第4話 第二ラウンド
「おやおやぁ? 剣姫殿とその腰巾着ではありませんかぁ。お暇そうで羨ましい限りですなぁ」
「何だネイスか」
「何だとは何だい? 無礼じゃないか」
私達に声を掛けて来たのは長身瘦躯の同級生、ネイス。
学年でも上位の実力者であり、何度か手合わせしてもらったが私は一度も勝てていない。
「ネイス君はどうしたの? 自主練なんてらしくもない」
「僕のことをどう思っているのかな!?」
「やる気のないお貴族サマ」
不機嫌ですよ、とアピールするようにサレンは刺々しく返答した。
昼食に行こうとしたのを邪魔されてご立腹らしい。
「たしかに普段はそんな泥臭いことしないがね、春休みくらいは修行もするんだよ。毎日振らないと腕が鈍るからね。朝から用事があったってのに全く大変だよ」
「なるほどな。朝から会食か何かに招かれていて、それで今ようやく解放されたと」
「そうだよ、君みたいな木端貴族と違って大貴族は忙しいんだ」
クセっ毛の金髪をかき上げて得意気にするネイス。
彼はコウリア騎士学院のあるメークシア領の領主、メークシア侯爵家の次男だ。
侯爵とは上から三番目の非常に高い爵位であり、その息子であるネイスも子供ながらに色々と忙しい立場なのである。
「それはご苦労だったな。貴族家に生まれた責務に追われながらも騎士としての鍛錬も熟す君には恐れ入る」
「そんなに忙しいんだったら実家に帰ってればいいのに。春休みはまだ三週間あるんだしさ」
「……ちっ、別にいいだろ。乳飲み子じゃないんだ、いつまでも親元に居たって仕方がない」
フンッ、と鼻息荒くネイスは言う。
「えー、帰ってあげなよ。きっと家族も心配してるよ?」
「僕ら貴族には貴族の事情というものがあるんだよ。平民には理解できないだろうけどね」
「あーっ、馬鹿にしたなー! この前ジークス君と引き分けてたくせにー!」
「なっ!? それは今関係ないだろっ。それにアレは運が悪かっただけだしいつもは僕が勝ってる!」
「引き分けは引き分けだよ。腰巾着だなんて馬鹿にしてる癖にそんなザマじゃぁ世話ないねっ」
「おいサレン、言い方を──」
「なっ、何だとォ!?」
サレンの罵詈雑言を諫めようとした時。
私の諫言を遮るようにしてネイスは顔を赤くして叫んだ。
「決闘を申し込むぞッ」
叫んだ勢いのまま手にした剣を突き付ける。
「ジークス・デン・マード!」
「?」
何故か私に向かって。
突然の飛び火には瞠目するばかりだ。
「どうして私なんだ??」
「そーだよ。決闘ならワタシが相手になるよ」
「剣姫とやって勝てるわけないだろう!?」
いっそ清々しいくらいにあっさりと、戦えば負けると認める侯爵家次男。
命を賭する覚悟と同じくらい、相手との実力差を見極めることもまた騎士にとって重要な能力である。
時には撤退して情報を持ち帰ることが多くの民を救うことにも繋がる。
そういう意味で彼の潔さには好感が持てた。
「素晴らしい心掛けだな」
「プライドとか無いの?」
「うるさいっ、僕は現実主義者なんだ! 天職の差を覆せるなんて思ってない!」
ネイスの天職は『ソードロード』。
一学年に三人と居ないロード級の天職だが、『剣王』には一歩及ばない。
たった一階級差と侮どるなかれ、上の等級になるほど一階級ごとの差は広がるのだから。
ロード級と王級の差は、ノーマル級とロード級のそれに等しいとも言われているのだ。
「さあ受けるんだジークス・デン・マード! ここで君を倒してこの前の引き分けはまぐれだと証明してやる!」
「ふむ、了解した。決闘を受けよう」
「ジークス君、いいの? さっき戦ったばっかりなんだし断っても……」
「心配無用だ。既に闘気功で
「相変わらずぶっ飛んだ闘気操作力だね……」
それに、私は基本的に決闘を断らないことにしている。
腕の立つ学友との闘いは自身の研鑽にも繋がるからだ。
「ただ、そうだな……。どうせなら何か賭けてはどうだろうか? 負けた者が全員の昼食代を出す、とか。ああ、ネイスはもう食べたのだから私が負けたら明日奢ろう」
「んん? まあ構わないよ、どうせ勝つのは僕だからね」
「そうか、ならば決まりだな」
ふと思い付き、約束を取り付けた。上手く行けばこれでサレンの昼食代も肩代わりさせられる。
先刻同様の手続きをし、職員立ち合いの下で向かい合う。
「マード領領主ライド・デン・マードが子息、ジークス・デン・マード」
「メークシア領領主ケイン・デン・メークシアが子息、ネイス・デン・メークシア」
「「いざっ」」
開始の合図と同時に私もネイスも駆け出した。
脚力の差から、真ん中より少し私側の地点で激突。
そのまま数合打ち合った。
「ははっ、どうだいっ? 手も足も出てないじゃないかっ」
しかし私は攻め切れない。
間合いの半歩外に立つネイスから一方的に攻撃を受けていた。
近付こうにも彼の振るう剣は的確にこちらの接近を封じている。
どうにか隙を突き近付いても、その分だけ向こうが下がる。
結果、距離は縮まらない。
(遠いな……)
これがネイスの戦法であった。
学年トップクラスの身長に裏打ちされた腕の長さと、それを最大限活かすための慎重かつ軽快な足捌き。
それによって間合いを維持しつつ相手を消耗させていく。彼との戦いは槍使いを相手にしているかのようなやり辛さがあった。
「がんばれー、ジークスくーん」
とはいえ、セコンドの昼食代を肩代わりさせるためにもこのまま押し切られてはいけない。
いつもなら剣技での打開を狙うところだが、今回は最高の切り札がある。
機を見て反撃に出るとしよう。
「ハァッ!」
「自棄になったか!?」
ネイスの横薙ぎを右から左へ受け流し、直後、それを追いかけるようにして私の剣をそちらに突き出す。
無駄な隙を晒す愚行に、ネイスは困惑しながらも剣を引き戻そうとした。
振り抜いた勢いを殺して翻そうとしたその時、私の剣が追いつく。
カチンっ。金属同士の触れ合う、甲高い音。
私の腕は伸び切っており力はほとんど乗っていないため、接触時による衝撃は些少。
相手の動きを阻害するにはあまりにも力不足で、けれど触れられればそれで充分だった。
「〈水纏〉」
──バチィッ。
【魔法剣】の感覚に力を込めると同時。水流が私の剣に纏わり付き、隣接するネイスの剣を弾いた。
「なっ、んだそれぇっ!?」
予想外の衝撃で姿勢が揺らいだのを見逃さず、全力で踏み込む。
ネイスもすぐさま下がろうとするが、混乱によってかほんの一瞬、反応が遅れた。
それは接近戦においては命取りとなる一瞬であり、彼の下げた片足が地面に着いたその時、私の剣は彼の脇腹のすぐ傍に添えられていた。
「馬鹿、な……」
「ジークス・デン・マードさんの勝利です」
ネイスの剣が床に落ち、乾いた音が鍛練場内に響く。
こうして私は初めて、ロード級天職の同級生から白星を掴んだのだった。
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