第22話 戦闘試験
戦闘試験は組ごとに時間を分けて行われる。
私達一組は一時限目が割り当てられており、試験当日である今日も朝早くから武道館に集まっていた。
武道館は戦闘試験や試合を行う施設。
設備自体は鍛練場と似通っているが、公的な用途で使われやすく、個人で借りることはまずできない。
そんな武道館に整列した私達の前にティーザ先生が現れた。
「それでは中間考査戦闘試験、個人戦の部を開始します。出席番号一番から十番の生徒は私がお相手しますのでここに残ってください。他の生徒は今から伝える武術師範のところに移動です」
ティーザ先生の言葉を聞き終え移動を始める。
武道館には八つの試合コートがあるが、その内の一つに私を試験する教員は居た。
「やあやあ待ってたよ一年生諸君! 私はラキア・ローレット、武術師範をしている
女性の武術師範はニッと口端を吊り上げ、尖った犬歯を覗かせた。
「ティーザから聞いてるだろうけど、君達にはこれから一人一人私と決闘をしてもらう。武器は実戦用ので、魔技も闘技も全て使用可、自分の持てる全てでかかっておいで。もちろん私も反撃するけどちゃんと神官が控えてるから安心してね」
ラキア先生が指で示した先には、純白の修道服に身を包んだ一団がいた。
神官は回復系の魔技を扱えるため、こういった実戦形式の試験ではしばしば医務室から連れてこられる。
「他に質問はある? ないね? それじゃあ早速始めて行こう、出席番号が早い人から順にコートの中に入って」
この集団で最も出席番号の早い学友が、緊張した面持ちで白線を踏み越えた。
すると簡易魔力障壁が張られ、コートの内と外が隔てられる。一定以上の速度の物を受け止める、流れ弾防止のための設備だ。
生徒が自身の名前を告げ、そして決闘が始まる。
「ハァァァ!」
槍使いのその生徒は果敢に距離を詰め、間合いに捉える直前でフェイントを挟み、そして闘技を放った。
「〈刺突〉!」
「よっと」
闘技の補正もあって目にも止まらぬ速さの突きを、ラキア先生は手の甲で弾いて逸らした。
とはいえ生徒側も簡単に攻撃が防がれるなど百も承知、すぐさま次の攻撃を繰り出し、そこから連続攻撃に繋げて行く。
時には魔技も織り交ぜるその連撃は見事なものだったが、ラキア先生は余裕綽々な様子で猛攻を捌いていた。
身体能力で優っているのもあるが、それだけではない。
体術の練度が私達生徒とは一線を画すのだ。
やがて疲労から攻撃の手が緩みだし、それに合わせラキア先生も攻撃するようになる。
必然、回避や防御が増え、槍使いの生徒は苦しげな表情を浮かべ出した。
先生の拳や蹴りを食らって呻くも、弱音などは決して溢さず得物を振るい続け、そして試合が終わる。
「そこまで」
これまで無言で佇んでいたもう一人の武術師範が、試合の終了を言い渡した。
こちらの武術師範は決闘の様子を観察し、生徒の採点をしながら危なそうなときには試合を止める役目を担っている。
その後、戦っていた生徒は試合コートを出て床に座り込み、ラキア先生は採点結果を見て何事かを話し合い始めた。
少しして採点談義も一段落し、次の試験が始まる。
「では二番目の子だ」
呼ばれた生徒が魔力障壁の中に入るのを何とは無しに見ていると、近くにサレンがやって来た。
「どう? 勝つ算段は付いた?」
「付いていないが、この試験の目標は勝つことではない」
戦闘試験の試験官を務めるような教員はその多くが白金級の実力を持っている。
そんな相手に勝つのは大抵の生徒には不可能なので、この試験の評価事項は勝敗ではない。
立ち回り、反応速度、攻守の切り替えの早さ、戦闘の組み立て方等々。そういった要素を採点されるのだ。
「ソーデスネ。……ぷははっ、いつもと変わりなくて安心したよ」
