第31話 想いよ届け


 タマ巡査はまわりを取り囲んでいる帝国兵たちに叫んだ。


「ここは小学校なの! 攻撃目標じゃないの! あいつをとめて!」


 兵たちはタマの言葉を無視して、動くと弩で撃つというような仕草を見せた。


 タマの腕の中でユキは苦しげに息をしていた。アミは涙をこぼした。


「タマおまわりさん、どうしよう、ネコのおねえちゃんが死んじゃうよ。」


(猫目石さえあれば…)


「タマおまわりさんとやっとまた会えたのに、こんなことになるなんて…。」


「ごめんね、アミちゃん…。」


「タマおまわりさんとどんなに離れていても、想いは届くって信じていたよ。」


 タマはその言葉にハッとした。


(そうだ、どんなに離れていても…たとえ異世界でも想いは通じるかもしれない。)


 強く、強く、タマは強く念じた。


(お願い! 猫目石、虎目石、皆を救って!)



 虎猫島の神殿遺跡での三者乱戦の中、床に落ちていた猫目石と虎目石が強烈に光り輝き始めた。


 背中を合わせて戦っていたベーリンダとリョートラッテが動きをとめた。


「リョート! ありゃもしかして…。」


「アンタも感じる? タマさんがあぶないっての!」


 二人は結社の戦闘員や帝国兵を蹴散らしながら光の元へ駆けつけて石を拾った。


「俺は行くぜ、タマのところに。おまえはどうすんだ?」


「行くに決まってるじゃない!」


「戻れないかもしれないんだぜ?」


「タマさんのためならどうってことないわ。」


 ウマイカイと、杖を構えた老王が叫んだ。


「早く! 扉への血路は我らが作る!」


「タマのこと、頼んだぞい!」


 キーマ王子が扉の前の戦闘員を斬り伏せた。


「急いで!」


 頷きあうと、二人の少女は光る扉に向かって勢いよく飛び込んだ。




(ドサッ! ドサッ!)


「いてて…。ここが異世界かよ。」


「あたた…。ん? 何か踏んでるっての?」


「…いちばん痛いのは本官なんだけど…。」


 盛大に落ちてきたベーリンダとリョートラッテは思い切りタマを下敷きにしていた。


「早くどけてくれないかな…。二人のお尻…。」


「す、すまねえな! 大丈夫か?」


「アタシはそんなに重くないでしょ? ベーリンダと違って。」


 タマは起き上がると二人に抱きついた。


「来てくれたんだね! 本当にありがとう! 二人とも大好き!」


 真っ赤になって固まった二人を置いて、タマは今まさに発進しようとしているトラックへ向かって駆け出した。


「お願い! ユキにゃんと白バイさんを保健室に連れて行って! 本官はあいつをとめる!」


 いきなり空中から人が現れて、度肝を抜かれていた兵たちは気を取り直してタマに弩の狙いを定めた。


「させるかよ!」


 ベーリンダがナイフを投げると、次々に兵に命中して矢はあらぬ方向へ飛んでいった。

ベーリンダを撃とうとした兵はリョートラッテが出したつららに差し貫かれた。


 アミはいきなり現れた二人の少女を呆然と見つめながらつぶやいた。


「つよくて綺麗なおねえちゃんが二人もお空から降ってきた…。」


「いいコね。もう一回言ってくれる?」


「それより早くしねえと! 嬢ちゃん、ホケンシツってとこに案内してくれるか?」


「うん!」



 爆弾魔はトラックを発進させたが急ブレーキをかけた。目の前にタマが両手を広げて立ち塞がっていたからだった。


「どけ! それとも轢きつぶされたいか!」


「どかない! もうこんなことはやめて!」


 獰猛な獣のように、トラックから警笛が鳴り空気が震えた。


「こんなことだと! 俺にとっては大切なことだ! どけ!」


「絶対にどかない! こんなことをしても、過去は消えない!」


「なんだと!」


「答えて! 過去に…香箱巡査長を撃って逃げたのはあなたなの?」


「そうだとも! だったらどうした!」


「香箱巡査長は…本官の…お母さんなの。」


「…お前、あの人の娘さんだったのか…。」


 タマの両目からは涙が流れていた。


「聞いて! 本官の親友は…ある人のせいでお父さんを亡くしたの。でも、その人は深く後悔していて…自分の命を差し出して許しを乞うたの。」


 淡々と話し始めたタマの言葉に、激昂していたはずの爆弾魔が静かに耳を傾け始めていた。


「本官の親友は、結局その人を許したの。本官にはとても真似できないと思った。あなたが憎くて憎くていつか捕まえてやろうとばかり考えていたの。でも…」


「…。」


「この場所を破壊して消し去っても、過去は消えないの。向き合わないと、かえって苦しくなるだけ。だから本官もあなたと向き合う。もうひとつ答えて! なぜ本官の母を撃ったの?」


