第25話 帝国遠征軍を追跡せよ!


「まさか…。自決とはな…。」


 帝国軍の包囲軍司令官、メシャード将軍は天幕の中で椅子に座り、一人つぶやいた。

 

 将軍の前には三つの氷の棺が並んでいた。副官が直立不動で報告した。


「棺のひとつの中身は白銀の女王に間違いありません! 他は猫と、妙な紺色の服を着た者の遺体です。」


「必ず仕留めよ、との軍事顧問殿の命令にあった者か。砦は降伏したし、任務完了だな。この寒さはかなわん、早く全軍撤収だ。」


「棺はどうしますか?」


「もちろん、首都に持ち帰る。俺たちの手柄だからな。」


 今朝、白旗を持ったユキウサギがやって来て砦の全面降伏を告げたのだった。一兵も失わずに勝利した将軍は機嫌よく天幕から出ていった。




 再び帝国首都の、地下遺体安置所。その入口に長鉾を持った二人の兵士が立っていた。


「おい、カッキーノ。気味悪いよなあ。こんなとこ、警備する必要ねえよな。…って、お前なんで泣いてんだ? まさかこわいのか?」


「ちがうよ、ハーズッシ。あの氷の棺を見たか? 敵とは言え、かわいそうに。女王なんか、ちょうど俺の娘くらいの歳だぜ…。これが泣かずにいられるかよ。」


「まあ、たしかになあ…。みんな綺麗な死に顔だったよなあ。」


(ガタン…。)


「…今、中から音がしたよな? カッキーノ、見てこいよ。」


「絶対にいやだ! ハーズッシ、お前が行けよ。」


「絶対に絶対にいやだ! お前が…」


(バキ!)


 後頭部を殴られた二人のモブ兵士は、互いに抱き合うような姿勢で昏倒した。


 タマとユキは兵士を縛り上げると安置所の奥に転がした。


「ゴメンね。これ、傷害罪になるのかなあ…。」


「案外いい人そうだったしニャ。」


「リョートラッテさん! 出てきて良いよ!」


 棺に横たわっていた銀髪の少女がむっくりと起き上がった。


「あ~、よく寝た。あの薬、よく効くのねえ。タマさん、ユキちゃん、寒くなかった?」


 三人はヤブラヒムがくれた薬箱にあった麻酔薬を使い、死を偽装したのだった。


「なんとか大丈夫。さ、行こうか。」


「あニャ? タマちゃん、そういえば、兵隊たちをしばったヒモってどこにあったニャ?」


「ああ、あれね。安置所の奥に包帯でぐるぐる巻きの人がいたから借りたの。」


「…!! 二人とも…全速力で逃げるっての!」


 三人組は、われさきに遺体安置所から逃げ出した。




「動くんじゃねえよ。」


 自室の机上で書類仕事をしていたトテカーン工務大臣は、背後から喉元に刃を当てられてちびりそうになった。


「はい、動きません。」


「だとよ。キーマ王子? お前の国の大臣はどいつもこいつも…。」


「面目ない、ベーリンダ殿。」


「王子がここに!? 地下牢のはずでは!?」


「俺が救い出したんだよ。」


 ベーリンダはナイフをひっこめ、トテカーンは床に平伏した。


「王子、お許しください! 当方もハープーン殿に脅され、やむを得ず協力を…。」


「許すから、早く格納庫に案内してくれ!」



 

 王子はテキパキと指示をして、国防大臣派の将兵をあっという間に制圧した。タマたちは王子&ベーリンダと合流し、格納庫に入った。


 キーマ王子はタマに深く頭を下げて謝った。


「すまぬ、タマ殿。大事な石を奴に奪われてしまった…。父上…国王も、国防大臣や軍事顧問たちと共に虎猫島に遠征に向かったようだ。本当に申し訳ない。」


「キーマ王子、頭をあげて…」


 タマが言いかけた横から、リョートラッテが思い切り王子にビンタをくらわした。


(バッチーン!!)


