第15話 ユキにゃんの復讐


 タマはユキを気づかい、落ち着かせようとして言った。


「ユキにゃん、今は治療を任せてお茶でも飲んで待とうよ。」


「…わかったニャ。」


 意外にもユキは素直に言うことを聞き、村長が用意してくれた椅子にちょこんと座った。


「ユキにゃん…もしも辛かったら話してくれなくてもいいけど…。」


 タマは遠慮がちにユキに聞いた。


「ううん、タマちゃんには話しておくニャ。」


 ユキは静かに話し始めた。


「ボクがまだ小さい時ニャ…。」


 ユキの野猫村は今よりもかなり貧しかったらしい。そこに、当時各国へ侵略戦争を進めていた帝国から戦費調達のために重税がかけられたという。


「村に来た徴税役人があいつニャ。税金を納められないと言うと、あいつは兵士に村の猫たちを痛めつけるように命令したニャ。」


「なんてひどいことを…。」


「ちょうど村長が不在で、ボクのパパが村の皆を守るために、自分だけを好きなだけ殴れって名のりでたニャ…。それでパパは…。」


 ユキはそれ以上話せなくなり、大粒の涙をポロポロとこぼした。


 タマはユキを抱きしめると怒りをあらわにした。


「許せない! ユキにゃん、治療の後、本官があいつを逮捕してあげる!」


「うん…。」


 しばらくして、部屋からその男が出てきた。


「処置は終わった。もう大丈夫だ。君たちの初動が良かったから間に合ったよ。」


 男は微笑みながら落ち着いた物腰でイスに腰を下ろした。


「慌てていてまだ名前も言ってなかったな。私はヤブラヒムだ。」


 タマはヤブラヒムをにらみながら近づいていき、ペンとメモを取り出した。


「治療についてはお礼を言います、ヤブラヒムさん。ですが少し聞きたいことがあります。あなたは元は帝国の役人ですね?」


 ヤブラヒムは物静かに答えた。


「ああ、そうだ。だが、いや気がさして役人は辞した。それから猛勉強して医術を身につけて、あちこち旅をしながら治療をしていたんだ。今はこの村に落ち着いている。」


「あなたは昔…、野猫の村で…。」


 ヤブラヒムはタマの質問を手でさえぎった。


「わかっている。話は聞いていたよ。いつかはこの日がくると思っていた。」


 彼は床に座ると、ユキに向かって深く頭を下げた。


「本当に申し訳なかった。心より謝ります。ですが、それだけで償えるとは思っていません。私の命をさし出します。どうぞこれを使ってください。猛毒で数分で死に至ります。」


 ヤブラヒムは注射器を一本、床に置いた。


「えっ!?」


 タマは判断を仰ぐかのようにユキの表情を見た。ユキはゆっくりとイスから立ち上がると、ふらりと無表情で近寄り、しゃがんで注射器を拾った。


「ユキにゃん、まさか…。」


 じっとしているユキをタマがとめようとした時、入口から村長と子供たちが入ってきた。


「先生! どうですかな、あの方のご様子は。すまんのう、子どもたちが先生と遊びたいと聞かんでな。」


「ヤブラヒム先生! あそぼーよ!」


 たちまちヤブラヒムは子どもたちにとり囲まれてしまった。


 村長が笑いながら言った。


「驚かせましたか、客人がた。皆、先生に命を救われた子たちじゃ。ろくな報酬もお受けとりにならず、感謝しかないわい。」


 ヤブラヒムは申し訳なさそうに子どもたちと村長を外に出すと、タマとユキにふり返った。


「すみませんでした…。続きを…。」


「できるわけないニャ!」


 ユキは注射器を床に叩きつけた。パリン!と砕けた死の道具は床にシミを作った。


「ユキにゃん…。」


「ヤブラヒムさん…。ボクは…もしもいつかあなたに会えたら、どんなに苦しめて復讐してやろうかとばかり考えていたニャ。でも…。」


 ユキはまた涙を流していた。大きな目からこぼれる水滴をぬぐいもせず、ユキは続けた。


「ボクは…あなたを許すニャ。代わりに…ひとつだけ約束してほしいニャ。」


 ヤブラヒムも涙しながら聞き返した。


「はい。なんでしょうか…。」


「これからもずっと、この村の人たちだけではなく、あなたの命が尽きるまで沢山の人の命を救い続けてくださいニャ。その願いが…ボクの復讐ニャ…。」


「わかりました…。ありがとう、ありがとう、本当に…申し訳なかった…。」


 ヤブラヒムは床に突っ伏して嗚咽し続けた。



 スヤスヤとベーリンダは眠っていた。タマは彼女に毛布をかけ直しながら言った。


「こうして見ると、普通の可愛い子だよね。」


「ホントニャ。起きるとうるさいけどニャ~。」


 二人はクスクス笑った。ユキは元気を取り戻したかのようだった。


「ユキにゃん…ホントにあれでよかったの?」


「うん…。何が正しいのかボクにはよくわからないけどニャ…。あの注射器を使うのだけは違うと思ったニャ。そんなことしたらタマちゃんにタイホされるしニャ!」


「…ユキにゃんはえらいね。本官なんかよりすごく。本官は、悪いやつはとにかく捕まえてこらしめることしか頭になかったよ…。」


「タマちゃんの言うわるい奴って誰がどう決めるのかニャ? 誰がどう裁くニャ?」


「それは…サイバンカンがサイバンで…法に基づいて…かな?」


「もし法もサイバンカンもサイバンも間違っていたらニャ?」


「う~ん、それは…。」


 毛布の下から青い髪がひょっこり出てきた。


「なんだよ、何をこむずかしい話をしてやがんだ? 眠れねーじゃねえか。」


「ベーリンダ!」


 タマとユキはベーリンダにギュッと抱きついた。


「お、おいおい、いてえよ。はは、タマはともかく、チビユキまでなんだよ。ま、わるい気はしねえけどな。」


「治ったとたんにこれニャ!」


 三人は顔を見合わせて笑った。




 次の日。

 村をでる三人をヤブラヒムは見送った。


「どうかお気をつけて。今の帝国首都はあまりよくない場所のようです。これはせめてもの餞別です。中に説明書も入れておきました。」


 彼がさし出した箱には様々な薬のようなものが入っていた。


「ありがとうございます、ヤブラヒムさん。」


「タマさん、あなたは今の帝国の不正をただすために首都に行かれるそうですね。」


「えっ? …あ、でもたしかにまあそうかも。」


「ひょっとしたらキーマ王子なら話を聞いてくれるかもしれません。私は一度だけお会いしたことがありますが、立派な方でした。」


「わかりました!」


 タマは元気よく返事をしたが、なぜかベーリンダは途端に不機嫌になった。


「あんな奴が立派なわけがあるかよ。」


 つぶやいた彼女の声は小さくて、タマとユキには聞こえなかった。



 ラクダ車からユキはいつまでも手を振っていた。村長やヤブラヒム、村人たちの姿が見えなくなると、タマが決心したかのように言った。


「ヨシ! 本官は決めた!」


 手綱を持っていたベーリンダは不意をつかれて抗議した。


「うわっ! びっくりさせんなよ!」


 薬の説明書から顔をあげたユキが首をかしげた。


「タマちゃん、何を決めたのニャ?」


 タマは敬礼をしながら宣言した。


「本官は…困っている人たちのために交番を作る!!」


 ユキとベーリンダは思わず顔を見合わせた。

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