに来たトレントの顔へ、サレンは情け容赦なく斬撃を見舞う。
それが致命傷となり、巨大トレントのハグレはその命を散らしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます