第11話 入学式
巨大トレントを倒した後、私達は襲われていた冒険者達の元へ行った。
サレンが渡していたポーションで傷は癒えたようだが、しかし気絶していた二名は目を覚ましておらず、彼らを連れ帰るための護衛も引き受けることに。
そうして街に帰り着いたのは日が傾き始めた頃だった。
「今回はあんがとね。薬を分けてくれて、しかも街まで送ってくれるなんてもう何てお礼を言ったらいいか」
「いえ。それよりもそちらの方にお大事に、と」
「応ともさ、あんたらに救われたことは起きたらしっかり伝えとくよ。じゃあアタシらは教会に行くからここでお別れさね。立派な騎士になってくれよ!」
冒険者達を街まで送り届けた私達は、コウリアの街の冒険者ギルドに向かう。
「いやー、マジで強かったな、あのトレント。ありゃぁ金級でも結構上位の魔物だぞ」
「そうだな。サレンがいなければ苦戦は免れなかっただろう」
「それなっ。てかサレン強すぎだろ、何であんなにパワーもスピードもあんだよ!」
「えへへ、当然だよー。何たって私、『剣王』だし」
「『剣王』っ? ロードじゃなくて王なのか!? そりゃ強ぇ訳だ」
ベックが大仰なほどに驚いている。
私や同級生達は長く一緒にいるため麻痺しているが、王級天職と言えば十年に一度生まれるかどうかという幻の存在である。
このくらいの反応が一般的だ。
それから一頻り驚いたところでベックが話題を変える。
「今日は付き合ってくれてありがとな。あのトレントの相手は一人じゃ厳しそうだったし、二人が来てくれてすっげー助かった」
「なんのなんの」
「困っている者を助けるのは当然だ」
「本当にありがとう」
改まってそう言った後、彼は少し考え込み、ゆっくりと口を開く。
「俺、正直言って舐めてたよ、騎士学院のこと。お貴族の坊ちゃん達と鍛えたって無意味だって、師匠の下で学んだ方が有意義だって思ってた。……地元じゃ同世代で相手になる奴なんて居なかったから、学院でもそうに違いないって傲ってたんだ」
でも、と彼は言葉を続ける。
「二人のお陰で考え直せた。サレンはもちろんジークスも強かった、ガチで鍛えてるんだって分かったよ。だからよろしくな、来年度から一緒に頑張ろうぜ」
「ああ、こちらこそだ」
「よろしくね。困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいからね!」
そんなやり取りの後、ふとサレンが呟く。
「それにしても何で浅部にあんな魔物が出たんだろう? しかも魔花領域に。たしかトレントは他のところに居たはずだよね?」
「ああ。トレントの生息域は樹怪領域だ」
「ハグレが出る理由と言やぁ獲物を追って来たとか、他の強い魔物に追いやられたとかだな」
学院で学んだ知識や冒険者として培った知恵を持ち寄り、私達は話し込んだ。
非常事態の前触れの可能性もあるので、議論にはそれなりに熱が入った。
それからしばらくしてサレンが結論を下す。
「ま、ワタシ達が考えたって仕方ないか。どうせ分かんないし」
「だな! 師匠も考えても分からないことは頭の片隅にやって必要な時だけ思い出せ、って言ってたぜ」
何とも器用なことができるお師匠さんである。
とはいえ、私達が考えても仕方ないというのはもっともな話だ。
異常の調査や対処は素人が簡単に手を出せるものではない。
「おっ、ここがコウリアのギルドだな」
巨大トレントの亡骸は、素材もそれ以外の部分も全てを持ち帰った。
空間拡張袋に入り切らなかった分はサレンが背負っている。
私達は今日あった出来事をきちんと報告し、後のことはギルド職員や騎士達に任せるとしよう。
──結局、今回の私の貢献は微々たるものだった。
トレントを足止めしたことで冒険者達を治療する時間が作れた。それは否定しない。
けれどサレン一人でも、犠牲者を出さずトレントを倒すことは可能だったはずだ。
