第17話 砂泳イッカク
魔物の接近に気付いた私達は、即座にその場から走って逃げた。
しかし、走れど走れど足元の震動からは逃げられない。
「付いて来てるなっ」
「さすがは銀級魔物と言ったところか」
水と違い、砂海領域の砂は光を通さない。魔物であっても視界はほとんど効かない。
では、どうやって魔物達が獲物の居場所を探っているかと言えば、それは魔技による探知である。
砂に掛かる圧力を調べる〈魔技:圧力探砂〉を一定周期で発動し、周囲を探っているのだ。
だが、銅級魔物の魔力量では頻繁に発動することは出来ない。
だからこそ、近付いて来る音や魔力を察知してすぐに逃げ出せば、銅級魔物は何も無いところに奇襲を仕掛けることになる。これまで出会って来た魔物達のように。
けれど、銀級以上となるとそうも行かない。
〈圧力探砂〉など気にならないほどの魔力量を持つ魔物。砂を踏んだ振動を感じ取り獲物の位置を把握する魔物。特殊な魔技で砂を透視する魔物。
様々な方法で砂中より地上を捕捉する。
「──よし、ここで迎え撃つ。打ち合わせ通り頼むぞ」
仲間達の返事を背中越しに聞き、立ち止まった私は剣を構えた。
銀級魔物と戦う時の手順は事前に決めてあった。
「〈
逃げながら準備した雷の〈刄〉を一時的に消す。
「〈木纏・雷電〉、〈刄〉」
それから雷をもう一つ纏い、収束させて行く。
銀級魔物はそんな私に狙いを定めたようだった。
大きい魔力が急速に浮上してくるのが感じられる。
「〈迅空脚〉」
到達の直前、〈空歩〉と〈迅歩〉を合わせた基本闘技で素早く後退する。
飛び退った私の眼前を、鋭い
それから一拍を挟み、魔物の本体も現れる。
「砂泳イッカク種か」
見上げるほど高く跳ね上がった巨大魚を見て呟く。
長く鋭い一本角を有し、丸みのある肉体をした種族なら砂泳イッカク種でほぼ間違いない。
角を利用した物理攻撃もさることながら、いくつか戦闘用魔技も持つそこそこ強力な銀級魔物だ。
「〈空歩〉」
私の二倍以上はあろうかという大魚へと空中を蹴って接近する。
突撃の勢いで宙に浮かび上がっており、今なら無防備だ。
という予測を裏切ってイッカクは迎撃して来た。
「クィァァァァ!」
「〈空歩〉っ」
身をよじり、近づく私に角を振り下ろす。
反撃には備えていたため横に跳んで躱せたが、私は攻撃のチャンスを逃した。
「おらあっ、〈投擲〉、〈劈開〉!」
「ようやくオレも戦える、〈トルネードランス〉、〈奪力の魔種〉、〈シェイドセイバー〉」
あくまで私は、だが。
私が避けて射線が通ったことで、ベックとゼルバーの遠距離攻撃が始まった。
分厚い皮膚に楔が刺さって裂け目を作り、木属性と地属性の魔技が肉を抉る。
「キュィオオォォゥっ」
落下中のイッカクが叫びを上げた。
ベックの攻撃もそうだが、ゼルバーの魔技が特に効いているようだ。
これまで温存してもらった分、銀級魔物戦では出し惜しみなく攻め立てるよう頼んでいた。
「……〈大切断〉」
「キィァっ!?」
上空で身を潜めていたミーシャも〈大刃〉と〈切断〉を合わせた上級闘技を食らわせた。
〈大切断〉によって頭部に深い傷を負ったイッカクは、砂の上に落下してのたうちつつ、私達から離れようとする。
魔力の含まれた血を大量に流してしまい、砂に潜る能力が一時的に停止しているようだ。
「〈
そこへ駆け寄りつつ片刃に纏っていた雷を復活させていく。
既にもう片方の〈刄〉は完成していた。
ここのところの鍛錬で〈伏〉を解くのも数秒で出来るようになり、程なくして両刃に雷が現れる。
「キョアッ!」
暴れていたイッカクがギロリとこちらを睨んだ。そして攻撃を受けつつ構築していたと思しき魔技を発動。
イッカクへの道を阻むように縦長の砂山が発生し、私の接近やベック達の攻撃を妨害してくる。
魔技等級としては中級に届くかどうかと言ったところだが、過剰魔力で性能を底上げしており、ベック達の攻撃でも容易には散らせそうにない。
「チッ、上級魔技を使う、十秒待て」
「〈
しかし、壊せないなら避ければいい。
軽く〈空歩〉を意識しつつ、砂を蹴る。
フッ、と体が軽くなったような感覚と共に景色が後ろに過ぎ去った。
フーカ流舞闘術で学んだ足運びを無意識下で行い、砂山を迂回する。
すぐにイッカクに追い付き、そこへ尻尾が振るわれた。
砂を巻き上げつつ迫るそれを跳躍で回避。
そして──、
「ハァッ!」
「ギュヴゥゥゥゥっ!?」
駆け抜けざま、横っ腹を剣で斬り裂いた。
瞬間、激しく痙攣を始めたイッカクの体。両刃に纏った雷の効果だ。
〈刄〉で濃縮すると魔象の特性も強化されるため、与える麻痺もより強烈になる。
今回はそれを二つも纏っており、さらに相手は土属性の魔物。
土属性に木属性は一層効果的だ。
「ミーシャっ、上級魔技が来るから離れるぞっ!」
どこかで攻撃をしている、ないしは仕掛けようとしているはずの仲間に声を掛け、それから私もその場を離脱する。
〈疾空脚〉を使って距離を稼ぐと、砂山の陰からベックとゼルバーが見えて来た。
ゼルバーは右手に持った杖の先に、一抱えはありそうな黒球を浮かべている。
「ミーシャに続いてジークスも離れたなっ、もういいぞ、やっちまえ!」
「うむ、〈失せ物探しの
彼が杖を振るう動作に合わせて黒球が飛んで行く。
それは砂山を飛び越え、そしてイッカクの上で静止した。
その様子が私の位置からはハッキリと見えた。
「ぎゅ、ゥゥゥゥ……っ」
上級魔技の持つ莫大な魔力を感じて逃げようとするイッカク。
だが、麻痺がそれを許してくれない。
せめてもの抵抗で砂のドームを作ろうとするが、それより攻撃の方が速かった。
──音もなく、闇が溢れだす。
まるで瀑布の水を墨汁に変えたかのような、そんな光景。
発生源は黒球。そこから無尽蔵の闇が凄まじい速度で解き放たれていた。
「ギョ、ォォォ──」
闇の奔流は魔物の悲鳴すらも呑み下し、断末魔の声はついぞ聞こえなかった。
やがて黒球が消えた時、そこには半身の蒸発し、魔石も粉々になったイッカクの残骸が転がっていた。
「……勝ったか」
魔象の砂山が消え行くのを見て呟く。
魔象が消えただけならブラフの可能性も疑うべきだが、あれだけの傷を負って生きているとは考えにくい。
後は解体して帰るだけだと考え、いやいや偏魔地帯を出るまでは油断してはいけないと気を引き締め直した。
──事件が起きたのは、その帰り道でのことだった。
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