第26話 いざ大海原へ


「ユキにゃん! 追いついたね! 全員逮捕だ!」


「帝国軍がアリの行列みたいニャ。」


 冷たい風をきりながら蒸気飛行機は大空を突き進み、ついに帝国遠征軍の最後尾をとらえていた。

 タマは操縦桿を倒して機体を急降下させた。ユキは慌てて伝声管に叫んだ。


「あニャ! タマちゃん、いきなり攻撃かニャ!?」


「あいつがいないか見たいの!」


 急速に迫ってくる得体のしれない怪鳥に驚き、帝国軍の隊列は乱れまくり始めた。

 だが一部の兵士はトラックの荷台に登ると大きな布を取り去り、その下からは巨大な台座のついた弓矢のような装置が現れた。


「タマちゃん! あれはニャ?」


「うわわ、大きなボウガンみたい!」


 降下する機体めがけて巨大な矢が何本もうなりをあげて飛んできた。タマは慎重に操縦桿を操作し、上下、左右と矢をよけた。


「タマちゃん、うまいニャ! すこしだけ見直したニャ!」


「ありがと! 今度はこっちの番だ!」


 そのまま超低空でトラックの車列真上を突っ切ると、兵士たちは震えあがって散開した。列の先頭のトラックの荷台に、黒ずくめの人物の姿が見えた。


「いた! あいつだ!」


 黒い布を被った人物は空を指差しながら大声で何かを指図している様子だった。再び巨大な矢が何本も水平に発射され迫ってきた。


「タマちゃん! こっちには『ばくだん』があるニャ! どうするニャ?」


「あいつに…落として!」


「わかったニャ!」


 機体を回転させながら次々と矢をかわして飛行機は先頭トラックに迫った。ユキがタイミングをはかり、爆弾を落とそうとした時、伝声管からタマの声が響いてきた。


「やっぱりやめて!」


「おっとっとニャ!」


 ユキは爆弾でお手玉してしまったがなんとかキープした。背後からまた矢が何本も放たれたが急上昇してかわした。


「タマちゃん…。」


「ごめんね、ユキにゃん。あいつは許せないけど、本官は警察官だから…生きたまま逮捕しないと…。」


「わかったニャ!」


 その時、機体が急にガクン、と震えてプロペラの回転が止まってしまった。


「はニャ? 矢が当たったかニャ?」


「いや、故障かも…。」


「あニャ~!!」


 推進力を失った機体は失速し、地面がみるみる近づいてきた。


「こんなとき、『げーむせんたー』ではどうしてたニャ!?」


「コンティニューかな…。」


 なんとかタマは機体を操縦して方向を帝国軍の方に向けると猛スピードで滑空し、トラックの車列がぐんぐんと迫ってきた。


「もうダメかも! ユキにゃん、飛び降りるよ!」


「あニャ、猫女神様ニャ! 買い食いをやめるから助けてニャ~!」


「本官が助けるよ!」


 タマは後部座席に移るとユキにゃんを抱き抱え、真下のトラックの荷台めがけて飛び降りた。主人を失った飛行機は悲しげにフラフラと滑空していった。

 二人が飛び降りた先には黒い布を被った人物がいた。


「ぎゃふっ。」


 タマユキの下敷きになり、その人物はヘンな声をあげてのびてしまった。


「あいたたた…。ユキにゃん、大丈夫?」


「大丈夫ニャ! それよりタマちゃん!」


 タマは慌てて下に敷いてる人物の顔を覆う布をはぎとった。


「ちがう…この人じゃない…。」


「あニャ!? タマちゃん!」


 ユキがタマの袖をひっぱった。二人の乗ったトラックをめがけて抜刀した帝国軍の兵士が殺到してきていた。


 タマとユキは荷台を乗り越えて、運転席に向かった。座席から兵士が剣を突き出してきたが、タマが警棒ではじき返し、ユキが飛び込みながら思い切りキックをくらわした。

 兵士は反対側のドアを突き破って落ちていった。


 尚も無数の帝国兵が群がってきたが、フラフラと滑空していた飛行機がついに力尽きて地面に落下した。


「ユキにゃん! 伏せて!」


 タマがユキに覆いかぶさった瞬間、前方に強烈な光の球が現れ、轟音と共に炎の柱と黒煙がたちのぼり衝撃と爆風が襲いかかってきた。


 兵士たちはなぎ倒され、何台かのトラックは横転してまた大爆発を起こした。それがまた引き金となり次々と誘爆が起こり、辺りは瞬くまに業火に包まれた。


 タマは起き上がり、トラックを急発進させると全速力で炎の壁を突き破った。

