第28話 領都セロナ
あれからも少し話をし、ついでに宿屋までの道も聞いてから『アークエレメンタルウィザード』の少女の家を去った。
そして現在、一年一組の生徒はそのほとんどが食堂の一画に集まり、夕食を取っていた。
「いやー、タダで旅行できるなんて高等部は最高だねっ」
「旅行ではないぞ」
料理を頬張るサレンを窘める。
「どうせ訓練が始まるのは明日からでしょー? 今日は英気を養ったんでいーんだよ」
「それもそうか」
彼女は午後の自由時間中、
美味しかった食べ物について話してくれた。夕食(大盛り)を食べながら。
彼女の話を私は信じられない気持ちで聞いていた。
「いよっし……っ、やっと飯だァ……!」
そのように食事をしていたところ、ベック達数名の男子が食堂に現れた。
彼らは観光をしていたグループだ。
道に迷いに迷った挙句、冒険者ギルドに辿り着き、そこで地元の冒険者相手に模擬戦を吹っ掛けまくって大暴れしたそうだ。
その件で先生達の部屋に連行されていたが、どうやらようやく解放されたらしい。
重い足取りで歩いて来たベックは私の隣に座った。
「ったく、説教長すぎだろ……」
「トラブルを起こすからだろう」
「喧嘩売って来たのはあっちなんだぜ?」
彼は肩を竦めて見せる。
「何を言われても無視しろとは言わないが、二十人以上も
「まぁ、それはその通りだ。面目ねぇ」
「えっ、そんなに戦ってたの?」
郷土料理のスープを飲んでいたサレンが訊ねた。
「ああ。初めは数人だったんだがよ、倒すたびに新しい奴が来て模擬戦挑んで来てそんで気づいたら二十人を超えてたんだわ」
「途中で逃げなよ」
「逃げたら負けた感じになるだろ!? 柔な奴しか居なかったから正直途中で飽きてたけどな。近くの偏魔地帯で希少種が大量発生してるみたいで、腕利きはそっちに流れてるらしい」
ベックの言葉を聞いた私は、少し不安になって質問する。
「まさか
「いや、そうじゃねぇ、他の偏魔地帯だ。領都の方とは反対の方角だったはずだぜ」
「そうか、それならいい」
私が安堵したところで、今度はベックに質問された。
「てかジークスはどこ行ってたんだ? ギルドの訓練場では視なかったが」
「実は少し事情があってな──」
私は街中であったことを話していく。
そんな風にして夕食の時間は過ぎた。
その後、明日に備えて早めに寝支度を整え、就寝時間に合わせて眠りについたのだった。
翌朝。
「べアンヌさん! ペースが落ちていますよ!」
「ふぅっ、ふぅぅぅっ、持久走は苦手ですのにぃぃぃっ」
「騎士たる者、一に体力二に体力です! 魔技使いであっても最低限このペースで一時間は走れなくてはなりませんよっ」
「了解でありますわぁっ!」
ロールヘアの女子生徒が気勢を上げた。
その声を背に受けながら、私は腕を振って足を前に出す。
一年一組は揃って街道をランニングしていた。領都のセロナまでは徒歩で移動するのだ。
いくら整備された街道があるとは言え、街から街までを人間の足で移動するのはなかなかの難行であると思われるかもしれない。
だが、闘技使いからすれば然程難しいことではない。
闘技の消耗に耐えるため普段から体力作りをしているためだ。
ウォリアー系天職には肉体強化の恩恵が含まれているので、そういう面でも難易度は下がる。
反面、魔技使いには少々酷な訓練であろう。
魔力強化では脚力が伸びづらく、体力も闘技使いほど重視されないからだ。
しかし、例外も何人か居る。
「フゥっ、フゥっ」
私はチラリと後ろに目をやり、背後を走っているゼルバーを見た。
楽々というほどではないものの、結構な余裕を持って付いて来ていた。
彼は魔技使いであるが、体力作りも抜かりないらしい。
そうして私達は領都セロナへの道をひた走った。
道中、すれ違う行商などにギョっとされたが、魔物の襲撃などの問題は特に起こらず、昼頃には領都に到着した。
「お待ちしておりましたぞ、コウリア騎士学院の皆様方!」
街を囲う城門前に一人の男性が仁王立ちしていた。
サーコートを風になびかせ紺碧の騎士鎧を身に纏っており、将位騎士であることが分かる。
私達を大声で出迎えてくれた彼に、ティーザ先生が駆け寄っていく。
「お出迎えありがとうございます。私は龍立コウリア騎士学院の教師のティーザ・ルコーンです。この度は訓練の場をお貸しくださり誠にありがとうございます」
「これも国の未来を背負う若者達のため、礼には及びませぬ。
それからアンドラス副団長は申し訳なさそうな顔をして言葉を続けた。
「
「気になさらないでください。騎士としての本分を果たしているのですから不満など一片たりともございません」
「かたじけない」
その後、私達は一人一人荷物を検査されてから城門をくぐった。
そのまま騎士団の宿舎へ案内される。
ここは他領や王国所属の騎士が遠征に来た場合にも利用する施設で、高々四十人強ならば容易に収容できてしまう。
そこで荷物を降ろし、食堂で昼食を取り、偏魔地帯に行く準備をして副団長の前に整列する。
まず初めに、今回の遠征訓練の生徒代表であるトビーが感謝を述べ、それを聞いた副団長が私達を激励。
そして副団長直々に調査指令を下し──彼に学院生への指揮権限はないためあくまでもポーズだ──私達の遠征訓練は始まった。
班ごとに並び、トビー班を先頭にして先程くぐった城門に向かって行く。
その途中のことだった。
「おや、君達は……」
一目で質が良いと分かる服装の男性が話しかけて来た。
歳の頃は四十前後といったところか。線の細い優男といった風貌で、くすんだ銀色の髪と紫の瞳をしている。
青白い肌や目の下の隈から少し陰気な印象を受けた。
その彼と目や髪の色がよく似ているゼルバーが呟く。
「父さん!」
「! もしやマルセル領領主のヘンダー・デン・マルセル伯爵であらせられますか?」
「ああ、そうだとも」
ティーザ先生の言葉に、目の前の男性は鷹揚に答えた。
彼こそがゼルバーの父、マルセル伯爵であるらしい。
「私共はコウリア騎士学院の一年一組です。この度は──」
「あぁ、言わずとも分かる。蠢蟲の森を調べに来たのだろう?」
「ご推察の通りです」
それを聞いたマルセル伯爵はやれやれとでも言うように首を振った。
「全く、放っておけば
感情の籠らない声でそう言った伯爵は踵を返そうとし、その直前で思い出したようにゼルバーを見た。
「励めよ、ゼルバー。お前は学院のトップにならなければならない」
「っ、はい……!」
そんな言葉を残して去っていくマルセル伯爵。
その言葉からは、親が子の才能に期待するのとは少し異なる、重圧とも執着とも知れない感情が漏れ出していた。
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