「そう言うサレンこそ普段通りに見えるがな」
「ワタシはまあ、まず大丈夫だし?」
少し照れを含んだ苦笑を浮かべつつ、彼女はそんなことを言う。
高得点など余裕で取れるという自信がありありと伺えた。
「だけどどーせなら勝ちたいよね」
「そう言えば、卒業試験の時の先生にも勝っていたな」
「相性が良かったからね。でも、やっぱり武術師範は強かったよ」
「そうだな。ラキア先生も未だ底が見えん」
既に三人目の生徒と戦っているが、先生に疲労の色はない。
吸血鬼由来の身体能力と
少なくとも闘技は使えると見て間違いないはずだ。
「血液操作も使ってないしね。あとカーディナルの亜種みたいなの。ええと、け……けんけん……?」
「……
「そうだといいなぁ」
【カーディナルスキル】と同じく効果は人それぞれであり、戦闘用でない能力も多々あると授業では習った……気がする。
少し記憶が怪しいが、多分それで合っているはずだ。
「──あ、次、ワタシの番だ」
「応援しているぞ」
「うんっ、行って来るね!」
話している内にサレンの順番がやって来た。
試合コートに向かう彼女を見送り、目を細める、
単純に、強者同士の戦闘には
「決闘開始」
採点係の先生の言葉で決闘は始まる。
目で追うのが精一杯な途方もない速度の応酬は、初めはサレンが押していた。
『剣王』の埒外の身体能力はラキア先生のそれを僅かに凌ぎ、技量も──剣と素手なので一概には言えないが──サレンが勝っているように見える。
加えて、サレンは闘技も積極的に使っていた。
さすがに攻撃系は牽制の〈斬波〉くらいだが、歩法系を細かく使って先生を翻弄している。
「わわわっ、これはちょっと予想以上だなぁ!? こっからは本気出すから覚悟しなよっ」
ラキア先生はそう宣言したかと思うと一歩大きく後退した。
逃すまいとサレンは〈迅歩〉で追い打ちをかけるが、
「〈横流し〉」
剣の腹を叩いて太刀筋を逸らされた。
初めの試合で槍使いにしたのと動作自体は変わらないが、今回は闘技を使ったのだろう。
サレンの体幹がほんの少し揺らいだ。
その隙を見逃さずラキア先生は攻撃を仕掛ける。
「
先生の指先から赤い針が飛び出した。
針には赤い糸が繋がっていてまるで裁縫道具のようだ。
そんな縫い針は右手の指一本につき一セット生み出されており、計五本の針がサレンを狙ってひとりでに動き出した。
「〈迅歩〉っ」
「〈迅歩〉」
後方へと〈迅歩〉で退避するサレンと追いすがるラキア先生。
先程と全く逆の構図であり、この後の展開も同じく真逆であった。
「〈
サレンが急に後退を止め、ゆらりと体が揺らいだかと思うと、剣が霞む。
刹那、彼女に迫っていた赤い針と糸は全て細切れになっていた。
「ハァッ」
「っ、〈
「そこまでっ」
反撃に出るサレンと流派闘技で防御しようとしたラキア先生。
その二人の行動が結実するより早く、外から制止の声がかかった。
当然、採点の先生によるものである。ここまでの戦闘でサレンの実力は充分に知れたのだろう。
その後、魔力障壁から出て来たサレンとすれ違う。
「さっきの、魁炎流の奥義だろう? いつの間に覚えたんだ?」
「えへへっ、最近まともに使えるようになったんだ。驚いたでしょ」
「ああ、とても」
そんな会話を交わし、試合コートの手前に来た。
「よし、サレンちゃんは文句なしの満点だね。次の人、もう入っていいよ」
「分かりました」
サレンと私の出席番号は一つ違いなので、次は私の番だ。
これまでの情報を整理しながら踏み入って一礼。
「ジークス・デン・マードです。よろしくお願いします」
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