第38話 伯爵邸
部屋に戻りしばらく待っているとティーザ先生がやって来た。
「ジークス班は少し来てください」
何だ何だと騒めく同級生達の声を背に聞きつつ、私達は部屋を出た。
外にはティーザ先生と一緒にミーシャも居る。
一旦、使われていないらしき小部屋に移動し、そこでティーザ先生は呼び出しの理由を話し始めた。
「今回の強化魔物ですが、あの黒い筋は地属性魔技によって施されたものだと推測されています。そのため、地属性に詳しい魔導師であるゼルバー君のお父上に協力を仰ぐことになりました。ですが、時刻が時刻ですので──」
先程の会議で話し合われたことを丁寧に伝えて下さる先生。
やがて全ての説明を聞き終えたゼルバーは鷹揚に頷いた。
「そういう事ならオレも協力しよ、しましょう。父さんは忙しいと思いますが、緊急事態ですから手伝ってくれるかもしれません」
「いきなりの頼みにもかかわらず引き受けてくれてありがとうございます。他の皆さんもよろしいですか?」
ゼルバーだけが居なくなると変な噂が立つかもしれない、という名目で私達も同行して欲しいと頼まれていたのだ。
もちろん、理由はそれだけではないだろう。
仮に伯爵が
そこで私達を護衛にしたいのだろう。
騎士も二、三名付けるそうだが、戦力は多いに越したことは無い。
私達なら魔導師相手でも生還できる、と判断されたのもあるのだろうが。
「私は班長です。ゼルバーに同行する所存です」
「ちょっくら行って話を伝えるだけだしな。俺も行くぜ」
「……ぁ、
「ありがとうございます。では付き添いの騎士の方を紹介しましょう」
そう言って先生は小部屋を出る。
私達も続いて出て行き、そこで意外な者と出くわした。
「あれ、ジークス君達? こんなとこで何してるの?」
サレンだ。
ちょうどこの部屋の前を通りがかったようだった。
ティーザ先生が彼女に事情を話す。
「私が皆さんにお使いを頼んでいたのです。サレンさんこそどうしてこちらに?」
「少々お花摘みに……」
「あぁ……っ、これは大変に無遠慮なことを、申し訳ありません」
トイレの帰りらしいサレンに、ティーザ先生が頭を下げた。
彼女は全然気にしてないとばかりに両手を振り、顔を上げるよう促す。
それから不意に提案して来た。
「そういえばそのお使い、ワタシも一緒に行きましょうか?」
「……どうしてです?」
「部屋にいても息が詰まるだけですし、人数多い方が一人一人の負担は減るじゃないですか」
複数人で行く、という情報から荷運びの類だと想像したらしい。
実際はただの報告であるのだが、しかし護衛という名目なら彼女以上の適任者は居ない。
ティーザ先生もそう考えたのか、一つ頷き、
「分かりました。サレンさんにもお願いしようと思います。今から来れますか?」
と言った。
そうしてサレンを加えた私達は、護衛の騎士の待つ部屋へ。
そこで軽く自己紹介をし合い、その後念のためにと私達生徒も武装を整え。
そして三名の騎士と共に伯爵邸に向かう。
「──なるほど、クレイスさんは潜入が得意なんですね」
「そーなのよ。任務とあらばたとえ火の中、水の中、犯罪組織のアジトや魔物のコロニーにだって潜り込むんだぜ」
「失敗すれば無事では済みませんね……素晴らしい放胆さです。騎士学院生として尊敬します」
「だっはっはっ、そう褒めるなよ!」
隣を歩く髭面の騎士に背中をバシバシと叩かれる。
彼はクレイスさん。
実際、クレイスさんも戦闘自体は不得意そうなので、彼が一緒に来ているのには別の理由があるのだろう。
ティーザ先生に報告に行ったとき、騎士団が手をこまねいているのを見て悠長だと感じたが、それは逆だったのかもしれない。
もしかすると裏では潜入部隊を編成していたのではないか、と邪推してしまう。
少なくともこんな強硬手段に出ているということは、騎士団はあまり伯爵を信用していないのだろう。
護衛の騎士のリーダー格であるリータさんは、領属騎士団には両手の指の数ほどしかいない、金級相当の実力者であるそうだし。
「見えて来たな」
先頭を歩くゼルバーの視線の先には、塀と庭に囲まれた大きな屋敷が立っていた。
独特な紫色の屋根を持つその屋敷こそが、ゼルバーの実家であり私達の目的地でもある。
「坊ちゃんも変わったなぁ」
「そうなんですか?」
隣を歩くクレイスさんの呟きを拾った。
クレイスさんはさらに声を小さくして続ける。
「昔はもっと刺々しかったっつーか、制御の手放された爆破系魔技みてぇな雰囲気だったんだよな。それがこうも変わるとは、コウリア学院ってぇのは凄いとこなんだなぁ」
「そうですね、コウリア学院はいいところですよ」
まあ、ゼルバーが変わったのは当人の気質の部分が大きいと思うが。
第一回実地演習の折に多少は苦言を呈したが、態度を改めたのはゼルバー自身だ。
頼みを聞き入れる素直さは、彼が元々備えていたものだろう。
「警備ご苦労、父さんに用があるから通してくれ」
「しょ、承知いたしました」
ゼルバーが言うと、門番の騎士が門を開けた。
領主の長男だけあってやはり顔パスらしい。
後ろにゾロゾロと並ぶ私達を見て怪訝そうな顔をしているものの、止められる様子はない。
「デッケ―庭だな」
辺りを見回しながらベックが言う。
門をくぐるとそこは伯爵邸の庭であった。
遠くの屋敷まで石畳が敷かれ、道の脇には色とりどりの花や木などが植わり、小規模なプロムナードのようになっている。
「そうだろう? ここは先々代の頃から整備されていた庭園でな、庭師も直属の者を──」
「いや、無駄に長くて歩く怠ぃなと思っただけだ」
「何だと貴様!」
そんな会話を聞きながら歩くことしばし。
三つ目のガーデンアーチをくぐったところで屋敷に着いた。
ドアノッカーを鳴らし待っていると、扉がゆっくりと開かれる。
出て来た使用人はゼルバーを見つけるとすぐに私達を中へ入れてくれた。
マルセル伯爵を連れて来るよう使用人に伝え、またまた待つこと数分。
客間に伯爵が現れる。
「三日前ぶりだな、ゼルバー。今日は何の用だ?」
彼はどこか不機嫌そうな様子で、上座の席に腰を下ろしたのであった。
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