「…。」


 トラックの蒸気エンジンの音が止まった。運転席のドアが開き、爆弾魔が校庭に降り立った。


「撃ったのではない…。あれは…事故だったんだ。」


「事故?」


「俺は組織内での執拗ないじめに耐えられず、拳銃で自分を撃とうとした。」


 口を開きかけたタマを制して爆弾魔は話を続けた。


「当時、香箱巡査長だけが俺を守ってくれていた。俺が拳銃自殺をはかるのをとめようとして…もみあいになり…誤って弾が発射されてしまった…。俺はこわくなり、そのまま逃げてしまったのだ…。」


「…。」


「どうだ、俺が憎いだろう。復讐したいだろう、どうだ?」


 タマは涙を手で拭いた。


「本官の…ママらしいね。いつも誰かのために…自分を犠牲にして…。」


「俺が憎くないのか?」


「憎いけど…許すよ。だから…ママと会って直接謝ってくれる? それが許す条件。」


「…な、なんだって!? 生きておられるのか!? 香箱巡査長は…。」


「うん。ずっと昏睡状態だけど…。」


 爆弾魔は頭を抱えるようにしてしゃがみ込んでしまった。


「そうだったのか! 俺はてっきり亡くなったものと…。」


 タマは相手に歩み寄り、手を差し出した。


「自首してくれる? ママの代わりに今度は本官があなたの話を聞くから…。あなたに寄り添う人がもっといれば…こんなことは起こらなかったのかもしれない…。」


 爆弾魔は顔を見上げてタマの目をじっと見つめた。


 そして、ためらうようにゆっくりと手を差し出そうとした時。


 背後から、まだ息のあった帝国兵が弩を発射した。矢は爆弾魔の背から胸を貫いた。

 その兵はすぐに動かなくなった。


「うぐっ…。」


 タマが爆弾魔を抱き支えた。


「しっかりして! 早く手当を!」


「…もういい…すまなかった…本当に…。俺の命で…君のお母さんを…救って…」


 そこまで言うと、爆弾魔の体から力が抜けた。タマは、動かなくなってしまったその体をしばらくの間そっと抱き抱えたままにしていた。


 遠くからけたたましいパトカーや救急車のサイレン音が聞こえてきた。




「このココア、なかなかいけるっての! タマさん、おかわり。」


 病院の待合室のベンチに座って、銀髪の女王は温かい紙コップを傾けていた。


「あ~あ、タイクツだわ。」


 ベーリンダが気色ばんだ。


「リョート、ユキが心配じゃないのかよ!」


「だって、待つしかないし。そもそもアタシ、たいしてユキちゃんと仲良くないし。」


「こいつ!」


 つかみかかろうとした青髪の少女の肩にタマが手をおいた。


「ベーリンダ、病院では静かに。それに、リョートラッテさんも本当は…。」


 紙コップを持つ銀髪の少女の手はずっと小刻みに震えていた。


「…すまねえ、取り乱しちまって。タマはなんだか変わったな。落ち着きがでたような…。」


「そうかな? 自分ではわからないけど。」


 あれから、小学校は警察や救急、消防の学校車両や関係者で溢れかえった。猫目石を使ってユキを癒そうとしたが緊急搬送されてしまい、病院に駆けつけたものの面会謝絶だった。


 ベーリンダがわざと明るく言った。


「ま、ユキに会えるようになりゃ石で治せば良いよな。それで解決だ。」


「二人とも…本当にごめんね。元の世界に戻る方法を必ず探すね。」


「それまでしばらく、タマさんの家に滞在するからよろしくね。」


 リョートラッテがもたれかかってきて、タマがため息をついていると白衣の医師が現れた。


「あ! 先生、ユキにゃんと白バイさんは…。」


 医師は頭を下げた。


「警察官の方は大丈夫です。が、あの猫の姿の方は残念ですが…間に合いませんでした。申し訳ありません…。」


 一瞬その意味が分からず、三人は呆然としてまばたきすらできなかった。

 タマが、その場にへたりこんでしまった。


「嘘…。」

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