 かなり進んだところでトラックは動かなくなった。


「あニャ~。ばくだんを積んでいないトラックだったから助かったニャ…。」


 二人は荷台に立ち、遠景をながめたが帝国軍の車列は猛火と煙に包まれて完全に壊滅していた。


「あニャ~。タマちゃん…結局こうなっちゃったニャ…。」


「…と、とにかくみんなを待とうかな…。」




 海面は穏やかで、航海は順調だった。拳を描いた旗が何本も海風になびき、帝国海軍の超弩級大型帆船は滑るように海面を割りながら進んでいた。あとには何隻もの大型船が続いていた。

 一羽の白鳩が飛んできて船の縁にとまった。


「伝令! 敵襲により後続部隊は壊滅状態!」


「なんだと。」


 ハープーン国防大臣は酒盃を落としそうになった。彼は酒を注ごうとした女官をさえぎり、豪奢な部屋の片隅に影のようにうずくまっている黒ずくめの男に不安そうに顔を向けた。


「軍事顧問殿…中止にするか?」


「なぜですか? 計画はこの上なく順調です。」


「しかし…後続のトラックがやられては、顧問殿がリストアップされた異世界への攻撃地点に数が足りないのではないか?」


「大丈夫です。今の数でも敵の最重要施設を破壊して、十分に当初の目的を達成できます。」


「うーむ。」


 ハープーンは酒をすすりながら考え込んだが、杯を置くと言った。


「陛下にはくれぐれも内密にな。万事順調と報告しよう。」


「心得ております。」


 軍事顧問は口の端に暗い笑みを浮かべていた。

 



「タマにユキ、派手にやったな!」


「ま、まあね…。」


  追いかけてきたトラックから降りてきたベーリンダが、二人の背中を叩いて労った。リョートラッテがあくびをしながら続けた。


「あ~あ、急いで損したっての。さすがタマさんだわ。これで帝国の企みはおしまいね。暑いし、帰ろっか。」


 運転席からキーマ王子が叫んだ。


「いや! これは後発部隊にすぎない! 早く乗ってくれ! 追跡を続けるぞ。」


 トラックは東進し、やがて少しずつ潮風の香りを感じるようになってきた。空にはカモメのような鳥が飛んでいた。


「東海岸の港が近いぞ。」


「ボク、海を見るの初めてニャ!」


「おかしいぜ。帝国軍のやつら、どこにもいないぜ。」


 タマたちはトラックを停めると、駆け足で港に向かった。港から見る海面は凪いでおり、陽光を受けてキラキラと青く輝いていた。


「あニャ! 綺麗ニャ! これが海かニャ…。」


「その通りだ、ユキ殿。」


 いつの間に仮面の巨人ウマイカイが腕組みをして側に立っていた。キーマ王子が息せき切って聞いた。


「ウマイカイ殿! 船の手配は?」


「大丈夫だ。先回りした甲斐があった。船内で老公が待っている。急ごう、帝国軍は既に出港している。」


 案内された先には小型の帆船が停泊していた。リョートラッテが大げさにため息をついた。


「なーんかボロいの。まさかこれに乗るの?」


「仕方あるまい。元手がなかった。」


 船内には老王がいて、なぜか海賊ルックだった。


「まちくたびれたぞ! 野郎ども! さあ、帝国艦隊を追うぞい!」

 

 タマがユキに耳打ちした。


(ユキにゃん、あのおじいちゃん王のカッコ、ツッコミをいれたほうがいいのかな?)


(ヤケドするから放っておこうニャ…。)




 鼻歌まじりで梶をとる老王の横に、望遠鏡で熱心に海を見ているキーマ王子がいた。リョートラッテは潮風が苦手とかで船室にひっこんでいた。

 ウマイカイはマストに登り偵察中で、ベーリンダ、タマ、ユキは甲板に出ていた。


「タマ、早く追いついてお前の大切な猫目石を取り戻さねえとな。」


 ユキは横で、ベーリンダの言葉に複雑な表情を見せた。青髪の少女は気づかずに続けた。


「形見の石なんだってな? タマのお祖母さんの。」


「え? 形見? なんで?」


 タマは不思議そうに首をかしげた。


「本官のおばあちゃん、ピンピンしてるよ。石は警察官になったお祝いにくれたの。」


「は!? 生きとるんかい!?」


 ユキとベーリンダと老王と王子が同時にツッコミをいれたのだった…

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