「リ、リョート…何を…。」


「アタシ、アンタとは別れるから。タマさんと付き合うことになったのでヨロシク。」


「そ、そんなあ…。」


「え…。いつからそうなったの?」


 必死で笑いをこらえていたベーリンダが横から言った。


「まあまあ、それよりも早く帝国遠征軍のあとを追わねえとな。」


「でもかなり差をつけられているニャ。何か乗りものがあればニャ~。」


 ほっぺたを押さえながら、王子が叫んだ。


「ユキ殿、あるぞ! トテカーン!」


 大臣がうなずいて大きな布をひっぱると、その下から大型トラックが姿を現した。タマがびっくりしながら叫んだ。


「すごい! いったいどうやって作ったの!? エンジンとかガソリンとか無理だと思うけど…。」


「はい。ですが「蒸気機関」なら何とか製造が可能でした。軍事顧問殿に教えて頂きました。」


 大臣の説明にタマはまたびっくりした。


(あいつ、そんな知識まであるんだ。)


「あの~ニャ。『ばくだん』はどうやって作ったニャ?」


「それは火薬の原料さえわかれば簡単でした。それも顧問殿に教えて頂きました。」


「タマちゃん、情報の通りヤバいニャ。早く乗ろうニャ!」


「でも、一台しかないじゃない? 全員乗れるっての?」


 リョートラッテの指摘に、トテカーンが遠慮がちに申し出た。


「あのう…実はこれも作ってみたのですが。オススメはできかねますが…。」


 大臣がまた布を引っ張ると、翼とプロペラのある小型の機体が現れた。

 

「飛行機まで作っちゃったの!?」


 三たび驚いたタマに、大臣が期待に満ちた目をして説明した。


「はい。同じく蒸気機関の『ヒコウキ』です。試作にとどまり採用されませんでしたが。乗られますか?」


「…ちゃんと飛ぶよね?」


「たぶん。」


「ユキにゃん。いっしょに乗ってくれる?」


 ユキはリョートラッテとベーリンダをチラッと見たが、二人とも視線を合わせてくれなかった。


「…もうこわい目に遭わさないぜ、って前に言ってたような気がするニャ?」


「これが最後! 今回だけ、ね?」


「…仕方ないニャ~。」




(ブルン、ブルン、バタバタバタバタ…)


 急こしらえの帝国飛行場滑走路。

 前の座席にタマ巡査、後部座席に青ざめたユキを乗せた帝国初の小型飛行機のプロペラが回転を始め、機体がゆっくりと走り出し、徐々にスピードが速くなっていった。


「うわあ、鉱山のトロッコを思い出すねえ、ユキにゃん。」


「思い出したくない黒歴史ニャ…。」


 機体はみるみる速度をあげ、ついに車輪が地面を蹴った。


「やった!?」


 固唾をのんで見守っていたトテカーン大臣が興奮して歓声をあげたが、機体はすぐにガタン、と失速してまた地上を走り続けた。


「うわわわわっ。ゆれるっ」


「ダメ、アタシもう見てられない。」


 気絶しかけのリョートラッテを王子とベーリンダが両側から抱き抱えた。


 再び凄まじい速度に戻った機体はまた地面を離れ、今度は空中へと舞い上がっていった。


「やった! やった! ワシって天才!」


 公務大臣が滑走路を走り回り、嬉しさを体全体で表現した。


「タマにユキ…お前らホントにすごいぜ…。」


「なにしてんの! アタシたちも『とらっく』で追うよ! キーマも早く!」


 三人は慌ただしく蒸気トラックに乗り込み、飛行機のあとを追って走り去っていった。


 トテカーン大臣は盛大に手を振って皆を見送った。そしてふと、滑走路にかがみこみ何かを拾った。


「あれ? こんなところにネジが? はて?」




「すごーい! はやーい! これなら追いつけるね!」


「ボクも慣れてきたニャ!」


 帝国製飛行機は爆音をあげながら、空を滑るように駆け抜けた。


「タマちゃん、ケイサツカンってヒコウキの操縦もできるのかニャ?」


「ゲームセンターで慣れてるから平気!」


「げーむせんたーってなんニャ?」


 ユキが座席の足元に目をやると、黒くて丸い球がいくつか置いてあった。


「あニャ? これなんニャ?」


 ユキが球体をひとつ拾ったとき、機体が激しく揺れて手から落としてしまった。


(ドッカーン!!)


 遥か下の地面から凄まじい爆音がして、火柱と黒煙があがるのが見えた。


「ユキにゃん? 今の音はなあに?」


「なんでもないニャ!」




 行進していた帝国軍の兵士のひとりが空を見上げた。小隊長が怒声をあげた。


「コラ! よそ見をしないで歩け! ただでさえ『とらっく』とやらの故障が多くて予定よりかなり遅れているんだ!」


「隊長、あれは鳥でしょうか…?」


「ばかもの! 鳥なんぞ珍しくもない…。」


 だがその鳥は異様に大きく、帝国軍の隊列に急降下して襲いかかってきた!

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