第36話 報告
あの後、倒した蟻達の素材を回収し、私達は領都セロナへ戻った。
素材は結構な量があったが、事実確認のため同行していた騎士達が手伝ってくださったので早めに回収を終えられた。
「皆様よくぞご無事で。作戦は成功されたのですかな?」
「はい。コロニーに居た蟻種はほとんど倒せたはずです。これから素材倉庫をお借りしますがよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも。
城門前に立っていたアンドラス副団長とも合流し、素材倉庫へ。
列になって歩く私達を見て、領属騎士達がざわつく。
「おい、帰って来たぞ!」
「ほ、本当にコロニーを壊滅させたのか……?」
「情報が大袈裟だっただけじゃねえの」
昨日、巨大コロニーの規模や予測される敵の量を報告したためだろう。
数百体にも上る魔物と、最低でも金級と目されるクイーンのコロニーは普通の学生の手には余る。
そのせいか、昨夜から騎士の注目を集めていた。
「では、報告をお聞かせいただけますかな?」
倉庫に着くやアンドラス副団長が切り出した。
平静を装ってはいるが、彼も早く事の次第を知りたいのだろう。
一つ頷くとトビーは話し始める。
「昨日説明しましたように、破城級攻撃で破壊したため巣に何体のアントがいたかは分かりません。多くの個体が跡形もなく消えました。ですがコロニーの長と思しき個体や強力な進化体などは違います」
言って、彼は私達に視線を寄越した。
その意図を汲み、空間拡張袋を持っていた生徒達が前に出る。
そしていくつもの死体を取り出した。
「私達の攻撃を受け、クイーン達は巣の外に攻めて来ました。そのためこうして無事に死体が残ったのです。どうぞご確認ください」
「死んでいても分かるぞ、何という魔力量だ!」
「こんな魔物を学生が……?」
「待て、この黒の筋は何だ? まるで昨日のワームと同じ……」
倉庫の騎士達が色めき立つ。
徐々に広がっていたざわめきは、しかし報告を妨げてはならないと判じてか、すぐに収まって行った。
「この魔物との交戦時なのですが、直接刃を交えたのは──」
それからもトビーの報告は続いた。
クイーンの戦闘能力や部下を囮にして破城級攻撃をくぐり抜けたことなど、戦闘中に起こった出来事を要約して話していく。
それから一段落し、クイーンの死骸を調べてみることになった。
「失礼するわね」
解析系の【カーディナルスキル】を持ち、魔物の知識も豊富だという騎士がクイーンの死骸に近寄った。
膝を突き、手を翳し、目を閉じて何事かを調べていた彼女は、一分ほどで顔を上げる。
「……この魔物の能力は
彼女は
話によるとあのワームは、アインクラッドワームとほぼ同じ能力だったらしい。
“ほぼ”と付いているのは黒い筋がある個体の方が基礎能力や凶暴性が高いからであり、それは今回のクイーンも同様だとか。
「
「何とっ、蠢蟲の森に金級魔物が現れるなどっ」
「んんッ! つまりこの魔物……仮称ブラッククイーンとしよう。これは
咳払いを挟み、アンドラス副団長が訊ねた。
だが、解析をした騎士の反応ははっきりしない。
「いいえ、そうとも言い切れないわ。能力は異様に高いし地脈汚染は激しいけれど、魔力指数自体は金級の域を出ないもの。実際の強さも白金級と金級の中間くらいじゃないかしら」
「ブラッククイーンが特異進化体というだけのことではないのか?」
「それは無いわ。自然界の魔物が魔力指数と関係なく進化を遂げるはずないもの。例のワームもそうだけど、人為的な干渉があったと見るべきでしょうね」
空気が張り詰める。
金級以上の魔物を生み出せ、しかもそれを野に放つような者がいることに、皆の警戒心が高まった。
場を支配する沈黙を、トビーの声が破る。
「すみません、他に手掛かりは無いのでしょうか? 例えばいつから強化を施されていたのか、とか」
「ごめんなさいね、そこまでは分からないの。年齢なら分かるのだけれど、いつからこの筋を植え付けられていたかまではね……。あとは専門の研究機関に任せるしかないと思うわ。魔石も無事なんだし、きっと何か分かるはずよ」
「ふぅむ、しかしそれでは時間がかかるだろう。相手の活動期間は不明。目的も不明。個人か集団かも何もかも闇の中とは、これは厳しいな」
苦し気に唸ったアンドラス副団長は、ゆっくりとこちらを、もっと言うとティーザ先生に振り向いた。
「どうなされますか? ティーザ殿。この事態は最早遠征訓練の域越えておられるでしょう。原因究明と言う目的は果たしていただけましたし、これまでの成果で完了報告を出させていただいても某は一向に構わないのですが」
「……そう、ですね……。一旦、保留にさせてください。こちらで協議してから決定します。明日までには結論をお伝えしますので」
「あい、分かり申した。我らも緊急の会合を開きますので失礼。ブラッククイーンや他の進化体の屍を頂きたいのですがよろしいですかな?」
「ええ、空間拡張袋はここに置いて行きますので存分にご活用ください」
そうして私達は一度休憩することに。
明日の予定は、先生方が帰還か滞在かを決めた後で話し合うことになった。
一度浴場で汗を流し、昼食を食べ、しばらく寝泊まり用の大部屋で過ごしていると招集命令が掛かった。
会議場に一年一組が一堂に会する。
「明日からの段取りが決まったので皆さんにも伝えます。まず、帰還は事前に予定していた通り、遠征訓練六日目、七日目を使って行います」
ですが、と先生は言葉を繋いた。
「これは飛竜機や宿の予約との兼ね合いであり、調査に参加する訳ではありません。明日は一日、街の中で待機です。いいですね?」
反論の声は上がらない。
私達は既に三日続けて蠢蟲の森に挑んでいるため、肉体的にも精神的にも疲弊している。
班で行動すれば銀級地帯で後れを取ることは無いだろうが、これだけ異常事態が起きているのに通常の銀級を想定しても意味が無い。
「では、そういう訳ですので明日は一日自由行動です。朝食、昼食、夕食はこの宿舎で取ってもらいますが、それ以外の時間は好きに過ごしてください。皆さんは十二分の成果を上げました。その分、最後の一日で羽を伸ばしてくださいね」
でもトラブルだけは起こさないように、と最後に釘を刺して締めくくられ、私達は自室へと帰されたのだった。
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