逆に私とベックだけであったならば、”救助”か”討伐”かを選ぶことになっていたと思う。
頂点の一角たる『剣王』に比べ私はあまりに非力。それは【魔法剣】を得たところで変わっていない。
今後どれだけ鍛えたとしてもサレンのようにはなれないだろう。
【魔法剣】はそんな絶大な能力ではなく、私自身は言わずもがな。
しかし、それでも良かった。微力であっても力は力。自分にできる最善を全力で実行することに価値がある、と私は思う。
だからこそ、私のカーディナルが【魔法剣】で良かったと心底思う。
派手なことは出来ないが、確実に戦力を底上げしてくれる。その堅実さが好ましい。
使ってみれば案外自由度も高く、鍛えればその分できることも増える。
このカーディナルだけで金級魔物を倒すのは難しいが、私自身が強くなることで、いつかは金級にも手が届くかもしれない。
そういう訳で残りの春休みは闘気操作の練度を上げ、流派闘技を学び、【魔法剣】を鍛えて過ごした。
ベックを見て思いついた【魔法剣】の新技を開発したりもした。
そうしてハグレに遭遇してから一週間が経過し、高等部の入学式の日を迎える。
「──この学院で、皆さんは、素晴らしき可能性を、育むことが、──」
式典が行われているのは集会場だ。
吹き抜けの二階構造になっているこの建物は、高等部の生徒、計千五百人を収容可能なほどの規模であり、新入生も在校生も全員が集められていた。
我々新入生は最前列に座り、壇上の学長先生の御言葉を拝聴している。
「──で、あるために、学生の本分を、忘れず、──」
嚙んで含めるように発される一言一句には長く生きた者特有の重みがあった。
やがて御話が終わり、拍手で学長先生を見送った。
「すぅ、すぅ」
「出番だぞ」
「ぐぇっ」
隣で瞑想に励んでいたサレンを肘で突いて起こす。
半目で状況を掴めずにいた彼女だが、司会の先生の声が耳に入るや両目をパッチリ見開いた。
「──進級生代表、サレン・ロアラ」
「はい」
余所行きの澄ました顔で答えた彼女は、姿勢よく立ち上がると凛然たる足取りで壇上へ向かう。
王級天職所持者として代表に選ばれることが多く、場慣れしているのだ。
来賓の方々に一礼し、遅すぎず速すぎない適切な速度で登壇し、それから壇上のお歴々にも一礼。
最後に私達へ礼をして拡声魔具を手に取り彼女のスピーチは始まった。
「暖かな春の日差しに包まれ、大地より龍脈の拍動を感じられる今日、
手元の原稿にはほとんど目を落とさず、聴衆の方を眺めつつ話している。
発声もテンポも良好で、言葉に詰まることもほとんどない。
三日前に急ごしらえしたとはとても思えない練度である。
(あ、一段落飛ばしたな)
原稿作りを手伝ったため、内容が飛ばされればわかる。
しかし飛ばしたことを悟られぬよう、調子を崩さずに言葉を続けられる胆力は見事と言うほかない。
五分ほどの挨拶を卒なく終わらせ、彼女は席に戻って来た。
「はー、疲れたぁ」
自身の席に座ると気が抜けたようにそう呟いた。
先程までとはえらい変わりようだ。
そんなことを考えていると、どうやら次のスピーチが始まるようだった。
「──編入生代表、ゼルバー・デン・マルセル」
「はい」
私より斜め前の席から銀髪の青年が立ち上がった。
切れ長な双眸、端正な目鼻立ち、細身ながら引き締まった肉体。若干険のある面持ちもワイルドさを醸し出しており、悪印象とはならない。
客観的に見て美青年であると言えるだろう。
そんな彼もまたサレンと同様に堂々と登壇し、睨むような眼差しで私達を見渡す。
そして話し出した。
「オレはお前ら雑魚共と馴れ合うつもりも足を引っ張り合うつもりもない。もしオレの邪魔をするなら容赦はしない。それだけだ」
絵に描いたような美男子は、絵に描いたような爆弾発言をした。
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