第14話 身元不明遺体


「いい度胸してるなてめえら! かかってきな!」


 青髪の少女が挑発すると、黒布の二人は一度に襲いかかってきた。


 だが、ベーリンダがすばやく踏み込んで、両手で特異な形のナイフを一閃すると、襲撃者は同時に倒れてしまった。

 

 そのままラクダ車から敵の体は地面に落下し、みるみる遠ざかっていった。


「ったく、張り合いねーな。で、お前はどうだ?」


 最後の一人の黒布の敵は幅広の大剣を両手で持ち、上背では彼女を圧倒していた。


 その敵は、無言で大剣を思い切り振りかぶり、ベーリンダに振り下ろした。


 巨体に似合わず思いのほか疾い動きに、少女は2本のナイフで攻撃を受け止めたが押され、彼女の背中がタマの背中にぶつかってしまった。


「ベーリンダさん!?」


「ご心配ありがと! タマッちは手綱に集中してな!」


 だが、タマは慣れない手綱の上に、すぐ背中で剣を激しく打ち合う剣戟の音に気を取られてしまい、車体は道を大きく逸れ始めてしまった。


(ガタガタガタガタッ)


 激しく揺れる車体にますますタマは動揺した。


「うわわわわっ! これ、どうするの!?」


「おっとっと! タマ! ふんばれ!」


 バランスを崩したベーリンダにまた重い斬撃が襲いかかったが、彼女はなんとかナイフで受け止めた。

 ユキのラクダ車が後を必死で追ってきた。


「タマちゃーん!」


 だが、地形ははちょうど下りに差しかかっていた。タマのラクダ車は道をそれたまま、その勢いで速度をますます増した。


 ついには、目前に迫る木を避けようとしたが曲がりきれず、ラクダ車は大きな切り株に横からぶち当たってしまった。


(ガッターン!!)


 衝撃で車輪が大破し、車体は止まった。ラクダは座りこんでしまった。


「あいたたた…。ベーリンダさん、大丈夫?」


 タマが後ろを振り返ると、大柄な黒布の敵が倒れた少女に覆いかぶさっていた。


 慌てて警棒を出すと、タマは敵の背中をめちゃくちゃに叩き始めた。


「このー! ヘンタイ! 彼女から離れなさい!」


 だが、タマがいくら叩いても全く敵の反応がなかった。


「大丈夫、大丈夫だって。」


 ベーリンダの声がして、彼女はなんとか巨体を押しのけると、むっくりと起きあがってきた。

 敵の胸には彼女のナイフが深々と刺さっていた。


「しまったなあ。生かしとくつもりだったのによ。正体を聞けずじまいだったぜ。」


「仕方ないよ、正当防衛だよね…。でも、ベーリンダさんが無事でよかった!」


「あ、ああ。ありがとよ。」


 ベーリンダは照れたのか、すこし顔が赤くなり目をそらすと頬を掻いた。


 後ろからユキのラクダ車が追いついてきて、止まった。


「タマちゃん、大丈夫!? あニャ、なーんだ、キミは生きてたのかニャ。」


「な、なんだと! 俺の心配もしやがれってんだ!」


「まあまあ、やめて、ふたりとも。みんな無事だったし、いいじゃない。」


 タマの仲裁に気を鎮めたベーリンダだったが、腑に落ちない顔をした。


「それにしてもこいつら、一体何者だ? お前ら、心当たりあるか?」


「それがぜんぜんなくて…。中年男性、大柄、外国人…と。所持品は…」


 タマもユキも首を振り、タマは手帳にメモをしながら敵の遺体を調べ続けたが、身元がわかるような物は何も身につけていなかった。


 ただ、倒れた敵の手首にはタトゥーが入っていた。

 それは扉にバツをつけたような絵柄だった。


「なに? このマーク? メモしとこう。」


「こいつは…。」


ベーリンダが何か言おうとしたが、タマが大声を出した。


「ああーッ!? ベーリンダさん、血が出てる!」


「うわっ! ビックリさせんなよ!」


 たしかに、彼女の腕には小さい切り傷があり少しだけ血が出ていた。


「ちっ、倒れた時か。不覚をとっちまったな。これくらい、なめときゃ治らあ。」


「ボクがなめてやろうかニャ?」


「それだけは遠慮しとくぜ。タマッちにお願いしたいね。」


 ベーリンダは強気に言ったが、額に汗が浮かび呼吸が荒くなっていた。


「あれ? なんだか気分が悪いな…。」


「ベーリンダさん!腕の傷が!」


 彼女の腕の怪我が青黒く変色しはじめていた。


「しまった! 毒かよ! 油断したぜ…。」


 ふらふらとよろめくと、ベーリンダは地面に倒れてしまった。


「ベーリンダさん、しっかり! ユキにゃん、どうしよう!?」


「タマちゃん、ケイサツカンなら落ち着くニャ! 傷口を洗ってから、毒を吸い出すニャ!」


「わかった!」


 タマは水筒の水で彼女の傷口を洗い、少女の腕に吸い付くと何度も血を吐き出した。


「へへ、戦ったご褒美なら別の場所にしてほしいね…。」


「しゃべらないで!」


「ボク、毒消しの薬草を探してくるニャ!」


 ユキは森に駆け込んで行った。タマはベーリンダに水を飲ませて、地図を広げて見た。


「すこし先に村があるみたい。ユキにゃんが戻ったらそこへ行って治療しよう! 頑張って!」


「すまねえな…足をひっぱっちまってよ。」


 ついに青髪の少女は気を失ってしまった。


 野草を持ったユキが戻り、ベーリンダの傷口に包帯で巻くと、ユキが奪った敵のラクダ車にそっと乗せて猛スピードで再出発した。


 幸いにも村は近く、村人に事情を説明するとすぐさまベーリンダは村長宅に担ぎ込まれ、ベッドに寝かされた。


 頭の白い布に藍色の輪っかをのせた温厚そうな村長は言った。


「あんたら運がええで。この村には腕のええ先生がおるさかいな。すぐ、よんでくるでな。」


 しばらくして、村長宅に駆け込みながら現れたのは、物静かな感じの白衣を着た初老の男性だった。


「私に任せてくれ。すぐに治療する。まずは湯をたくさん沸かしてくれ。」


 男性は、黒革のカバンを持ってベーリンダが寝ている部屋に飛び込んでいった。


 だが、ユキの表情はその男の顔を見たとたにこわばり、頭の毛は逆立ち、尻尾はふくらんでいた。


 タマ巡査もすぐに気づいていた。


「あの人、本官が描いた似顔絵の人にそっくりだ…。」

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