第46話 エピローグ

「〈斬波・──」


 巨剣を振り抜き、闘技を放つ。

 未だかつてない規模の巨大な剣だが、これまで幾度となく繰り返した通りに闘技は発動できた。

 それから〈うつし〉も成功し、微風を纏った斬撃が飛翔する。


「フゥゥ……」


 しばしして、〈斬波〉の半透明な斬撃が射程限界で消滅した。

 だが、魔象は今も残っている。

 風は目視できないが、【魔法剣】の感覚を手繰れる私には判別可能だ。


「…………」


 細く息を吐き、精神統一。

 意識を魔象に集中させる。

 ここからは【魔法剣】の感覚だけが頼りだ。


 〈斬波〉の方向はかなり理想的だった。

 蜂達の移動速度を加味し、ちょうど斬撃が命中するように放てたと思う。

 そもそも巨剣の斬撃が異常なほどに大きいため、多少ズレても命中はするが。


 ともかく、ここまでの手順は全て上手く行っている。

 纏わせたのが微風であるため、蜂達が魔象の接近に気付く気配もない。

 成否は最後の一手に掛かっている。決して失敗は出来ない。


 そんな覚悟を固め待つこと約十秒。

 そのときがやって来た。

 【魔法剣】の感覚を介し、風の魔象の端に魔物が引っかかったのが伝わって来る。


 魔物の反応は次々と増えて行き、それを感じ取るや最後の一手を打つ。


「──燼滅じんめつ〉」


 夕闇を紅蓮の大輪が照らし出した。

 瞬く間に膨張した炎が群れの半分を呑み込み、そのまま直進して残り半分も平らげる。


 突如現れた目も眩む赤は、まるで幻であったかのように数秒後には跡形もなく消え去っていた。

 そしてそれは蜂種の群れも同様。

 ほとんどの個体が撃ち落とされている。


「上手く行きました。恐らくクイーン達は生き残っているのでそちらはお願いしま──む?」


 言いながら、目を凝らす。

 白金級がこの程度で堕ちるはずがないというのに〈地染め〉を受けた個体がどこにも見当たらない。

 まさか先程の攻撃に紛れ、どこかへ離脱したので──


「……いえ、落ちていましたよ」」

「うん、先生の言う通り。爆発の直後、墜落して行ってるのがワタシも見えた」

「……本当ですか?」


 想定以上の戦果に、私は思わず聴き返した。




 〈燼滅〉。

 この一連の大掛かりな技は、何と言うことはない。ただの基礎技術の複合だ。


 〈軽銀刄〉を繰り返し発動して剣のサイズを充分に引き上げ。

 そして〈斬波・うつし〉で巨大な斬撃を飛ばし。

 最後に直撃の瞬間、〈かくし〉で仕込んでおいた魔象達を同時に最大出力に戻す。

 ただ、それだけの技。


 蜂種の群れを灰燼に帰した炎も、規模が規格外なだけで実態はただの〈かさね〉である。

 巨剣で〈斬波〉を放てるか、そしてまだ不安定な〈うつし〉の七重発動を成功させられるかが問題だが、そこさえクリアできれば他はそう難しくない。

 威力も中級魔技数発分でしかない。


 そのように評価していたのだが、実際には想像以上の破壊力を秘めていた。

 中級相当の攻撃であっても全身で同時に、しかも数発分を一度に食らえば大ダメージは免れない。

 頭では分かっていたが、それがまさか白金級にすら通用するとは……今でも信じ難い。


「──千回っ……ふぅ、素振りは終わりだな」


 マルセル領での遠征訓練から一週間が経過した。

 私の攻撃の後、討ち漏らした魔物達は騎士団が処理。

 地面に落ちた魔物達は、落下の衝撃で死んでいた。


 死因は〈燼滅〉だ、という説もあるが真相は闇の中である。


 それから、マルセル伯爵家は取り潰しとなるだろうとのことだった。

 貴族位の剥奪には色々と手続きが必要なため、まだもうしばらく掛かるはずだが、当主があんなことをしたとなれば存続は至難だろう。


 一応、事件解決にはゼルバーも寄与したため後ろ盾によっては取り潰しを免れることも可能かもしれない。

 が、ゼルバー自身がそうなることを望んでいないのだから無意味な仮定である。


「〈ブランチスティング〉」


 その彼は今、私と同じく鍛錬をしていた。


 最後の悪足掻きに放った蜂種の群れがたったの一撃で壊滅させられたと知り、独房の伯爵は酷く取り乱していた。

 そんな父の姿に何かしら思うところがあったらしい。

 ゼルバーはその場で、縁を切るとまで言い出した。


 そんな訳で家が潰れるのにも無関心だったゼルバーは、学院に戻るとそれまで以上に訓練に打ち込み出した。

 本人曰く「学院を卒業することで父とは違うのだと証明し、憚ることなく生きていくため」とのこと。


 騎士になるにせよ冒険者になるにせよ、騎士学院を卒業することは将来のプラスになる。

 ゼルバーの実力なら学生生活の傍らで生活費を稼ぐのも容易。

 なので進路を相談された際も、特に反対はしなかった。


「やっほー、今日も精が出るねー」

「サレンか、おはよう」


 鍛練場で剣を振っていると、サレンが声を掛けて来た。

 今日は休日なので彼女は私服を着ている。


「それで今日はどうしたんだ?」

「大した用じゃないよ。ただ昨日、あの技が滅龍級に認定されたって聞いてね、おめでとう!」

「ああ、そのことか……」


 闘技や魔技など、全ての技には初級や中級と言った階級が割り振られている。

 そしてそれは【カーディナルスキル】を利用した技も同様だ。

 もっとも、【カーディナルスキル】は一点物のため、使用者がわざわざ申告しなければ区分されることはないし、届出の義務もない。


 それが一般的な範疇なら、だが。


「あんま嬉しそうじゃないね」

「そう見えるか?」


 上級の上の破城級、そのさらに上に位置する滅龍級ともなると話が変わって来る。

 龍脈の具現たる龍を滅ぼし得る技など、個人が持つ力としては強大が過ぎる。

 また、その境地に至れる者自体、超がいくつも付くほど希少だ。


 そんな稀有な人材の暴走や悪用を防ぎ、かつ有効活用するために、滅龍級の技を扱える者はその仔細を国に報告しなくてはならない。

 そして常に所在を知らせ、有事の際には国家の召集に応じる義務も生じる。

 具体的には都市が陥落する規模の魔物事変が起きた時などだ。


「やっぱり滅龍規定は息苦しい?」

「いや、そういう訳ではない。認定されるのは名誉なことだし、この力が管理を逃れることの恐ろしさは理解している。ただ──」


 言いながら鍛練場の窓の方をチラリと見る。


「なぁなぁ、あそこに居んの、例の”戦略兵器”じゃないかっ?」

「マジー? 魔物の大群を偏魔地帯ごと焼き払ったってゆーあの?」

「そ、間違いなくジークスだ。俺初等部で一回同じクラスになったんだけどさ、アイツは絶対何かデッケーことするって──」


 強化された聴覚がそんな声を拾った。

 距離があるからかそこまで声をひそめておらず、私の魔力強化なら問題なく聞こえてしまう。

 その男女二人組は通りがかっただけらしく、話しながらどこかへ歩いて行ってしまった。


「……ああいう感じで噂になるのは些か気恥ずかしいな」

「たはは……大変そうだね……」


 同情的な視線を向けて来るサレン。

 まあ、彼女は私などとは比較にならない注目を昔から浴び続けていたのだろうが。

 それから彼女は空気を変えるようにパン! と掌を打ち合わせた。


「でさでさ、厄災対策室からスカウトされたらしいけど入るの?」

「それは丁重に断った」

「へえ、そうなの? たまに技を使うだけでお給金をたんまりもらえる超勝ち組なのにもったいなぁい」

「そこまで楽な仕事じゃないだろう……」


 厄災対策室は滅龍級や準滅龍級の技を扱える者を集めた、特殊な国家機関である。

 魔物の大発生や地繋孔ダンジョンの氾濫、白金級を越える魔物といった大災害を力尽くで鎮めるのが役割だ。

 多くの者を護れるとてもやりがいのある仕事だとは思う。思うが──、


「それに、私が目指している夢は厄災対策室とは趣向が異なる。あそこに所属しては易々と街の外に出ることも叶わなくなるだろう? 私が成りたいのは体を張って民を護れる騎士、延いてはそんな騎士を率いる騎士団長だからな」

「ははは、変わってるね……ま、君は昔からそうだったよね」


 どこか満足した様子で頷いた彼女は、片手で持っていた剣を構えた。

 決闘用の模擬剣だ。


「じゃ、ワタシもたまには訓練手伝ってあげようかな。少し決闘しない?」

「それはありがたい。胸を借りさせてもらおう」


 そのようにして、私は今日も騎士への道を邁進している。

 夢への道のりはまだまだ始まったばかりだ。

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地味なスキルが地道な努力で〈燼滅〉スキルに化けた件 ~騎士団長を目指していたのに”戦略兵器”と呼ばれています~ 歌岡赤(旧:R II) @Rsecond

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